2007年3月25日 (日)

リタイヤ生活のプランについて 3月30日(金)

西村 今月のゲストは団塊の世代であり、昨年11月に2年間の限定で高知へ帰郷された田植光男さんです。
  18歳で高校生を卒業して以来、大阪、東京とで40年間近く生活されてきました。ブログも「プランテーションプレイス」というタイトルでこのほど始められました。
 
  今回のテーマは「リタイヤ生活のプランについて」お話をお聞きします。
 アメリカで生活されてる高知出身の安岡正博さんけんちゃんのどこでもコミュニティに出演。)によれば、あちらでは40歳後半からリタイヤ生活を計画し、早い人では50歳から、そうでなくても50歳半ばでリタイヤするそうです。
 ライフプランも立てるそうですが田植さんも立てられているのでしょうか?

Taue2_r_2 田植 確かにアメリカはリタイアが早いようですね。そして、リタイヤ後はまったく違った自分の生活を新たにするようです。以前阪神で大活躍したバースは現役中から牧場主になることを決めていました。
 以前、ニューヨークで江戸っ子芸者として有名でドラマのモデルにもなった中村喜春さんの講演を聞いたことがあります。
リタイヤ後、「かっこつけるな。」と言うことですかね。

 あるソフト会社を創設し、中堅会社まで大きくして40歳過ぎでいきなり会社を辞めて、他人に会社を譲りました。自分は銀行の駐車場の車の整理員になったそうです。
 日本では社長がそんな事をするとプライドが・・・なんて言われるのがおちですが。
 彼は社長まで成功した人ですから、会話は旨いし接客は良いし、顧客の奥さん連中に大変な人気者になり、また、彼の奥さんも「うちの旦那は人気者でたいしたもんだ。」など自慢しているなんて話がありました。

 つまり、見栄とか過去の栄光とか、お金ではなく自分として、何が楽しくて、人々の役に立つかが大切であり、気取りも何も無く人生を楽しんで、周りの人々も楽しませる。そんな、ライフプランと言うか、生き方もリタイア後の生活として良いな、と思いました。
 中村喜春さんは80歳を過ぎているのに講演中は2時間立ちっ放し。生き方として。リタイヤ生活についていいものだと聞いていました。

西村 2年後に福島県白河市でのリタイヤ生活はどのようになるのでしょうか?田植さんは同世代の人より健康で体力もあるようですが、仕事も60歳を過ぎてもされる予定なのでしょか?

田植 私たちのやろうとしている事は、仕事と言えるか分かりませんが、いろんな人々が集える場所・空間を作り、何か楽しい刺激になればと思っています。なんとか生活できれば良いなと思っています。

 自分のキャリアが活かせるものであれば、ボランティアなどもして地域の人たちと交流していきたいと思っています。もちろん、水泳やジョギング、ハイキングは続けます。

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西村 「プランテーションプレイス」のブログでもそのあたりの構想は書かれるのでしょうか?ブログを通じての交流も可能ではないでしょうか?

田植 せっかくブログを教えてもらったので使わない手は無いと思います。催し物を連絡するのもブログは有効だと思います。
 また、吠えるウォッチングのような双方向的で色々な考えの人とリンクでき、意見の交換が出来るようなるようなブログになればと考えています。

西村 田植さんは「老若男女を問わず、異業種・異分野の人達と交流。酒を飲み交わすことが好きです。趣味・関心のあること 自然、談笑、酒、旅行、映画・芝居・演芸 など等」とブログにも書かれています。
 リタイヤ後もかわらずそのライフスタイルを貫かれる予定なのでしょうか?。

田植 もちろん続けて行きます。高知でもできればそのようにしたいのですが。宜しくお願いします。
 福島へ行けば東京も近いですし、お互いに行き来できます。また、地元の人たちとも交流をしていきたいと思います。
 高知でつながりが出来、交流が続けることができましたら、いろんなことができるのではないかと思いますね。

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西村 同じ趣味や、職場の仲間だけの狭い交流に留まらない活動と思われます。働いている頃よりは時間があるので、より深く広いネットワークが出来るのではないでしょうか?

田植 職場の仲間はどんどん尻すぼみします。今もよく同席させてもらう大先輩が言っていました。
 日本一の映画会社で宣伝部長、人事部長のあと、日本一のテーマパーク設立時に役員として出向いた人ですが、役者、作家とか、非常に人脈ある人ですが、リタイヤ後会社関係者との付合いは見る見る減ります。「私たちも含めた仲間は永遠だし、さらに仲間が増える。」と言っていました。
 いろんな交流ネットワークを持つことは老後を考えるに大切なことと思います。
 そのためにも、ブログを活用することも大きな選択肢の一つだと思います。

西村 最後に田植さんから高知のリスナーにメッセージがあればお願いします。

田植 高知は確かに経済的には大変だと思います。でも元気なところもあります。東洋町のようにいろんな意味で元気にならざるを得な変なこともありますが。

 本当に、高知は良い所です。誤解を恐れず言えば、四万十川も隔絶されていたから、全国的に有名になったとも言えます。
 中央から離れていることは大変でしょうが、あせらず、じっくりと高知のよさを守りつつ緩やかに発展していく事を祈っています。

西村 今年度アンカー出演者としてお疲れ様でした。

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2007年3月18日 (日)

団塊の世代を意識されますか? 3月23日(金)

西村  今月のゲストは団塊の世代であり、昨年11月に2年間の限定で高知へ帰郷された田植光男さんです。
  18歳で高校生を卒業して以来、大阪、東京とで生活されてきました。ブログも「プランテーションプレイス」というタイトルでこのほど始められました。
 
  今回のテーマは「団塊の世代を意識されますか?」でお話をうかがいます。
 田植さんが高校を卒業され都会へ行かれた頃は大変社会が活気があったと聞いています。
   具体的にはどのような状況であったのでしょうか?

Taue_r_1 田植 40年以上前のことですから、あまり記憶が無いですが、高度成長期で就職難は全くありませんでした。高卒などは金の卵ともてはやされていました。
 あの頃は、一般的に生活も厳しかったし、私自身何をすべきか、目標も無かったので、とりあえず阪神地区の国家公務員になりました。丁度、大阪大学から任用の連絡が来たので、何か勉強も出来かなとも思い勤めることになりました。

 東大の医学部や早稲田から学生運動が始まりだした頃ですが、阪大の学生は比較的穏やかで、学生の映画サークルに入れてもらったりして学生とも交流があったし、大学での講演会にも参加したり色々勉強になりました。

 独立映画グループから編集の手伝いを依頼されたりしましたが、職場の先輩から英語等、勉強を教えてもらい。大学夜間部に行くべく東京都職員になり東京に出てきました。企業での経験が無かったのですが、政治的な活動などにはずいぶん参加しました。活気と言うか騒然としたところはありました。

西村 団塊世代の田植さんから見られた今の若い世代を見られた感想はどのようなものでしょうか?
    現在の風俗やトレンドの殆どは60年代後半に出来上がったものであると思いますが・・。

田植 団塊という意識は全くありません。政治や社会に関心が無く、身近で楽しいことばかり追っかけているとよく言われています。
 確かにそのような若者が多いと思います。でも、今はすべての世代で無関心の人が多いではないですか。政治や社会に対してもマスコミは騒いでも住民の反応は低い用に思われます。今、いろんな大変な問題があると思いますが、一部の人は頑張っていますが。

 我々は、戦後のまだ混乱している時代に生まれ、ちょうど青年期に経済成長と変革期が重なり、世の中、全世代が大きなうねりの中で動いていました。

 結果的には政治や社会変革は理想としたものは達成されませんでしたが、あの当時に議論し行動した事は意義があったと思います。すべて否定する人もおりますが、映像表現や前衛芝居、音楽等芸術・文化の面では大きな変化があり現在につながっていると思います。

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西村 田植さんの同世代の人たちは、会社勤めの人や公務員のは今年定年になります。それぞれどのような人生設計をされているのでしょうか?具体例はありますか?

田植 同年齢は仲間には少ないですが、今後の人生を考えている人は多いですね。仕事から離れて、友人や仲間と共にのんびり穏やかに過そうと言う人もいます。
 昨年3月に東京都が「団塊のための起業セミナー」があり出席しました。NHKや新聞も取材に来ていましたが、若い人で46歳、51~56才が多く、定年間まじかではもう遅いと言うことですね。何かしようとしている人は早くから人生設計を考えています。

 講習の後自分のキャリアを棚卸しをして、これまでの役職で等は関係なく何が出来るのかを客観的に見つめることから始まり、計画を15分ぐらい発表しました。
 しかし、多くの人は起業するより老後を引退後、生活の許す限り趣味を生かしてのんびり過そうかと考えているのではないでしょうか。

 しかし、私たちの世代は人数も多いですし、金儲けだけでなく、これまでの経験を地域社会に提供していくことも必要な事と思います。

西村 地方の県などは団塊世代の人達の誘致に力をいれているようです。高知県もその1つです。
 沖縄はいまでも人が年間1万人増えていますので、誘致はしていません。そのような動きに対してはどう思われますか?

田植 どこもやっているようで、高知県も誘致はすべきでしょう。しかし、団塊世代は引退する人は多いでしょうが、画一的に全員が今年辞めるわけでは無いんで、団塊世代に限らず継続的に誘致をする必要があり、今急にやることでもないのでは。
 誘致するにしても、高知県の特徴、売り物は何か、受入れる地域の意思統一は出来ているか。他に負けない特徴を分かりやすく示して勧誘していくことが必要ではないでしょうか。

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西村 自分達の世代を「こうだ」とくくれますか?上の世代と、下の世代との違いを意識することはありましたか?

田植 別にくくる気もないし、世代の違いも意識したことはありません。若者、老人、男、女何でもステレオタイプ的に決めることは好みません。個性、個人差だと思います。
 東京での仲間も、大学生から80歳代で元気な人も若い、年寄りなどの意識をせず、自然に飲み騒いでいます。
 何度も言うようですが、違いをなくすのが、コミュニケーションを取れる場であり、ブログの活用だと思います。

西村 団塊の世代は「ビートルズ世代」「全共闘世代」「猛烈サラリーマン世代」ニューファミリー世代とか言われていました。
    そのパワーをリタイヤ後も持ち続けておられる人たちはたくさんおられるのでしょうか?田植さんのまわりもおられるのでしょうか?

田植
 私自身、団塊だと意識したことは無いです。確かに、生きてきた時代は変革期でありいろんな意味でパワーがありました。 たくさん働き、高度成長を成し遂げました。そして、今はそれなりの地位について良い生活をしています。しかし、過去の行動には今でも責任があると思います。パワーもいろいろで持ち続けてもはた迷惑なこともあると思います。

 あの当時よりも今は大変な変革の時代ではないでしょうか。パワーが自分のことだけに向かってるのではないでしょうか。
これまでのキャリアをいかに社会に還元していくか。そうゆうパワーをを静かに持ち続けることも必要だと思います。

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2007年3月11日 (日)

間伐体験で何を思われましたか?

西村 今月のゲストは団塊の世代であり、昨年11月に2年間の限定で高知へ帰郷された田植光男さんです。
  18歳の高校生を卒業して以来、大阪、東京とで生活されてきました。ブログも「プランテーションプレイス」というタイトルでこのほど始められました。
 今回のテーマは「間伐体験で何を思われましたか?」でお話をお聞きします。
土佐の森救援隊をされている中嶋健造さんたちといの町本川長沢地区で間伐体験をされたように聞きました。体験された感想はいかがでしょうか?

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田植 間伐のボランティアのことを「けんちゃん」に紹介されて,まったくの初心者で参加しました。
 皆さん快く受け入れてくれました。これまで1月の20日と2月の10日と2回参加しました。通常は一泊して2日間、間伐作業を行いますが、私は一日だけ参加しました。最初の日は皆さんとお話もしたかったので夕食を共にさせていただき、猪の焼肉、雉なべをご馳走になりながら一杯飲み一泊して、朝帰ってきました。
 もともと森林には関心があったし、福島の来年行く姉の家が材木屋をしています。今は息子(甥)が継いでますが。山は好きですし、いい経験になると思い参加しています。
 ボランティアなので時間的には余裕を持って作業をしていますが、皆さんほんとに熱心です。今年は暖かいので助かりますが、寒くても雨が降っても活動しているようです。

 メンバーには本来林業にかかわりのない方も多いと伺いましたが、皆さん豊富な知識を持ち積極的に山を守ると言う意気込みを感じました。
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西村 山の斜面での間伐作業はなかなか難しく危険なのではないでしょうか?いきなりの作業は無理だと思われます。熟練するのは時間がかかるものなのでしょうか?都市の人には無理な作業ではないでしょうか?

田植 熟練となると大変な時間がかかると思います。でも、丁寧に指導して頂けました。私は今までチェーンソウなんか使ったことないし、非常に危険なのでまずはその説明がありました。
 間伐作業も初心者なので最初は緩やかな斜面で実地指導を受けました。間伐がなぜ必要なのか、土壌流出のこと、間伐材の見極め方、倒木時の注意点等分かりやすく教えてもらいました。
 初日で私も5本ぐらい切りました。20m位の木です。倒れるときは迫力があります。初めてきた、女子大生も同じくらい切っていました。

 的確な指導を受けながら慎重に行えば作業は出来ます。あくまでも研修生としてですが。でも2回めの時は相当な急斜面で作業を行いました。何とか無事終了しました。ただ、掴んだ小さい木が折れて転び頭と足が逆さまになりましたが、結構楽しかったです。

西村 環境問題を考える上でも山の保全、涵養は大事であると思います。そのあたりは実際体験する前と、体験された後ではどうなのでしょうか?

田植 以前から、森林の荒廃については関心がありました。友人が、福島県の奥会津でブナの自然林の保全活動をして、昨年林野庁に認めさせました。
 彼とは今後、連絡を取り合おうと考えています。
国策として植林した森が、採算が取れないために放置されていると聞いていました。植林された森は、一般の人々がハイキングや観光に訪れることのない地域にもたくさんあります。人知れず放置された人工林が、山崩れや土石流の原因になることもあるようです。
 「一度人間が手を加えた森は永久的に世話をしていく必要がある」と救援隊の方が言われました。山を守ることが、河川を守り豊かな海を育てると言われます。

 山は川を通して海につながっています。海の水は蒸発して山に雨となって振りますが、山の水はそのまま河となって里を通り海に注ぎます。海を守るために漁師の人たちが山に
木を植える運動をしている地域もあると聞きました。北海道の襟裳岬が最初だと聞いています。

 このような状況の中で、ボランティアとして山を守る活動は非常に重要なことだと実感しました。荒廃した森林がたくさんあるようです。間伐と共に広葉樹なども含めた混交林を育成していくことも大切だと思いました。
 間伐材は山から下ろし、加工して有効に利用しています。
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西村 高知県は「森林環境税」を県民1人から年間500円徴税しています。目的は森林の保全です。このような税金についてはどう思われますか?

田植 東京にいたときから聞いていました。私は良いことだと思います。行政として山の保全を予算化することも必要でしょうが、目的税によって、住民に山に対する関心を持ってもらうことは意義はあると思います。

 私が入会したNPO法人の土佐の森・救援隊も、環境税から少し資金が出ているようです。山がどうなっているのか。荒廃すれば日常生活にどのような影響が出るのかを、理解してもらえるようにな広報をして、森林を守る必要性を説き、県民の関心を引出していくことも必要だと思います。

 また、この税金をどのように使うのか、常に県民に問いかけていく必要があると思います。徴税することによって県民の関心は高まると思います。500円程度の徴税は続けてほしいと思います。

西村 、県税として森林環境税はあります。国レベルでの税の構想では「水源地税として都市部の人たちから徴税すべきであるという意見もあるようです。その考えについてはどのように思われますか?

田植 (インフラの整備は行政が行うことは当然のことです。しかし、飲料や電源の水源は都市部から遠くはなれた地域でその土地に住んでいる住民や貴重な自然に負担を強いています。
 先ほどの「森林環境税」と同じく、都市部の人が無関心・無感覚に利用している水道が遥か山間部の水源の森の保全にによって支えられていることに関心を引出すことからも徴税することによって生活基盤の水をを考えるきっかけになればと思います。

西村 大学生達も間伐体験作業に来られていたそうです。また体験後参加者同士での交流会にも参加されたとのことですが、いかがだったでしょうか?

田植 参加したのは高知大学、理学部の3年の女子大生でした。インターネットで探してきたそうです。両親は公務員とサラリーマンですが、おばあさん主体で家族で食べる程度の農業をしているそうです。
 非常に積極的で、チェーンソウもしっかり使いこなし、私と同じく5本ぐらい切り倒しました。倒した木が枝に引っかかりますと「木まわし」と言いまして力一杯木を廻して落とすことも一緒に力一杯していました。
 ベテランの隊員に質問もして真摯に取り組んでいて、好感が持てました。

 当日夜は帰る予定でしたが、いろいろなお話も聞きたいと思い、交流会に参加させていただきました。はじめて猪の焼肉や雉鍋をご馳走になり、結構飲んで楽しく仲間に入れていただきました。
 そして、私は結構酔っ払いましたが、隊員の皆さんはに備えて自制し、10時で就寝したようです。
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2007年3月 4日 (日)

東京から見つめた高知について 3月9日(金)

西村 今月のゲストは団塊の世代であり、昨年11月に2年間の限定で高知へ帰郷された田植光男さんです
  18歳の高校生を卒業して以来、大阪、東京とで生活されてきました。ブログも「プランテーションプレイス」というタイトルでこのほど始められました。
 
  今回のテーマは「東京から見つめた高知について」ということでお話をうかがいます。
 東京の生活リズムと高知での生活は随分違うとは思われますが、慣れられましたでしょうか?逆カルチャーショックというのは受けられませんでしたか?

Taue_r 田植 生活リズムは、退社したのが7月でそれから引越しの準備を始めました。家にいたのでそれほど違いはありません。こちらに来たのでただ仲間に定期的に会うことは出来ないし、出かけるにも車が必要ですし、確かに不便で違いますけど。
 間伐のボランティアに行ったり、ブログを始めたり、高知に来て始めての体験も出来たし、結構を楽しんでいます。
 田舎暮らしで大変だと言うような違和感は無いですね。

西村 福島出身の奥様もご一緒ですが、奥様も含めた高知での生活はいかがでしょうか?
 インターネットの活用もされておられているのでしょうか?

田植 カミさんは結構、高知での生活を楽しんでいるようです。インターネットを活用して買い物をしたり、メールで東京などの友人とやり取りして、特に不便さは感じてないようです。
 高知に来て後悔しているような所は無いですね。結構気に入っているみたいです。
 海・川・山と地域によって地形や気候の変化が顕著だし、仁淀川河畔の景色も良いですからね。

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西村 5月の連休の前後に田植さんの東京の友人が高知に来られるとのことでしたが、どのようなところを案内する予定でしょうか? 高知をより知らせる印象付けるところはどういうところであると思われますか?

田植 今度来る友人はオーロラを見に行ったり、ニューヨークやホノルルのマラソンも走っている行動的な人です。高知は初めで期間も短いので中央部と我が仁淀川周辺。そして、室戸岬方面を案内しようと思っています。私たちが室戸に行った事が無いと言う事もありますが。

 足摺方面は次回にして、その時は同行しようと思っています。県境の山岳地域も良いですし。私自身、以前は高知には際立った風光明媚なところは無い。だけど、空や海の青さ、山の緑の深さ、清らかな河川、平凡だけど自然がそのまま残っている。なんいままで思っていました。

 その通りですが、しかし、今回帰郷して生活を続けていると平凡じゃなく、海、河川、山と結構変化にとんでいまして、すばらしい景色が目の前にあると感じました。人の陽気さや、食べ物などと共に、そんなところを知って欲しいです。

西村 田植さんの話では、今度来られる友人は、南極のオーロラを見に行ったり、ニューヨークマラソンに参加されたりする人のようですね。世界的なスケールの人のようですね。
 迎え撃つ田植さんにすれば高知は「こんなものがある」というものはあるのでしょうか?

田植 彼らは「一点豪華主義」というのか、普段はとても質素な生活をしています。滞在期間が短いですので、仁淀川の近辺や川のなかの鯉のぼりとか。手すき和紙の体験であるとか。
 紙が乾かす間に吾北の沈下橋の見物も行きます。都会にはない橋ですので。
 後は手結のほうへいき、室戸や東洋町まで行って帰ってくることを考えています。高知は良いところだという好印象をみな持っているようです。地形の変化とかを楽しみにしてくれと言っています。

西村 そうですね。沈下橋は高知。徳島では潜水橋と呼ばれています。洪水時には水没するコンクリート橋ですね。川が多く、2つの県とも貧しいのでそうした水没する橋がありますね。
(いの町八田にもありましたし、高知市の柳原にも昔はありました)

 高知は日本で1番経済が悪く、失業率が高く、有効求人倍率は全国最低です。戻られたばかりでしょうが、高知県を浮上させるために東京へPRするとすれば何をすれば良いと思われますか?

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田植 難しいですね。工場誘致など地理的なこともあるのか難しいようです。
 すでに実施されていますが、高知の特性を生かした、第一次産業、海や河川の魚介類や海産物農産物をインターネットでPRするなどどうでしょうか。
 東京にいますと馬路村や黒潮町の明神水産なんか評判がいいです。私も宣伝料を貰っていいぐらい随分宣伝しました。口コミで次々と広がっていきました。馬路村のポン酢は、私は目黒に住んでいましたが、他の同品種と比べて店に5倍位多く本数が置かれています。そこまでいけば大成功ですね。
 海洋深層水もスーパーなどに出ていますが、後に続く製品がいくつかほしいですね。

西村 田植さんが高知県観光大使になったとすれば、東京に高知をどのような形で売り込むのでしょうか。馬路村などの成功事例はあるのでしょうが・・。思いつきでもなんでも良いですがありますか?

田植 今、宮崎県は大変な騒ぎですが、高知では間寛平さんに知事になってもらいますかね。
 40年ぶりに帰郷して定住して、4ヵ月になりますが、高知は地形や気候が変化に富んでいることが初めて分かりました。18才で田舎を出て時々帰ってきていましたが、気が付きませんでした。たまに帰ってきたぐらいでは気がつかないことが多かったようです。

 四万十川や海と言うイメージが東京でも強いようですが、高知は8割以上が山間部で森があります。
 県境では雪が1mも積もり、氷点下5度位になるようです。海岸はポカポカ陽気、山間部は北国。その間を綺麗な川が流れています。地形・気候の変化が顕著でいろいろな体験が出来ます。食べ物もおいしいです。
 山・川・海それぞれの地域の自然と、文化を旨く取り混ぜて田舎暮らしの体験型の観光など出来ないですかね。
 よさこい鳴子踊りは、よさこい・・・とか言って阿波踊りなどよりも多く全国いたるところで踊られています。そうゆう所に何かアピール出来ないものですかね。

 8月末の原宿のスーパーよさこいは大イベントで高知で放送もしていますが、都内や近郊でもいろんなところで、何とかよさこいが行われています。県にも情報は入っていると思いますが、高知出身者をボランティアでお願いしてして何とかアピールできないですかね。

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西村 40年高知からはなれて「浦島太郎」状態かもしれませんね。東京から見ると高知はどのように写るのでしょうか?四国の中の愛媛や香川と区別がつかないと思われますが?どうなのでしょう。
   東北6県よりは四国は知名度もなじみも東京では低いとは思われますが・・。

田植 東京には全国から人が集まっています。東京っ子は意外に少ないものです。
 そんな中で高知県は結構評判がいいと思います。悪いイメージはあまり受けたことはないです。一度入ってみたいとよく言われます。しかし、「又行ってみたい」じゃないことは、来た事が無いと言うことになります。距離は遠いですが、北海道や沖縄にはどんどん行きます。知名度はあるんですが、何かインパクトが低いことは事実です。

 もちろん、めったに無いですが「四国の何処」と言われることもあります。私も、島根県と鳥取県の場所がつい最近まで、混乱していました。
 しかし、繰り返しますが知名度もあるし、良いイメージが圧倒的に強いです。高知に行くと言って良いなとは言われても、「大変だね、そんな所に良くの」なんて言われた事はありません。

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2007年2月25日 (日)

コミュニケーションをどうつくりますか? 3月2日(金)

西村 今月のゲストは団塊の世代であり、昨年11月に2年間の限定で高知へ帰郷された田植光男さんです。18歳で高校を卒業して以来、大阪、東京とで生活されてきました。
  ブログも「プランテーションプレイス」というタイトルでこのほど始められました。

  今回のテーマは「コミュニケーションをどうつくりますか?」でお話をお聞きします。
 田植さんは東京時代にも仕事関係以外のネットワークを広くもたれています。高知へ戻られてからの交流も継続されていますか?

Taue 田植 もちろん続けています。4月初めと5月の連休に東京から友人も来ます。こちらから上京して交流することもあります。
   しかし、高知へ来ますと会いたい時にすぐに会えるという訳には行かないので、だんだんと疎遠になってきます。そこで、けんちゃんに薦められましたが、ブログなどを利用して、近況報告や情報交換などをして交流を継続することも有効なことですね。

西村 ブログも始められました。ユニークなタイトルですね。「プランテーションプレイス」です。どのようにブログを活用しようと思われていますか?すくなくても安否情報にはなるとは思いますが・・。
  「おれは田舎で元気です」というメッセージにはブログはなるとは思います。

田植 ブログをはじめたと言っても・・・まだはじめたばかりです。そうですね。人のブログを参考にさせてもらうと、個性と言うか自分を旨く表現していますね。言いたい事をカテゴリー別に旨くまとめて、いろんな情報を発信して社会的な問題提起なども行っていますね。

 私は、ブログの活用については正直、まだ漠然としていますが、まあ・・高知のことや高知での生活ぶりを東京などの友人に発信していくことからはじめようかと思っています。
 「プランテーションプレイス」はうちのカミさんが考えた名前で、いずれ福島の白河近郊に転居したとき誰でも集えるコミュニケーションの場を「プランテーション」と名づけて提供したいと思っています。

 「プランテーション」は田植 からとった名前で、種蒔き・植付け、育て、育成していると言う意味を含んでいます。プランテーションと言う空間を多くの人々に理解してもらうために、ブログを旨く活用したいと思っています。

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西村 2年間高知におられ、その後は奥様の出身地の福島県白河市で生活されると聞きました。交流拠点をつくる。そこで「寄り合い所」をこしらえると聞きました。おかまいない範囲でどのようなことをされるの「構想」をお話ください。

田植 そうですね、「公民館」なんて言う友人もいます。「地域のなかに多様な文化を提供し、老若男女を問わず気軽に人々が集うような憩いの場所にしたい。」思っています。
 カミさんの姉と同じ敷地に住むわけですが、大きな材木屋を営んでおり、今は息子が継いでます。地域で顔も広いので、協力を受け、私たちも家業の助けになればと思っています。

 食事もでき、飲み物、お酒やワインも出します。かといって食堂でも飲み屋でもなく、学校帰りの子供たちが勉強や宿題をしに立ち寄るような。そんな空間を作りたいと考えています。そのためにカミさんがデザイナーをしている関係で 衣類や小物類。
 また、二人でこれまでつちかってきた友人の協力を得て陶芸家や染物家、地元のアーティストの作品の展示会や小さな演奏会や真打の落語会などを時々行いたいと思っています。

 カミさんは「多目的ギャラリー」なんて言ってますが。
また、ビール継ぎの達人やワインのソムリエなどに来てもらって、楽しみながら地方に都会の文化を、都会の人たちには地方の良さを感じられるようなそういう事も提供したい。

西村 公民館といえば自治体ベースのものですが、それを民間で経営し運営するので自由度はありますね。
 沖縄本島北部には「共同店」という小売の店があります。村のよろずやですが、商売だけではありません。食堂になったり、託児所になったり。子供たちが宿題をしたり。親父たちが集り飲み会をしたり。
 共同店の歴史は100年以上あり、その収益で昔は地域に電灯をひいたり、奨学金をだしたりしていたそうです。最近東北にもできたそうです。物の売り買いだけでなく、人と人とのコミュニケーションに役立つしくみのようですね。

田植  はりまや橋商店街でも同じような構想を聞きました。それはみなが貴重な本などを持ち寄り、交流スペーズを持つことですね。わたしも福島の白河では日頃好奇心をもって集えるような書籍、絵本、ビデオ、DVD等も提供して行く予定です。芝居、小説の本もあります、
 でも採算面はどうでしょうか。私たちが生活できればそれで良いのかなと思います。

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西村 東京でのコミュニケーションと地方でのコミュニケーションのとり方は違いがありますか?高知へ戻られて違和感を感じられることはありますか?

田植 今はやりの携帯やメール、ブログなどの活用では違いはないと思います。しかし、直接会うには交通機関や手段が少ないこと、コミュニケーションの種類と言うかいろいろな集まりの内容が少ないと思われる。

 ただ、ブログなど交換し合って活用して、いろんな人々の情報をキャッチすれば、結構この高知でも集会や催し物もあると思います。。東京とは違った、高知独自のコミュニケーションも取れるのではないかと期待しています。そう考えるとそれほど違和感は感じません。

西村 田植さんは高知での2年間という限定された時期をどのように活用しようと思われているのでしょうか?

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田植 せっかく故郷の高知に来たわけですから、いろんな方面に好奇心を持ち、活動して行きたい。高知が素晴らしい所であることが、今回帰郷して実感しています。
 県内を隈なく出かけたいと思っていますし、高知でしかできない経験をしたいですね。ケンちゃんにもいろいろ教えていただいて。

西村 最近の若い人は「コミュニケーション能力が低い」とも言われています。そのあたりはどう思われますか?   
 またどうすればコミュニケーション力はアップするのでしょうか?

田植 最近二十歳代とはあまり話をする機会がないですが、確かに、自分や仲間内だけに閉じこもり、それ以外の世界に関心がないような感じがします。そして、他者とも携帯やパソコンなど「人を媒体としない関係の中に自分を置く」ような感じもします。
 でも先日、森林間伐のボランティアに女子大生がいきなり来て、お爺さんに近いような叔父さんたちに間伐の指導を受けていました。熱心に質問したり、会話が弾んでいました。
 彼女はインターネットで事前に調べてきたようです。ブログなども活用次第でいろんな情報や仲間が作れますね。

 つまり、個人・人それぞれと思います。若い人にも好奇心や関心を持ちコミュニケーションをとりたい人は沢山いると思います。若い人に限らず、そんな場を提供して行くことも大事ではないでしょうか。私たちが福島でやりたいのもそのような場所を作っていきたいと思っています。

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西村 東京での経験、高知でのこれからの経験も複合化しながら、白河での生活に役立て行かれるわけですね。

田植 場をつくることがどこまでひろがるかでしょう。東京をはさんで、東北と南国との交流とか。面白い交流になるやもしれません。
 そういう可能性はありますね。

西村 距離の問題はインターネットの道具がいろいろできましたので、きにしなくて良くなりました。スカイプもありますし。携帯電話やブログもありますし。
 新しい道具の活用は中高年世代は苦手です。若い人たちに教わりながら、コミュニケーションを深めていくことが必要ででしょう。

田植 福島の甥っ子達がやっていますし、かれら彼女らのボランティア活動もしているのでネットワークもあるでしょう。さきほども言いましたが、地域の中に多様な文化を提供できる場を作りたいと思います。
 
 食事もでき、飲み物、お酒やワインも出します。かといって食堂でも飲み屋でもなく、学校帰りの子供たちが勉強や宿題をしに立ち寄るような。そんな空間を作りたいと考えています。そのためにカミさんがデザイナーをしている関係で 衣類や小物類。
 また、二人でこれまでつちかってきた友人の協力を得て陶芸家や染物家、地元のアーティストの作品の展示会や小さな演奏会や真打の落語会などを時々行いたいと思っています。

 カミさんは「多目的ギャラリー」なんて言ってますが。
また、ビール継ぎの達人やワインのソムリエなどに来てもらって、楽しみながら地方に都会の文化を、都会の人たちには地方の良さを感じられるようなそういう事も提供したい。

 あそこへいけば面白い、なんかがある。そういう場所になれば良いと思います。

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