2008年12月19日 (金)

番組出演者交流会が19日に開催されました

4nin_r_2   高知シティFMにて番組を作成していた番組制作者4人が呼びかけました「番組出演者交流会」が12月19日午後6時半から、高知大丸東館6階の土佐水木にて行われました。

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 職種も年齢も異なる市民60人が集合し親しく懇談しました。

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 これこそ正真正銘の異業種交流会であると思いました。ありそうでない会合であると思います。

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 番組がなくなったので、今後の開催は未定ですが、また集まってみたいなとは思いました。

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2008年11月23日 (日)

高知の産物を世界に売る方策は? 11月28日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、こうち暮らしの学校の店長をされている宇田川知人さんです。

 宇田川さんは、高知へ来られる前は情報関連のお仕事をされていました。首都圏という大都市部で仕事をされておられました。都市部の人たちの生活には熟知しておられます。

 大都市部の人たちと、高知のような地方都市の人たちのライフスタイルはどう違いますか?なにか感じられることはありましたか?

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宇田川 そうですね。高知市内と限ると。今は情報が行き届いていますし。県外資本の店舗もできていますし。正直言いまして格差は感じません。
 ただ高知へ来て不思議だな。と思ったことがあります。「行動範囲が狭い」ことですね。

 首都圏に住んでいますと通勤時間は1時間、1時間半は当たり前です。私も実際神奈川の実家から東京のオフィスまで通勤は片道2時間かかっていました。ですからどこどこへいくのは、そこまでが遠いとか。近いとか言う感覚が都市部とは違いますね。

西村 わたしも関西と関東でサラリーマンをしていましたのでわかりますね。電車とか鉄道網が大都市部は発達していますし。1時間半ぐらいなら平気でいきますし。

 高知で1時間半でいくと高知から高松まで行くレベルになりますし。特急電車でいくと料金もかかるし、車でいくとたいそいし。どうしても出不精になりますね。

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宇田川 そうですね。高知暮らしの楽校が塚の原で開店したときに、おびさんマルシェとかで販売するときに、塚の原で販売しているんですよ。とか言いますと「遠いね」とか言われてしまいます。

 聞きますとたかが4~5キロぐらいの場所なんですね。そんなに遠いのかなというのが感覚ですが、何人にも言われましたし。

西村 たぶん車を活用している人と、そうでない人の感覚の違いもあるでしょうし。バスで行って乗り換えてとなると。塚の原へ中心市街から行くのは遠いとは思いますね。自転車でいくのも4~5キロは社会人には遠いのかなと思われますね。

宇田川 本当に不思議に思いますね。そのあたりは。

西村 高知の強み、良さ。宇田川さんは高知のどういうところをPRされたいと思いますか?

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宇田川 わたしは初めて高知へ来たときですが。それまでは高知は海のイメージがありました。南国で海のイメージで、鰹と坂本竜馬とゆずみたいなものでした。
 関東の人はわたしとだいたい同じようなイメージをもっていると思います。

 でも高知はとても広いです。山間部で山を越えると谷があり、また山があり谷がある。関東の感覚、そうですね自分は神奈川県西部のほうでしたから、山梨、長野も含めた変化というか土地の豊かさが高知にはあります。

 もちろん海の魚も美味しい。山のいろんな地域ごとに独自の文化。食文化ですとか。というのが共通する文化の共通点が豊かさです。そういう部分を伝えていきたいと思いますね。

西村 インターネット通販も手がけられていると思います。おかまいない範囲で将来構想をお聞かせください。

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宇田川 現状ではただページをこしらえている程度です。ゆくゆくはポータルサイト的な感じにして、地域の情報やお知らせをして。そこではこういう産物がありが買えますよ。という情報も含めたサイトをつくっていきたいですね。

西村 わたしの会社のサイトは「錆対策」「防錆塗装」という専門的な領域のサイトですが全国各地から問い合わせがあります。また電話もかかってきます。
 高知県のまるごと販売サイトであれば、アクセス数は桁違いに多いでしょうし、注目度が全然違うと思いますね。

 県のサイトとか観光のさいとも全然面白くないし、ほしい情報がほとんどありませんし。なんか見ていましていらいらします。

宇田川 そうですね。地域に対する関心が昔よりたかくなったのではないかと思います。さぬきうどんのブームとかありましたね。
 私のなかでは高知もそうですが、四国をいろんなサイト、情報サイトって全然充実度がないんですよね。

西村 なんかずれているんですね。ほしい情報がないんですね。

宇田川 わたしはそこが穴場だと思いますね。だから高知からはじめて、ゆくゆくは四国のポータルサイトを計画しています。東京にWEB会社をしている友人がいます。そこと今水面下で話をしています。
 
 わたしは13年間高知へ通い詰めましたし。四国の各地も行き増した。旅行者としてはあちこち行きましたね。その観点から見ますとほしい情報は既存のサイトにはありません。

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西村 それはそうであると思います。いとこが定年で東京のマンションを引き払いUターンで戻って来ました。退屈していたので中島健造さんを紹介しました。そしたら週に2回間伐ボランティアへ行きだしましたし、いの町成山の棚田栽培にも通いだしました。

 東京では体を動かすことが少ないのでということで、嬉々としてしていますし。
 こうち暮らしの楽校とはりまや市場で「お薦め品」「ギフト」はありますか?
 評判の良い商品があればお知らせ下さい。

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宇田川  お奨め品はたくさんあります。どれかというのは難しいところもあります。時期にもよります。まずはフルーツ系です。

 新高梨。これからは出てくるフルーツ・トマト。フルーツ・トマトは農薬を使っているのでうちでは取り扱ってはいませんが・・・。農薬の使用量がすくないものがあれば扱いたいとは思っていますが・・。

 かんきつ類がいろいろ高知はでてきます。関東ではかんきつ類といいますと、みかんとかグレープフルーツとか、種類が少ないです。高知は、四国はすごくかんきつ類の種類が多いです。という印象を受けたのもはじめて高知へ来たときの実感でした。

 そういったものもギフトとしてはお奨めです。

 もう1つは郡部地域で作っていいるこだわりの食品であるとか。そうしたものをお好みで選んで、いろいろと詰め合わせていただきます。送ることもできますのでご利用ください。

 なかなか東京では見かけない、高知市内でもみかけない品物もいろいろあります。郡部でつくられているこだわりの品物を各自で選んでいただいてつくっていただく。一番良いと思います。

 また声をかけていただきましたら、こんなのがお奨めですよ。と言いますので気軽に声をかけてください。

西村 高知の「安心」「安全」にこだわる商品は今現在で何品目ありますか?計画ではどの程度まで増やせそうでしょうか?

宇田川 そうですね。今はおそらく500品目を越えているでしょう。もちろんまだまだ増やすつもりでいます。増えるものもあれば、正直減るものもあるでしょう。

 時期により変わるものもあります。まだまだ発掘しまして、増やしていきたいと思います。皆さんに楽しんでいただきたいと思っています。

西村 高知の産品は「ロットが小さい」と言われていますが、実際のところはどうなのでしょうか?また「想定外」の品物はありましたか?

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宇田川  ロットが小さいというのはおっしゃるとうりです。先ほども申し上げましたが郡部でつくっているものはロットが小さいです。なかなかうちが頼んでも1回で持ってきてくれません。限られています。

 でもそれが手作りのよさや、こだわりであると思っています。そういう意味では大きくはなかなかできないのですけれども集めていくことも必要です。

 あと想定外のものと言いますと、私の出身である神奈川県西部の小田原があります。あのへんでもありますが干物ですね。あじやさばなどですが、高知ではにろぎやひめいち、であるとか小魚の干物がありました。かますの小さいのやこ鯛もありましたし。

 そういうのは関東にはないと思いました。

西村 高知暮らしの楽校の狙いは「高知まるごと百貨店である」と以前松田高政さんにお聞きしたことがありました。今後も品数はどんどん増えていかれていますか?

宇田川 徐々に増やしていきます。「まるごと百貨店」と名乗るにはまだまだ足らないものがたくさんあります。できる限り、くらしの楽校やはりまや市場に来たお客さんが、そこで買い物が済むようなお店にしたいです。

 そのためには今ないものを、こだわりのものを探していきたいと思います。

西村  宇田川さんは高知に定住される前から高知県のいろんなところへ行かれておられるので、高知の情報はお持ちであると思います。なかなか高知から情報を発信できていないようにも思います。サイトなんかも満足できませんし。

 将来構想として「まるごと百貨店」と言うのであれば高知の情報をもっともっと発信するようなことも考えられているのでしょうか?

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宇田川 そうですね。高知にはいいものがたくさんあります。でも知られていないものもたくさんあります。それを伝えていく。その手段としてインター・ネットもそうです。

 インターネットが手軽に広く情報発信ができます。今皆さんが知らない、でも結構知りたいと思っている情報はたくさんあると思います。そういう情報を広く発信していければと思っています。

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2008年11月16日 (日)

あるべきファーマーズ・マーケットとか? 11月21日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、こうち暮らしの学校の店長をされている宇田川知人さんです。

 現在有機農家との契約されていると思いますが、高知県下何軒の農家と取引されているのでしょうか?

U4_r 宇田川 現在は30軒の生産農家と取引をしています。今店を始めましていろんな反響がありまして、更に出荷したい。と言ってこられる生産農家もあります。

西村 有機野菜は天候に左右され、また農薬や化学肥料を使用しないので、労力がかかり、そのわりに収穫量が多くありません、。どうしてもコストは高くなります。
 お店のお客さんはそのことを理解されているのでしょうか?

宇田川 もちろん理解されている方もおられます。また「なんで高いの?」と言われるお客さんもいらっしゃいます。
 なるべくお客さんには理解いただくようにお話はします。実際「有機栽培野菜は手間隙がかかって、生産量が少ないですから、高くなります。」と説明しましても、「それはわかるけれども高いね」といわれる方もいます。

 まだまだ十分に理解されているとは 思いませんけれども、今後はいろんな形で理解していただくように努力していくことがはりまや市場なのかなと思います。

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西村 また1つの事例です。アメリカなどでは消費者側が先にお金を集め、有機農家に事前に支払っています。そういう仕組みをこしらえれば、有機農家も安心して栽培するので、有機農家は育つのではないのでしょうか?
 消費者出資制度(?)のようなしくみはいるのではないでしょうか?

宇田川 私個人としては、そういうしくみには消極的です。いわば棚田オーナー制度のようなものですね。果樹園でも果樹オーナー制度のようなものでしょうか。そういう限定されたものについては、現状もうまくいっているというところでしょうか。うまくいっていないところもあるようですし。

 まずどれだけ消費者側がお金を出してくれるひとがいるのか?というのが1つです。有機野菜ですから天候によって収穫量が左右される。必ず消費者側が出資した期待量の収穫が上がるのか。天候状況によっては収穫量が少なくなるということなどお知らせするようですが、たぶんそのとき事前には納得しましても、実際にそうなったときに納得するかどうかです。

 なかには結構批判も出てくるようですよ。ですからすべての農産物について、出資してそれを買い取るというしくみでは、現状では規模ろして大きくなれるのか。疑問をもっています。

西村 今の現状ですか、30軒の生産農家相手では難しいところでしょうか。

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宇田川 難しいと思います。出資制度でお金を集めたとしても30軒の農産物を1年間、何世帯分、何家族分できるのか。そう考えると現状それで出資金をとるとすれば、相当の金額を出資していただかないといけないですね。

 アメリカの農業は大規模ですからね。日本の農業と大陸の農業はぜんぜんちがうのではないでしょうか。むこうの農業は「水やり農業」なんですね。いかに農産物に水をやるのかが重要なのです。

 日本の場合は「草取り農業」なんですね。もともとアメリカなどは水が少ないので、害虫や雑草も少ないところなんですね。

西村 そうですね。カルフォルニアの農業は雪山からパイプラインで水を引っ張ってきますね。大規模スプリングラーで水撒きしていますね。雨が降らないから雑草もはえません。

 ほたくるとすぐ砂漠化してしまいます。そういう農業と高温多湿多雨の日本の農業とは違いますね。有機栽培もアメリカの場合は規模が大きいと思いますね。

宇田川 そうであると思いますね。

西村 わたしの構想は「市民農園」の応用版ですね。市民が野菜作りをしますが、有機栽培農家の人が指導にくくとか。農地を市民に貸すとか。
 はりまや市場や暮らしの楽校が介在してあげて、オーナー農園主を増やすという観点で、いいのかなとも思いました。

 また3)とも関連していますが、生協のように会員を集め、出資してもらう仕組みは考えられないでしょうか?
 その資金で有機野菜栽培農家を育て、安心・安全な野菜をはりまや市場が認定し、その野菜は全額買い取る。理想ですがそうなれば、消費者も安全であると思います。

宇田川 もちろん生協のようなシステム。それを求める人もおられるでしょう。それも必要かなとも思います。
 わたしが事業をする上ではそういうしくみをとるつもりはありません。
 なぜならと申し上げますと、生協の会員の場合はどうしてもお客さんが限定されてしまいます。それが1つです。

 基準が一部のこだわった生協もありますが、基準がかちかちしていて、製品として画一化しているのがちょっと楽しくない。わたしにとっては楽しくないですね。

 農家の方の個性は出していただきたいのです。

 もい1点は、先ほど言ったように、「わたしは有機の野菜を買えるのが当たり前」風になっていただくのが夢です。目標です。
 どちらかといいますと普段使いで買うお店。それを目指しています。

 わたしとしましては生協のようなしくみ。それはそれでありであると思います。わたしのような変わり者がいてもいいのではないかと思います。

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西村 モデルとなる事例や、目指しているしくみがあればおかまいない範囲でお話下さい。

宇田川  そういう意味ではモデルというか、現状にあるモデルでこれに近づけようであるとか。それを目指そう。というのは正直ありません。

 またただ新しいしくみをつくるという意欲だけはあります。広い意味での「地産地消」を進んでいます。それは重要です。

 まずは地産地消を確立するのが1つです。またそれを他県であるとか首都圏での展開をしていく。そういうような段階を踏んでいきたいと思っています。今はお話できるような具体的なしくみはまだないですね。

西村 これは戯言のような話かもしれません。「健康ファンド」のようなしくみも必要であるかと思います。銀行や証券会社との提携は将来必要かもしれません。

 どうせお金を預けるなら世の中のためになりたいという奇特な資産家もおられるからです。そんな人たちからお金を集めます。間違いない野菜は届けますよ。利子は野菜ですよとか。お天気相手ですので収穫の増減は当然あります。野菜を食べていただければ、あなたの健康は保障しますとか。

 そのあたりはいかがなものでしょうか?

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宇田川 実は高知へ来る前は会社員でした。株式市場や、資本市場に近いところで仕事をしていました。興味はありますね。
 現状でもSRIという社会責任投資もありますね。こういった食の分野での「安心・安全」のようなことがあっていいんだ。と思っています。

 今後恐らく出現するのではないかとも思います。
 ただ現状ではファンとということになりますと資金を集めないといけません。100億とか200億とか、100億単位にならないといけません。ファンドとしてのうまみがないのです。それぐらいの単位でなければです。

 それぐらいあつめないとファンドとしてもうまみというか魅力はないからです。それぐらいの規模でないと引受会社が現れないと思います。

 現状の有機栽培農家の生産量や販売量であれば、ファンドにはなりません。

 また高知県だけでファンドをつくるというだけでは、恐らく天災などが合った場合は損害をこっとり蒙ることがあるでしょうし。
 そういうリスクの可能性があるので、高知とは違う県の農産物をリスクヘッジをかけたような形での有機農産物のなかで、トータルのファンドはあるのかなと。

 わたしも1時期そうしたファンドの構想をもっていました。

西村 そうしますと全然可能性がないと言う話でもないのですね。将来は可能であると。やれる可能性はありますね。

宇田川 あると思います。わたしは第1号でなにかしらの関わりを持ちたいと思います。

西村 自然エネルギーとか森林とかも含めたファンドは可能ではないのでしょうか?

宇田川 環境というファンドは可能でしょう。エコ・ファンドのようなものは。むしろ「ナチョナル・ファンド」でしょうか。

西村 高知では可能であると思いますね、太陽光発電、風力発電、水力発電、木質バイオマス地域循環システムであるとか高知はありますし。それに有機栽培農産物を加えファンドをこしらえる。

 まさに石油など化石燃料を使用しない農業ですし。従来型の石油製品だらけのハウス園芸のように石油価格の高騰のリスクはありません。天候のリスクはありましても。

 そういう天候のリスクを折込み済みでファンドであると。

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宇田川 普通の株主の関連投資でもいろんな銘柄に分散して組みますね。大きな台風が来てそのあたりの農地が壊滅すれば目も当たりません。それではファンドはできませんね。

 ひじょうに奇特な大金持ちの人が出資する。10年に1回ぐらい50億ぐらい損してもいいとか。

 小規模であれば個人的な奇特な人を集めて2~3億出すからやりなよ。というのはあるでしょう。それは定着はしないでしょう。その人頼みですね。個人が人にほれ込んで出資することはあったとしても一般的なファンドになるのは難しいでしょうし。

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2008年11月 9日 (日)

先進国神奈川県から過疎地高知への移住の理由は?11月14日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、こうち暮らしの学校の店長をされている宇田川知人さんです。
 宇田川さんは神奈川県のご出身。こうち暮らしの学校の校長である松田高政さんは大学の後輩であるそうです。

「日本1豊かな神奈川県」から、数字の上では「日本1貧しい高知県」への移住。高知の何が宇田川さんを動かしたのでしょうか?今日はそのあたりをお聞きしたいと思います。

 神奈川県は私も学生時代と社会人新人時代に、合わせて6年住んだことがあります。また子供が神奈川の大学へ進学したこともあり、10年ぐらい関わりがありました。個人的には第2の故郷という感覚があります。
 東京に近く、大企業もあり、経済的には豊かな地域。横浜や鎌倉は歴史もあり、高知とは規模が違います。

 高知はどういうところで宇田川さんにとって魅力であったのでしょうか?

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宇田川 なかなか答えにくいところはあります。もちろん出身の神奈川県を愛しております。さきほど話がありましたが、こうち暮らしの学校の校長をしている松田高政君が大学の後輩であり、大学時代に仲良くなって、松田君が卒業して高知へ帰るということになりました。

 高知どころか四国へも行ったことがなかったので、1度高知へ行って見ようか。一緒に来ました。私も松田君もお酒が好きですので、まず最初はお酒から入っていきました。高知のおいしいお酒とおいしい魚を食べて、そこで高知が気に入りました。

 それ以来年に4~5回高知へ遊びに来るようになりました。そのたびにいろんなおいしいものを食べてお酒を飲んでいました。その当時は松田君は地域づくりのコンサルタント会社に勤務されていました。仕事でいろんな地域との関わりを持っておられました。
 
 一緒に高知県下の市町村を案内してくれたこともありました。わたしは食べ物にものすごく執着のある男なので、その地域へ行くたびになにか良いものがあれば買い入れたりしていました。それで家に帰れば食べてということをしていました。

 ずっとそれをくりかえしていました。高知のいろんな地域にいろんなものがある。こだわってつくられているものがある。それがひじょうに多いなということに興味を持ちました。

 まず高知に興味をもった理由です。話は違いますが、日本全体を見たときに、首都圏への一極集中というのに疑問を感じていました。都会に住んでいながらそう考える人はなかなかいないと思います。

 なにか東京になんでもかんでも集中しすぎていて、他の地域が弱くなっている。一極集中に問題があるんだろう。そう思いました。

 高度成長時代は1極集中でよかったと思います。でもやはり経済が成熟してきたら、地域・地域で拠点となるところがあって国家があるべきではないのか。そのほうが経済がまわったほうが国全体としていいのではないか。そういうように壮大なことを考えるようになりました。

 そういうことで松田君とのつながりや自分のやりたいことなので、高知でやろうということで一緒に会社をつくりました。

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西村 神奈川は三浦大根や、三崎のまぐろ。小田原のかまぼこなど海山のものも豊富です。みかんどころの静岡も隣ですし。お菓子も鎌倉や横浜にはたくさんあり、神奈川で世話になった人に高知のお土産を持参するのに悩みました。

 宇田川さんであれば、神奈川の人には高知のお土産はなにをお薦めするのでしょうか?

宇田川  やはりべたですけれども鰹は外せませんね。高知の鰹が1番美味しいとは思いますね。ですので鰹は外せませんね。

 それからフルーツ、かんきつ類もいいですね。ちょっと時期は遅くなりましたが、新高梨なんかもいいです。今でこそ新高梨もいろんな地域でこしらえていましが、高知産のほうが大きくて美味しいです。

 ですからわたしはそういう高知のものを神奈川へお土産に持って帰ります。

西村 フルーツものと言えば、フルーツ・トマトなんていうのもありますね。

宇田川 そうですね。フルーツ・トマトも今はいろんなところで栽培されています。でも徳谷については別格であると思います。あれは全く他の地域のものとは違います。

西村 それなりの競争力というか,指名買いをされるだけの力が高知の産物のはいくつかあるのでしょうか?

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宇田川 はい。そう思います。あとは売り方が悪かったり、まだ埋もれている産物も高知にはあると思います。

西村 神奈川は経済的にも豊であり、自然にもそこそこ恵まれています。消費者の水準も高いと思われます。今後の展開で神奈川へ高知の産物を販売していく計画もあるのでしょうか?

宇田川  実は神奈川といわず首都圏に対して高知の産物を販売していく思いは持っています。そのためにも高知県内。高知市の人にいろんな高知の地域の産物を、ものの豊かさというものを知っていただくことです。

 ゆくゆくは関東に向けた展開ー開拓をしていきたいと思っています。

西村 高知と神奈川のつながりはあるのでしょうか?昔は高知の漁師が横須賀に移り住んだりしていましたし。今は縁が薄いようにも思います。宇田川さんが「架け橋」になられたら高知の大きなポイントになると思いますが・・。
 将来計画も含めておかまいない範囲でお話を聞かせてください。

宇田川 私個人のちからはたかが知れています。あまり大げさなことは言えません。やはりまずそういう意味では地場産品の販売の仕事をしています。まずは「もの」を通したつながりを考えています。

 それは先ほど言いましたように高知の産物を神奈川県を含めた関東に出すことももちろんですけれども。逆に関東にある高知にないようなものを高知へもってきて販売するのもあるんではないかと。

 いろんな形でものを通じて「高知の豊かさ」を感じていただく。それを微力ながらやっていきたいと思います。

 また最終的には、人の交流などで貢献出来ればなあとも思います。これはまだまだ「壮大」すぎますので構想の範囲はでていません。

西村 将来神奈川から高知へ、安心・安全な農産物と食材をより安定供給するために投資を引きこむことは可能でしょうか?そのあたりはいかがなものでしょうか?

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宇田川 そうですねなかなか難しいとはおもいますね。
 やはり投資を引き込むためには、投資をする側にリターンがないとしません。やはりしっかり見せられる販売方法とか、ビジネスモデルなんかを確立するのが大事なことではないでしょうか?

 高知へ来て思うことがあります。ちょっと地域のパワーがなくなっているのかもしれません。行政だのみになっていないかと言うことです。
 そういう印象を受けることがあります。わたしは自分が事業を起こした人間としては民間の力でそういうものを造って投資を引き込む。そのためにも関東進出の足がかりをつくってビジネスモデルを構築すれば十分にか可能であると思います。

 将来的はあんれるようにしたいですね。

西村 ビジネスモデルは、前にも言いましたが「安心・安全」でしょう。何が本物で、なにが偽者か。特に食の問題ではたくさんありました。毒物入りのお米の問題。毒入りの中国製ギョーザ。
 みんなは食に関して安いものを買えば、そういう目にあってしまいます。では高いものを求めたらどうだったか。高級料亭吉兆のような「料理の使いまわし」もありましたし。

 非常に不信感がありますね。赤福の問題もありましたし。そこへの安心感を提供できるようなしくみ。農産物であるとか。できないものでしょうか?

宇田川 そうですね。私達が今お店でやっているいことがそのことを実践しているところです。
 首都圏のほうが、そういう「安心・安全」に関する考え方を強いと思います。やはり手に入りにくいですから。首都圏のほうがですね。そうなると今度は他県の農業生産県との競争になると思います。

 「安全・安心」+「競争力」をどこにおくか。そこが進出していくポイントであると思います。

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2008年11月 2日 (日)

はりまや市場の売り物は?

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、こうち暮らしの楽校の店長をされている宇田川知人さんです。
 9月9日に開店したはりまや市場。高知市中心商店街のはりまや橋商店街にあります。農薬や化学肥料をできるだけ使用せずに栽培された野菜や、高知県産のものを可能な限り使用した加工品を主に販売されています。

 こうち暮らしの楽校は、高知市西塚の原のマルニ旭店内で開店しています。あちらと比較してお客さんの反応や、意見などの違いはありますか?

U1_r 宇田川 まず塚の原のこうち暮らしの楽校なんですけれども、こちらのほうは開店してから1年ちょっと経つようになりました。最初つくるときに、こだわりの無添加ですとか、無農薬の野菜。そういった地場産品を扱うということでそれを前面に押し出したものですから、塚の原は、「オーガニック」ですとか、ナチョナルをもとめる。お客さんもこだわりのお客さんが多いです。

 一方はりまや市場はやはり中心街の商店街ですし、人通りも多いところです。こだわりのお客さん以外に一般のお客さんもひじょうに多いです。またこうち暮らしの楽校へ来ていた方も来店されています。

 いろんな多くの方にご利用いただいています。それで反響としましては、商店街のそのあたりというのはそういった野菜を買えるところが少なくなっているので、出来て良かった。という声もございます。

 やはり無添加の食品や無農薬の野菜はどうしても普通のものと違って価格が少し高くなっています。高いという声も多いです。これは今後お客様に理解していただけるように努力しないといけないと思っています。

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西村 現在不況の最中にあり、市民は生活防衛に走っています。価格的な問題はあるようですい、消費者のご理解が必要であると思いますね。
 また有機栽培の野菜は、常に品が一杯であるとは限りません。自然相手の仕事ですし。お天気にも左右されますね。そのあたりお客さんの支援と理解が必要であると思います。

宇田川 本当に言われるとうりであると思います。有機で、路地で栽培している農産物につきましては、その季節の短い間でしかないものもあります。
 スーパーなんですと常に並んでいる野菜が、時期によっては全くない。ということもあります。利用いただくお客様にとりましては不便をかけることになります。

 ですけれども私の考えとしましては、「野菜でも季節感を感じていただきたい。」と思っております。この野菜が出てくるのは、栽培されている○○さんの畑から。うちはいろんな地域の生産農家の人がいます。

 ○○さんの野菜今回買って美味しかった。でもなくなってしまいました。そしたらまら来年が楽しみだな。という感じで野菜から季節感を感じていただければ。そして旬のものを食べていただきたいのです。
 
 さきほども申し上げましたとうり、どうしても有機野菜は価格が高いです。なかなか毎日その野菜を買って食べるということが、できないお客さんも多くいらっしゃいます。

 わたしもお客さんの立場ならなかなか毎回買うことが難しいのかもしれません。アトピーであるとか、農薬を使っている野菜は体が受け付けない。ということがない限り。毎回有機栽培の野菜を購入するというわけにはいかないのです。

 なので私としては「野菜のご馳走」のようなものです。

 お肉なんかですと、普段は安いお肉を使っているけれども、お父さんや子供の誕生日なんかはいい和牛を食べるとか。そういうことって個人の生活の中でもあるみたいなんですね。

 野菜でもそういうのがあっても良いと思います。スーパーへ行きますと野菜は、たとえばピーマンなら皆尾同じ価格。他のものもすべてそうですね。

 野菜でもそのものによって価格の違いがあることで価値も違っています。美味しいものもあればそうでないものもある。ですから普段食べられない人は、何かあるときに野菜のご馳走とかでご利用いただいたらいいなと思います。

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西村 はりまや市場は、高知市の繁華街、飲食店街にも近い位置にあります。レストランや居酒屋などの業務筋への販売ルートの確立も必要ではないかと思われます。そのあたりはどうなのでしょうか?おかまいない範囲でお話ください。

宇田川 現在もそういった飲食店の卸のようなことを意識して、開拓しております。現実に飲食店の方でご利用いただいている人もいます。数はすくないですがいらっしゃいます。

 ただ飲食店さんですとどうしてもこちらもコストの問題とかがあります。たとえばなんか有機野菜の一品みたいな使い方しか現状では出来ないのが事実であると思います。

 もう一方で飲食店に卸す上の課題があります。常に同じ野菜がずっとあるわけではありません。種類も季節によりましては少ない時期も出てきます。そういう部分をどういう風に理解していただくか。
 というのと、なるだけなんかか一品を使っていただける方向でいくしかないのかなと思っています。

 もう1つは価格の問題で考えていますのは、有機の野菜は企画外品とい「う野菜がうのが、出てきます。これは普通の野菜より価格が安いです。

 企画外品をなるだけ四国方と多い地域に出せるような体制を現在構築中です。

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西村 そうでしょうね。どうしても野菜は規格外品も出来ますし。B級、C級の野菜が処理できれば生産農家にとっては言うことがありませんし。傷物、はねもんを引き取っていただければ農家は喜ぶと思います。それを開拓することが課題になると思いますね。
 また食品加工してしまえばわからなくなりますし。煮物に使うとか。それこそカレーなんかにすればわかりません。それが有機でオーガニックで無農薬ならそれにこしたことはありませんし。

宇田川 それは飲食店さんにとっても、ご利用するお客さんにとってもいいことであると思いますね。

西村 有機野菜の栽培と販売だけではなく、有機野菜を原料にした加工品をこしらえることが大事であると思います。

 タレントで農場を経営されている田中義剛でしょうか、最初はチーズをこしえて、それからキャラメルをつくって大繁盛していますね。ひとつの成功事例ですね。

宇田川 私も同感です。こうち暮らしの楽校もそういう機能をもちたいですね。

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西村 はりまや市場は、半年間を期限とするチャレンジ・ショップであると聞いています。その後も継続して店舗を維持し、発展したいと聞いています。その場合はどうすれば、良いと思われていますか?作戦はありますか?

宇田川 まず当たり前で、チャレンジ・ショップであるいかんにかかわらず、多くの人に利用していただき、支持していただくことが基本です。
 利用していただくためにどうするか?そういうことになると思います。

 さきほども申し上げましたとうりですが、今有機野菜ということで脚光を浴びていますが、もう有機野菜というくくりだけでは駄目ではないかとわたしは思っています。
 私は味で勝負していかないといけないと思っています。

 有機であるからありがたがる風潮ですけれども更に伸ばしていくには、そのなかで味にこだわってそのなかでいいもの悪いものをしっかり見極める。それをちゃんと評価する。その価格で提供してお客さんに理解していただく。

 そういうことが大事であると思っています。基本的な考え方としての商売としてはそういう風にしていきたい。それには生産農家のご協力もいります。まだ時間はかかるでしょう。

 単に店舗でものをおいて売るだけでは駄目であると思います。有機野菜は普通のやさいとはちょっと違います。皮まで食べられる。芯も食べられます。味が濃いとか。
 有機野菜ならではのレシピというんでしょうか、普通の味付けで食べるよりも野菜の味をいかすような食べ方を提案しながら、お客様に利用してもらう。

 そういうことをやっていきたいと思っています。

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西村 有機野菜の栽培農家の反応や期待度ははりまや市場に対して強いものがあります。しかし有機栽培の野菜は農薬や化学肥料を使用しないので労力がかかり、収穫量も少ないと言われています。

 また持参した野菜はすべて買い取ってもらいたいという意向があると思いますが、そのあたりはいかがなものでしょうか?

宇田川 私の個人的な考え方。商売人としては買い取るべきだと思います。ただ今回はチャレンジ・ショップとして今回は有機農家の人を強く押し出すと言う面で委託販売というケースにしています。

 私は基本は販売するほうが買いとって売る。それは栽培する人。売る人。それぞれしっかり役割分担があります。そうしないと効率的でないと思います。ですからすくないものを効率的に売るためには買い取ったほうが最終的には良いと思います。

西村 まさに食の問題では「安心・安全」が第1です。生産者の顔が見える販売。生産者と消費者のつながりをつくるしくみづくりは、はりまや市場では大事であると思います。
 単なる産直ショップや食品スーパーとの違いを消費者にどのように理解させるのでしょうか?その作戦についてご披露ください。

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宇田川  いろんなスーパーさんで産直コーナーや有機野菜のコーナーが見られるようになりました。わたしはやりかたもあると思います。
 しかしそれはスーパーにすれば数多くある販売商品の本の一部分でしかありません。

 仮にそのコーナーが売れなくてもそんなに損害は蒙りません。ですからそういう意味では「ファッション」的な要素ではないかとも思います。

 ですから農家にも厳しいことをスーパーが言っている様にも聞いています。最初はそれなりに出荷できるので農家もやり気でやるでしょう。実際の有機栽培農家と消費者とうまく結びつくことが(スーパーを介在して)できるのかどうか。ちゃんと役割をはたすことができるのかどうかについては疑問を持っています。

 われわれは有機の野菜であるとか、添加物の少ない加工食品しか扱いません。なおかつ有機栽培農家の皆さんとは直接現地へ行き、畑へ行ってお話しをしています。仕入れにてについてもいろんな話し合いで決めて行っています。

 できるだけ有機栽培の農家の方が普通の市場に出しますと、農薬のかかった野菜と同じ評価でしかありません。価値や評価を見極めましてあるいみ納得して出せるという環境づくりをしています。

 仕入れの部分で言いますと恐らく私達のほうが(スーパーよりも)きめ細かく、いいものを見れることができると思います。
 一方お客さんとの関係で行きますとそうした有機栽培のものしか扱っていませんので、知識の面でもおそらく他のところとは違うと思います。

 あと消費者と生産者をうまく結びつける。われわれは小規模なので小回りが聞くというメリットがあります。農家の人にお店に来ていただいて、消費者に話を聞いていただく機会をつくるとか。

 あとは「食育」の面でもわれわれのほうが細かいことが出来て小回りができる。と思っています。単に物を仕入れて売るといのではなく。ものがどういう由来でどういう考えで作られる方がつくっていて、どういう味で、どういう食べ方がいいのか。

 それがなぜ他のものとくらべて「安心・安全」なのか。それを伝えていけることが大きな違いであると思います。そこが強みであると思います。またそうしていかないといけないと思います。

 

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2008年9月28日 (日)

半年を振り返って  10月3日(金)

 今日の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」はゲストはいません。4月からスタートした番組の「中間総括」としてお話をしたいと思っています。

 高知シティFMの戸田健史さんにもお話に加わっていただきます。

 4月からまちづくりに実践的に取り組んでいる人たちをスタジオにお招きしお話を聞きました。さまざまなジャンルの人の話を聞きました。

 話の話の人やまちづくりごっこの人たちではなく、実行している人、街づくりをしているひとに話を聞きました。

 4月のゲストは中島健造さん。この人は休日は間伐ボランティアをされています。仁淀川町で実践しうまく機能しています「木質バイオマス地域循環システム」は、まさに間伐ぼらんティの活動から思いつき、実現したものです。

 自然エネルギーの活用。間伐の推進。森林の保全。という大変重要な役割を中島健造さんは担われています。

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戸田 そうですね。貧しい県高知といわれていますが。これならなんとかなりそうだねと言う気がしてきましたね。

特に間伐した後は通常は「切り捨て間伐」といいまして、そのまま山に放置されています。ほとんどの間伐はそうです。中島さんたちは「それではもったいない。」ということで、林地残材という建築用や用材として利用価値のない間伐材の部位(根っこの部分や、先端の部分)を小さく切り、自分達のトラックで佐川町のプラントまで運搬しています。

 プラントでは小さく破砕しチップにし、それを木質ペレットに加工しています。利用価値のないとされた間伐材が熱効率の良い木質ペレットに生まれ変わるしくみができました。

 いまや全国的にも注目されるプロジェクトになっています。

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 そして5月ゲストはうえるぱ高知の下元佳子さんたちに来ていただきました。利用者本位の福祉機器展。民間主導のバリやフリー・フェスティバルを運営されている実行委員会のみなさん(福島寿道実行委員長。白石研二県社会福祉協議会)にも着ていただきました。

 この「高知方式」の福祉機器展は全国的に珍しく画期的な取り組みであるそうです。従来はメーカーの主催する福祉機器展示会でした。都市部でも良く見かけます。
 利用者本位の福祉機器展は珍しいとされています。たとえば介護用のベットで競合しているメーカーが一同に集まり展示をする。来場者二説明をする。利用者本位の展示になっています。

 利用者本位の福祉機器展をめざし、構築してきた人たちだけにその発言には注目していました。

戸田 6月に行われた第7回高知福祉機器展(13日、14日、15日高知福祉プラザ全館で開催)にはけんちゃんも足を運ばれたというわけですね。

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 そうです。うちの家族は両親が超高齢者(父89歳、母83歳)ですので家内と私と4人で行きました。
 そのなかで「福祉機器展ツアー」というのがありました。それに参加しまして説明をうけながら展示ブースを見て歩きました。

 6月ゲストは奥田奈々美さん横山隆一記念まんが館学芸員です。高知のまんが
文化、コンテンツは素晴らしいことを説明いただきました。現実にフランスではまんがが「第9の芸術」という地位を得ています。

 自民党の麻生太郎さんもまんが好きで話題をよんでいますね。

戸田 そうですね「ローゼン麻生」なんて言われていますね。

 国際的にも日本のまんがと言いますのはひじょうに高い評価を受けています。高知はまんが家をたくさん輩出している。高校生まんが甲子園も開催している。地元新聞社がまんが投稿欄を設置し、積極的にまんがの振興を図っている。高新まんが道場もありますし。
 地方新聞社がまんがの振興でがんばっていることは大変なことなのであると奥田奈々美さんから指摘されました。なるほどと思いました。

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戸田 よくまんがを「サブカルチャー」と言われます。「わたしはサブカルチャーとは思いません。」という奥田さんの発言が印象に残りました。

 
 まんがの研究、事例の研究、全国のまんが館との交流のなかから導き出されたまんが文化の重視する発言だけに重みがありますね。

 また7月は浜崎一途(かずと)さん。この人は路上詩人「はまじ」としてはりまや橋商店街をはじめ活動されています。
 街頭で対話をしながらアートな字を描く。その字は力強く描かれています。

 いろんな人の相談にのられています。25~6歳の若者ですが、人の話を傾聴し、会話する「コミュニケーション能力」が大変優れた人であると思いました。

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戸田 あれだけはまじさんは若い人ですが、いろんな人たちの話を丹念に聞き、接点をつくっていかれて話が広がっていくようです。そういう部分は私達も大いに学ぶべき部分があると思いました。

 この時期は連続通り魔殺人事件などが起こりました。動機を語る犯人像などもありました。はまじさんの場合も決して生い立ちが恵まれているわけではないのです。しかし全然暗さを感じません。むしろ前向きに生きようとする姿を感じます。

 それは路上でいろんな人と対話することでそのエネルギーを得ていると思います。素晴らしい若者であると関心しました。

戸田 この番組でも言っていますように「人と人とが対話する」とういう重要さは常に言ってきているところです。

 そして8月のゲストは島本茂男さんと中平崇士さんですね。2人で出演いただきました。「高知の起源を考える」「高知らしさとは何か」ということで語り合いました。

 高知で言えば「おきゃく」ということなどです。「高知らしさ」とか「土佐」の起源を古代史にさかのぼり、「まれびと伝説」であるとか、そこから高知のおきゃくが着ているとか。

 邪馬台国は土佐にあったのではないかというお話とか。すぐには話にはついていけない部分はありましたが、なるほどそういう観点もあるのかということで、考えさせられました。

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 土佐の歴史と言えばすぐに「幕末・維新」「竜馬だ。民権運動だ」に収斂されていくようです。それだけでなしにもっと多様な起源があり、生業があるということを示していただきました。

戸田 そうですねこの土佐邪馬台国説ですが、何をとっぴょうしもないことをと最初は思っていましたが、お2人の話を聞いているうちになるほどそれはそうかもしれないと思えるようになりました。

 ひじょうに興味深いはなしではありました。

 そして9月のゲストは衆議院議員の福井照さんでした。この人はもともと国土交通省(旧建設省)の都市局のほうにおられた官僚出身です。「都市計画」や「観光」というものに大変ユニークな考え方をもたれた人でした。

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 たとえば観光であれば中国とか韓国、台湾などアジア各国から高知へ来ていただかないといけない。高知の人間が面白おかしく生きていないとだめである。不平不満だらけでは観光客は来ない。と言われていました。

 また都市計画に関しましても、「風水」の考え方で、「風の道」「水の道」を重視した都市計画。地方都市は特に重要であるし、実現できるのではないか。

 つまり街路ばかり建設して水路を埋め立ててしまう都市計画とは違うような観点があるように思いました。正直福井照さんの考え方には驚きました。

戸田 そうですね。都市問題といいますとなんかわかりにくい印象があります。それをわかりやすく、噛み砕いて話していただきました。

 そして10月番組のゲスト(衆議院の解散・総選挙の関係で安全策をとり9月の22日から25日まで放送)は橋本大二郎さん(前高知県知事)でした。

 国政にチャレンジされるということで、どういう形で県知事から国政へ目標を変わられたのか。いくつか質問をしました。
 外交問題、安全保障の問題。産業振興の問題。地方の問題。道州制の問題。エネルギー問題など多様な観点から質問させていただきました。

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 それに対して橋本大二郎さんにお答えいただきました。

戸田 こちらの放送は本当は10月番組として、金曜日の午前8時10分から30分にかけて4週(4回)分放送する予定でした。しかし9月1日に当時の福田首相が突然辞任し、その後の自民党総裁選挙、などがあり、解散・総選挙が10月に行われるという情報もありました。

 それで「前倒しを」しまして9月の22日から25日に特別枠で放送させていただきました。

 これも福田総理が突然辞任するなんてことは、収録時点(福井照さんは6月末。橋本大二郎さんは8月)ではまったく予想がつきませんでしたし。

 衆議院の解散・総選挙があったとしても年末年始かなと思い込んでいましたし。びっくりしました。戸田さんが言われたような番組特別枠での放送になりましたね。

 福井照さんも橋本大二郎さんも「国のありかた」について、「地方と国のありかた」について真剣に考えるお話をお2人から聞くことができました。

 福井照さん、、橋本大二郎さん以外にも後2人政党の公認候補者の人たちが出馬されるようです。そういう情勢の中で、情報提供ができたのではないと自負しています・

戸田 このお2人をはじめこれまでおこしいただいたゲスト出演者の皆様のトークはすべてこの番組のブログに掲載しています。ぜひともご覧いただければ幸いです。

 福井照さん出演番組での発言のまとめl

 橋本大二郎さん出演番組でのまとめ

 9月7日には高知青年会議所主催の「まちづくりシンポジウムー俺達の高知創造委員会」がありました。パネリストとしての肩書きが「高知シティFM放送けんちゃんのいますぐ実行まちづくり」でありました。

 このパネルディスカッションには尾崎正直高知県知事。岡崎誠也高知市長。高知青年会御所理事長の中村彰宏さん(サニーマート社長)とともに出席していました。

 わたしは「今すぐ実行まちづくり」が肩書きで知事、市長に混じり発言しましたので、そのあたりもお話したいと思います。

戸田 どういう経緯でけんちゃんが参加されるようになったのでしょうか?

 わたしも昔高知青年会議所のメンバーで活動していた時期もありました。(大昔ですが)。青年会議所は40歳が定年ですね。卒業すると縁がなくなるものです。

 確かに青年会議所の現役時代は夜須町の問題であるとか、都市再開発セミナーとか、ロック野外コンサートなど多彩な活動を活発にしていました。

 たぶん現役メンバーの高知青年会議所の方々が私のラジオ番組を聴いていただいたり、ブログホームページを見ていただいたり、検索をされてから打診がありました。

 6月頃にお話があり、やりとりを何回かしました。まちづくりの話をしていただきたい。他のパネリストは知事と市長を予定していますが、けんちゃんにも出演いただきたいということでした。

 わたしは1市民に過ぎないし、もっと青年会議所のOBで立派な先輩達がおられると思います。と申し上げました。

 そうしますと青年会議所の担当委員長は「市民の目線で発言いただける人を探していました。」とのことでありました。

 確かにそうご指摘されたら、いろんなゲストの人たちは、さまざまな立場でした。まちづくりを実践されている人たちばかりです。
 以前の番組の「けんちゃんのどこでもコミュニティ」ではのべ300人ぐらいの出演者にお話を聞いています。

 だから高知のありかた。社会。文化あるいはまちづくりに関してはいろんな観点で意見を聞いていますし。市民の目線で市民の観点で発言ができるのではないかと思いました。

戸田 なるほど、それで実際にパネルディスカッションをされた内容はいかがでしたか?

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 高知の自立。何をもって高知へ売り出していくのか。「食」にこだわるとか。「食」以外の方法なんかあるのか?青年会議所の活動についてどう思うのか。という内容でありました。

 わたしの意見は、オーガニックの野菜、有機無農薬の野菜栽培が高知は盛んです。それを活用した食文化の推進を申し上げました。
 具体的にははりまや市場がはりまや橋商店街に9月9日にオープンしました。土曜日に旧高知ー大阪特急フェリー岸壁で開催されている「オーガニック・マーケット」などを強くする作戦であるとか。

 太陽、風、水力、木質バイオマスなど自然エネルギー資源を活用する。農業で活用していますが、エネルギー分野でも火力や原子力に頼らない自然エネルギー資源を増やしていく活動をすべきであります。

 ドイツが太陽光と風力を中心に自然エネルギーの比率を高め現在15%から40%に国策で高めようと努力しています。二酸化炭素を出す火力発電や、廃棄物処理が難しい原子力発電の比率を下げようと努力しています。

 ところがそのドイツうよりも高知県は日照時間が200時間も長いのです。もっとドイツより推進できるはずです。高知では太陽光。風力。水力。そして木質バイオマス地域循環システム(間伐した林地残材をチップ化し熱源にして発電するしくみ)は高知県は可能です。

 自然エネルギーの活用で高知は世界から注目されるようになるでしょう。

 そのほか高知の強みである「まんが」や「よさこい」をコンテンツとして最大活用することを発言させていただきました。

戸田 発電の問題や設備の問題はあると思います。今ある、ものでまかなえるものはどうなのでしょうか?
  高知は「ないものねだり」をしてはいけないと思いますね。
  今あるもの。高知に豊富にあるものでどう活用していくか。ということを可投げないといけないと思いますね。

 数字的な統計でみれば、失業率が高い。県民所得が低いとかになりますね。「ないないづくし」の哀れな高知県になります。本当に景気が悪いと。

 高知へ進出してくるのは大手のパチンコ会社や家具店。ボーリングを中心とする遊戯場など。それでこうちには「未来はないのか」と言えばそうでもないと思います。

 それは「あるもの」を活用する。まんが文化であるとか、太陽光エネルギーであるとか、よさこいであるとか。あるもの自然であるとか川であるとか。歴史であるとかを見直して、落ち込む必要はないとは思います。

 卑屈にならずに自分達が自信をもって面白おかしく生きればよいと思います。「生きている」ことを確立することができれば高知の未来は明るいと思います。

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 おびさんマルシェの大西みちるさんであるとか、ららら音楽祭なども素晴らしいイベントでありますけれども、そんなにコストはかかっていません。まさに高知の「あるもの」を上手に活用しています。

 自分達の文化や誇りを育てていくことを県民各位が立場を超えてやれば面白い街になると思います。

戸田 お金がないから何もできない。のではなく、ないなりになにかできそう!と思いますね。

 そうですね。活動的な人たちでありながら、広い周囲を見渡せる目を持った人たち。交流のできるひと。コミュニケーションのできる人。
 それでいろんな人たちの多様な価値観を受け入れながら、高知の未来を切り開くことができれば、それこそ「今すぐ実行まちづくり」で高知は豊かになると思います。

 中間総括させていただきました。

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2008年9月25日 (木)

地球時代のリーダーとは?

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西村 今月のゲストは前高知県知事の橋本大二郎さんです。橋本さんは4期16年勤められた高知県知事を昨年12月6日に退任されました。そして今年4月2日に国政へ挑戦されると表明されました。
 知事時代と同様に政党関係の支持を獲得せず無所属で挑戦されます。
 今回のテーマは「地球時代のリーダーとは」でお話をお聞きします。

 橋本さんは「産業政策でも中央集権型で各省庁が、縦割りの事業を全国に一律に進めていたのでは高知県のように地理的に不利な条件を抱えた県は、いつまでも相対的な不利を解決できません。」と言われています。
 産業政策の分野でも中央主導の産業振興を転換させるということなのでしょうか?

橋本 そりゃそうですね。産業政策でも補助金政策で、産業政策を進めようとすれば、中央の関係の省庁がつくった補助金を全国に配分する。そうすればそれぞれの県に全然違うような形でということにはなりません。

 やはり一律的な補助金を配分していく。ということになります。特に高知県のように産業面で遅れた県にとってみれば、税金やなんかをドラスチックに変えていく、その仕組みを変えていくということができれば、それはそれで「誘導策」として企業を呼び込むとか育てるとかということができます。

 そういうことができなくて、一律的な補助金を受けるということであれば、後進性、後発性というものを乗り越えるということは出来なくなってしまう。ということになります。

 ですからこういうような中央集権のなかでの産業振興というのは、今の時代に殆ど意味をなさないのではないか。国はもっと技術開発だとか、違うことにお金をつぎ込んでいくべきです。

西村 食料生産について。日本はカロリーベースで食料自給率が50%ありません。

橋本 40%を割っていると思います。

西村 遠い外国から食料を輸入しています。そのことが物凄くCO2を排出していることにもなります。
 農業政策で自給率を上げて、国際公約にもなることは可能なのでしょうか?
  7月30日には世界貿易機関(WTO)新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)が決裂しました。解決策はあると思いますか?

H2_r_2 橋本 いくつかの問題が絡んでいます。というか複雑に入っていますね。
 そうした問題とまとめて言われましても答えようがありません。
 私は農業ということはこれからの国の基本に据えて取り組んでいかないといけない。と大二郎の旗で言っています。

 そのためにもこれも同じ話の繰り返しになりますが、農林水産省が補助金という形で全国に配分していく。また公共事業中心の農業政策を進めていく。そういうようなやり方は辞めるべきだと思います。

 一方で食糧危機だ。お米をもっと増産をしないといけない。自給率も上げないといけないと言いながら、減反政策を進めるなんて、全くナンセンスなことを平気でしています。それを自民党の農水族と一緒になってやるなんていうことは、言語道断だとわたしは思います。

 こういうような農業政策は基本的に改めなければいけない。ということを思います。そのための手法はいろいろありますけれども、短い時間でなかなかお話をしにくいのですが、企業の参入もあります。そのことにいろんな問題点を指摘される方もおられます。わからないのではありません。

 どこか一箇所だけに企業の参入をしてやろうとしても、農業は天候に左右され、収益性の見通しのつかないので、なかなか企業経営という考え方と、合わない。
 それぞれの地域で農業者、お百姓さんを給料でお雇いをする。しかもそれぞれの地域で年によって、出来高のいいもの悪いものがあります。

 全国で考えればリスク分散になってポートフォリオと言いますけれども、それによって収益をあげることができる。というような。年間100億円ぐらいの収益をあげる企業が出てきています。

 こういうようなやりかたの農業というものをもう少し真剣にわたしは考えていくべきだ。と思います。そういうものが次々と企業体として出てきたときに、今日本には1500兆円の個人資産があります。それを投資する場がない。お金が死んでしまっています。お金がまわらない状況になっています。

 申し上げた新しい形の農業をきちんとした産業にして育て、それをみんながもっている個人資産の投資先としてつかっていく。農業だけでありませんけれども、教育であるとか、エコ・エネルギーの新しい事業だとか、言うものをいくつか立ち上げていってそこに個人資産を投資をしていくと言う形で日本人の持っている資産をもっと日本の国内でまわしていく。

 このことが私は日本全体、地域も含めた経済の活性化に間違いなくつながっていけるのではないのかなと思います。そのビジネスモデルをもう少し細かく書き上げて、お示しをしていきたいと思っています。
 

西村 エネルギー政策についてお聞きします。ドイツなどでは国策で太陽光や風力発電など自然エネルギーの活用を提唱し実行しています。石炭や原子力の利用を極力抑えようとしています。
 そのあたり日本のエネルギー政策はどうあるべきですようか?
 また橋本さんは原子力発電についてはどう考えられていますか?

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橋本 まず原子力発電については、今の発電の30%を担っています。そのことを無視してはいけないと思います。
 わが県の東洋町でも高レベル放射性廃棄物最終処分場の問題がありました。これは私は高レベル放射性廃棄物を日本の国内で処理することにまっこうから反対していることではなく、ああいうやりかたでは絶対にどの地域にもできない。やはり地域の住民の理解を得られる手法を考えないといけない。という趣旨でわたしは反対の立場を貫きました。

 原子力発電というものも冒頭からバランスということを言っていますが、いくつかのエネルギーのリスク分散のなかで、バランスとしては日本では当然考えなければいけない。1つの手法だと思います。

 太陽光だとか風力とかエネルギーの政策に関しては、わたしは国として1つの方向を出していくことは大切です。これも地域自立型の国家構造ができていけば、高知県はエコ・エネルギーでいきましょうと。もっと明確に打ち出していけます。

 国から補助金をもらって太陽光や風力なんかをやっていくのではなく、高知県の政策として、四国州の政策としてそういうものを打ち出していく。まさに高知県なんかはそういうことにふさわしい。県であると思います。

 自然エネルギーなどを「県づくり」。地域自立型の国家構造になっていけば、明確に打ち出して県の特長にしていく。そういうことを、そういう国づくり、県づくりにつなげていきたい。とわたしは思います。

西村 原子力発電に関しては、橋本さんは否定的ではないのでしょうか?

橋本 否定的ではありません。

西村 使えるものは使おうと言うことですか?

橋本 使うべきだと思います。

西村 しかし原子力は廃棄物の問題とかあります。また日本は世界の地震大国でもあります。狭い日本の国土ですが、全世界の地震の10%は日本で起こっています。震度5以上であれば25%が日本で起きています。

橋本 それだったらそれで原子力発電を全部やめてどうするんでしょうか?

西村 すぐにはできないとは思いますが・・

橋本 すぐにはできないということでは、いけないわけですね。エネルギーというものは。1年止まったらそれは心臓にペースメーカーをつけたりしている人達が生きていけないとか。寒い中で生きていけない。そんな問題が出てきます。

 ですから現実のなかでのバランスでウエイトを上げるか下げるかを今後考えていかなければならないといけません。全否定してすむ問題ではないとわたしは思います。

西村 原子力発電は全否定はしないと言うことですか?

橋本 そうです。冒頭からそう申し上げています。

西村 青少年育成についてお聞きします。
 最近、無関係の人を殺害する通り魔事件が多発しています。
 橋本さんは知事時代に成人式で騒がしい新成人を一喝したことがありました。
 青少年育成のためのアイデアなどありますか?

橋本 青少年育成のためのアイデアということですが、私は小学校の教育体系を抜本的に改めるべきだと思います。
 よく「知・情、意」ということを言います。知性と感情と意志ということです。そのなかでも日本は知性よりも知識だけを重んじた教育をずっと続けて来ました。

 小学校に入った段階からそういう教育をしています。それを根本からあらためて,感性、感情と意志ということを重要な1つの教育材料として教えて行く。スポーツだとか芸術だとか言うことを中心に私は小学校教育というものを組み立てていく。

 知識やなんかのことを後から、中学へ入ってからでも間に合うと思います。そのためには東京大学を頂点にしている大学の受験体制、ピラミット体制と言うものを変えていく。受験のありかたも一緒に変えていく。そして小学校の段階から教育の仕組みを変えていくことが私は1番大切なことであると思います。

西村 地球環境を守るために「大二郎マニフェスト」はありますか?
あたためているアイデアや政策などがありましたら、おかまいない範囲でご披露下さい。

橋本 突然で全く違った話しになったもんで・・どういう意味ですか・

西村 さきほどの教育の話から飛んでしまいましたが、環境を守るために日本が果たす役割はあろうかと思います。日本の得意分野もいくつかあると思います。
 地域でやれる部分。国全体でやらなければならない部分。さきほど原子力発電の話にもあったんですが、たちまち止めたら困るというお立場であるということが初めて知りました。

 それ以外の方法。原子力以外の方法とか。あるいは共存型社会をつくる。。・

橋本 何と何をつくる?

西村 環境保全型ですね。そういう意味においてです。たとえば廃棄物を出さない。処理に困るようなものをつくらないとか。そういう意味においてです。循環型社会というのであれば、捨てる場所に困るようなものをこしらえない。すべきではないのかと私は個人的には思っています。それは原子力も含めてです。

 生産物。製品。農業でもそうでしょう。それをしていく循環型社会に転換していく役割を果たすべきであると思います。そのあたりを橋本さんがお考えになっていること。

橋本 お考えになっているという意味が余にも具体性を欠くので・・。わからないんですが・・・
 わたしは地球環境というのであれば高知県は80数パーセントが森林で全国1の森林の比率の高い県です。森林の整備の大切さを地球環境の1つとして訴えてきました。

 森林環境税もそうですし、企業との協働の森の動きもそうです。このなかでCO2の吸収証書を出したり、削減証書を出したりと言うことをきちっとしたPCCのガイドラインの計算式でしてきました。

 わたしは日本全体の今後の排出量取引なんかで具体化をしてくる時の大きなテーマになってくる。またそのモデルとして活用していただけるだろう。と思います。
 やはり日本というのは緑・森林というものを大切な資源とする国です。こういうことを高知県からせっかく発信したものを全国に広げ、全国的な運動の取り組みとして行くということをやっていかなければいけない。と思います。

 世界ということでしたら公害の問題。水の問題。今申し上げた地球環境の問題などは日本はひじょうに多くのノウハウをもつ国です。これを世界貢献の1つの材料として使っていく。そういうことが日本の国家戦略として大切ですし、そういうプロジェクトをやはり日本はアジアの国ですから1つ中心にして、いくつかのプロジェクトを国として明確に立ち上げてそこに若い人、または私たちのような団塊の世代を含めていろんな人たちに参加をしてもらう。

 それを若い人達が日本を誇りにし、日本という国をベースに世界貢献していくベースにする。ようなことも国の力を強めることになります。

西村 防災対策なども日本は進んでいると思います。そのノウハウを伝授するということにもなると思います。

橋本 突然防災対策になりましたが・・そういうことでいえば防災もそうです。それから食糧危機に関して農業技術もひじょうに進んでいる県ですし。
 水不足の問題も世界中で起こっています。水供給の問題でも日本は技術が進んでいます。

 様々な分野で世界に貢献できます。世界1の長寿国でもあります。保健医療の問題でもそうです。教育を受けられない子供達に教育のチャンスを与える。様々な分野で国際貢献のプロジェクトをつくっていける。
 
 そこに若い人達が、どんどん参加をして日本という国、国力というものに強い意識を持ってもらう。そんな国にしてもらえばと思います。

西村 日本は衰えるばかりという印象をもっていましたらが・・

橋本 今のままならそうなります。

西村 国の形、ありかたを変えなければいけないということですね。

橋本 国の形を変えれば日本は間違いなく元気になります。それから1500兆円の眠っている個人資産をみんなが使っていける。投資をしていけるような形に変えていく。そういうことが出来れば、日本は底力は強いものがありますので、元気な国になるのか間違いないと思います。そういう国に是非していきたいと思います。

西村 今なら未だ間に合うのだと。

橋本 まだ間に合います。

 

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2008年9月24日 (水)

あるべき国のかたちとは その2

西村 今月のゲストは前高知県知事の橋本大二郎さんです。橋本さんは4期16年勤められた高知県知事を昨年12月6日に退任されました。そして今年4月1日に国政へ挑戦されると表明されました。
 知事時代と同様に政党関係の支持を獲得せず無所属で挑戦されます。
 今回のテーマは「あるべき国のかたちとは?その2」でお話しをお聞きします。
今回は外交や憲法のありかたについてお話をお聞きします。

Koizumi6_mm  外交姿勢についてお聞きします。小泉純一郎内閣以降、日本の外交政策は対米一辺倒と思えるところがあり、見ていて「対米従属」にしか見れません。おかげで日本の存在は埋没し、日本の良さや独自性はなくなったうようです。次期米国大統領候補も日本には無関心なようです。このあたりはどう考えますか?

橋本 アメリカという国は日本にとって非常に大切な国です。のちほどご質問が出るかもしれませんが、日米安全保障条約そのものも、私は日本の国の安全を守る上に必要な条約だと思います。

 また日本の位置というものを考えれば、やはり中国にも近い。中国とアメリカという大国に挟まれた国ですから、それぞれとの国との付き合いかた。これは経済的なマーケットということもありますし、政治的、軍事的、防衛的な意味もありますけれども、付き合いかたというのはひじょうに重要でバランスを崩してはいけない。ということを思います。

 その点、やはり小泉さんの考え方と言うのは、明らかにバランスが崩れていました。アメリカ追随型と言われてもも致し方なかった。その背景には外務省というものが、ひじょうに腰が引けていて、アメリカになんか言われるとそこに付いて行ってしまう。という外務省の体質があって、そこに小泉政権も引きずられたのではないか。と言うことを自分は思います。

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西村 日本国憲法についてお聞きします。安倍晋三前首相は憲法9条の改正を提案し、自衛隊を海外派兵できるようにし、積極的な国際貢献をしないと日本は孤立するからと言われていました。
 このあたりはどのように考えられますか?

橋本 このあたりと言われてもどのあたりかわからないので、憲法改正のことでしょうか?
 憲法改正のことで言えば、9条に限らずですが、憲法はやはり改正をして新しい国の形をつくること。何度も繰り返して言っていますが、地域が自立できる。国は国で国家戦略をもって戦う。そういう新しい国家構造というものを憲法できちっと位置づけなければいけない。

 これから100年の計という国づくりのために、わたしは憲法をみんなで議論して、新たにつくっていく。大切なことだと思います。

 そのなかで9条に関しても、日本という国民と国土というものを守るのは、主権国家としては当然のことですので、そのことは明確に規定をしていくべきです。自衛の為の軍を持つということも明確に既定すべきです。

 ただそこから先の例えば自衛隊が海外に派遣される。戦いのある場所で自衛隊が活動する。などどいうことは私は絶対にすべきではない。この日本という国が、戦争という大きな犠牲を払って、ある意味血であがなって、獲得した平和憲法というものは、平和主義というものは私は大切にしていくべきものだと思います。

 東南アジアやアジア諸国のなかでは、日本の軍というものに対してひじょうに敏感な想いというものが未だ数多く残っています。自衛隊を出していく問題を考えた時、そういう協力のしかたではない、日本の協力、国際貢献というものが当然あると思います。

 そういうことが日本という国がこれから目指していくところだと思います。

西村 橋本さんは高知県知事に時代に、非核3原則にもとづき、「非核港湾条例」を提案されたことがありました。条例は県議会で継続審議になり廃案になりました。
 最近高知県宿毛市への米軍核廃棄搭載可能なイージス艦が寄港しました。また宿毛市長は岩国基地の後方支援基地として米軍施設の誘致を言われています。このあたりはどうか考えたら良いのでしょうか?

橋本 それはちょっと。もうわたしの権限を離れている。どういう風にという。ですので何をどう答えればいいのでしょうか?

西村 県知事時代に「非核港湾条例」をつくろうとしたのでは・・・

橋本 私は条例をつくろうということを申し上げた。それぞれ条例がない時点で政治的な判断、行政としての判断をどうしていくか。現在の法律にしばられるところがあります。条例にしばられることもありますので、条例をつくろうということと、現状の法や、条例の体系の中でどういう判断をしていくか。それは別のことであると思います。
 

西村 さきほど日米安保のお話もされました。
 米軍基地の存在はどう考えられますか?世界2位の経済力がある国が今でも米軍に駐留している理由はわかりません。このまま米軍がいたほうが良いのでしょうか?また撤退いただいたほうが良いのでしょうか?

橋本 それはバランスの問題で、今日本にいる米軍すべてが必要かどうか?わたしはそこまで全部調べてはいません。その辺をお答えすることはできませんけれども、さきほど言いましたように日米安保条約というものは日本の国というものを守っている。ひじょうに大きな意味合いを持っているという風に思います。

 またいざというときは、手助けをしていただく存在だ。と思います。そうした意味で日本のなかに米軍の基地をおいていくということは、私はとても意味のあることだと思います。

西村 さきほども話しに出ました。自衛隊の役目についてはどう思われますか?作家城山三郎さんは「軍隊は人を殺す組織。自衛隊は人を救う組織。みかけは軍隊に似ているが異なる組織」と言われています。

 国論が分裂したままイラクやインド洋に自衛隊は派遣されました。そのあたりはどう思われますか?アフガニスタンへの自衛隊の派遣の話もありました。このあたりはどのように考えられますか?

橋本 イラクとインド洋とアフガニスタンに関してはいずれも派遣には反対です。

西村 その理由はどういうところでしょうか?

橋本 さきほど申し上げたとうりです。戦闘地域に私は自衛隊が出て行くべきではない。日本の平和主義というのは貫いていくべきだ。そういう風に思います。
 ただ日本という国は、主権国家、独立国家です。国土、国民を自らの手で守ることは当然必要です。そういう手段も持たない。自分の国、自分の国民を守ろうともしない国を他国が助けてくれる。決してそんなことはない。

 自分の国は自分で守る。という姿勢と、それだけの軍を持つ。そのことによって初めて安全保障条約というものも活きて来ると思います。つまり難しい言葉で言えば、「個別的自衛権」というものは、当然主権国家にはあるべきもので、自衛隊もその個別的自衛権の中で、範囲で動くべきものだ。というふうに思います。

Yasukunieiga

西村 中国人監督が製作した映画「靖国」。靖国神社のありかたが話題になりました。毎年政府閣僚や国会議員の靖国参拝問題が話題になります。
 橋本さんの考えはどうなのでしょうか?靖国神社についてです。

橋本 靖国神社というのは、戦争で亡くなられた人を奉った神社です。そのことを日本人の1人としてそこに奉られた方々の想いをはせるという。その英霊の慰めをするということはそれは認められてしかるべきであると思います。

 ただ政治的意味合いということでいえば、私は中国がどうのこうの言うからではないですが、国内にそのことに賛成する方々、反対する方々がいる。国内の論議が2分されている。2分されているということは、誰かしかるべき政治家が靖国神社に公式に参拝した。必ず中国なり韓国なりが反対の声を上げられる。そのことに対して中国や韓国のいうことはもっともだ、という方々と、そんなことはないという方々が国内で分裂をする。

 ということになりますので、そうやって中国や韓国に日本の国論を分裂させることに利用させることを政治活動としてする必要はない。と思います。

西村 日本の国論が分裂したら・・

橋本 利用されるだけだから。

西村 日本は国連の常任理事国になるべきなのでしょうか?またなるとしたら自衛隊の海外派遣は必要なのでしょうか?

橋本 わたしはなる必要は全くないと思います。これは大二郎の旗の中でも言っていますが、国連の決議があっても自衛隊は戦闘地域へ自衛隊は行くべきではない。戦闘地域に派兵をすべきではない。と明言しています。

西村 韓国との竹島問題。中国との東シナ海の海底油田問題。ロシアとの北方領土問題。隣国との国境問題と友好関係の維持はどうあるべきなのでしょうか?

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橋本  これはそれぞれ歴史的経過も違うし、経済的な価値も違います。政治状況も違います。いちがいに丸めてできません。

 竹島問題。韓国から言えば独島(ドクト)。これはわたしは日本の領土であると思います。ただ韓国の主張というものもあるわけですし。あそこはきちんと議論をしていけばいいし。本来は国際的な裁判所に問題を持っていって、きちんと決めてもらう。というのが筋であると思います。

 中国との海底油田の問題ですが、経済的な意味合いがあります。今回日本側から共同開発という形が進んでいて、その方向で良いと思います。

 それからロシアとの北方領土問題。4島についてはわたしは個人的な意見を申し上げれば、4島変換にこだわらないと思います。やはりロシアは大きな資源を持った国であり、そこに日本が共同開発して関わることができれば、ひじょうに大きくひらけているマーケットを考えた時に、4島返還にこだわって、平和条約さえ締結していない。そういう状況をいつまでも続けていくべきのではないのではないか。

 とりあえず2島を返してもらって、後の2島はペンティングという形で、条約を結びロシアとの経済的交わりを太くしていく。そういう風な戦略を私は練るべきではないか。

西村 北朝鮮との関係です。進展しない日本人拉致問題があります。これはどのような解決策があると思われますか?

橋本 わたしは今の金正日(キム・ヨンジョル)政権が倒れるまで待つ以外にはない。と思います。その間のいろいろ相手の出方によって外交的なことをきちっと決めていくことは必要です。

 やや中長期的に言えば、北朝鮮の体制が崩れるのを待つしかない。

 ここでもさきほどから外務省の弱腰を言っていますけれども、とにかく国が地方のことに口出ししてごちゃごちゃするよりも、こういう問題にきちんと対応しなければならない。そういう国になっていかないといけない。

 そのために私は地域は自立しないと。国は国の戦略を持って世界との交渉をすべきであると言っています。

 
西村 「歴史問題」についてはどう考えられますか?一方で中国や韓国でもしょっちょう歴史教科書問題でクレームをつけられています。
 それで右往左往しています。国論がこの問題でも分裂気味になります。これはどのように考えられますか?

橋本 私はこれまで日本の総理大臣が何度か発言をされています。もっと明確に、ここまで戦後60年以上経って敢えて言う必要があるか。やや外交交渉を経た上のことですが。

 やはり日本という国が朝鮮及び中国に侵略をした。そのことの過ちということを明確に認め、反省をしていく。私は日本の戦後のスタートとして絶対必要なことであった。と思います。

西村 素朴な質問です。現在の日本は小選挙区制度ですね。政党がひじょうに有利な選挙制度になっています。ポスターも政党関係者でないと候補者の顔写真入ポスターも貼れない。

 無所属でトライする人はひじょうに大変な状況になっています。先ほどの壮大な話で国を変える。はやく変えてくれ。地方のことは地方でやらしてくれ。そういう声はあると思います。それは政党の垣根を越えてあると思います。

 いつどの時点で橋本さんが明確にして集団をこしらえて、なさるのか。選挙の前にバンとやるのか。後でやるのか関心はみなあると思います、そのあたりはどうなのでしょうか?

橋本 それは今の段階ではまだどうできるのか。そこまでの見通しがついているわけではありません。と言うのは、やはり選挙の時期がいつになるのかにもよりますね。
 もし新しい政党でやるということになりますと、そこへ行き着くのであれば、選挙の前にそういうものをお示しをし、お示しをするというのは考え方は大二郎の旗の中にきちっと盛り込んでいますが、その党の名前も含めてです。

 そういう政党としての活動を示して審判を仰いでその後の活動につなげる。それが必要であろうと思います。
 たとえそうでなくても、単に無所属の議員として議席をとっても、それはどんな大言壮語してもそれが実現するわけではありません。やはり政党政治というその国会の中で多数をもって掲げている政策理念を実現していくというわけです。
 
 そのためには無所属のままであれ、新党であれ、議席をうる事が出来たのなら多数派の工作と言うものを当然考えなければならない。
 また事前であっても今の自民党、民主党の現職の議員が出てきて、党から離れて新しいグループをつくる。それは現実にはひじょうに可能性が少ない。難しいと思います。

 けれども、さきほどから言っていますように、両方の大政党に政策的なねじれがありますから、わたしが掲げている大二郎の旗の考え方に自民党の中にも、民主党の中にも賛成であるという方がいて、その方々がそれぞれのグループとして選挙前に考え方をお示しになり、これはわたしの大二郎の旗と同じだねとなるとそれぞれ連携をして、国民イお示しをする。つまり選挙を通じてそれぞれのクループが議席を得たら、これは選挙後にいっしょにやろう。ということを国民にお示しをします。

 それで選挙にのぞむ。ということは可能性としてはあります。それは当然多数派をつくっていく。それを目指さなければならないと言うことになります。

 

 

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2008年9月23日 (火)

あるべき国のかたちとは その1

西村 今月のゲストは前高知県知事の橋本大二郎さんです。橋本さんは4期16年勤められた高知県知事を昨年12月6日に退任されました。そして今年4月1日に国政へ挑戦されると表明されました。
 知事時代と同様に政党関係の支持を獲得せず無所属で挑戦されます。

 今回のテーマは「あるべき国のかたちとは?その1」でお話しをお聞きします。国と地方のありかた。国のありかや役目についてお聞きします。

 橋本さんは著作「融通無碍」のP135でこういわれています。
「改革と言いながら。地方分権を実りのあるために欠かせない国から地方への権利移譲はないがしろにし、中央集権を強化しました。」とあります。

 三位一体改革は

(1)国の、持っている補助金。負担金の廃止、削減。

(2)税財源の地方への移譲

(3)地方交付税の仕組みの見直し  の3点セットだったはずです。

 実態は高知県においても国の財政運営のつけを地方に押し付けるだけの改革とは名ばかりであった。と言われています。2004年度で260億円の財源不足と言われていました。そうだったのでしょうか?

H2_r 橋本 そうですよ。全国で5兆円削減されました。先ほど説明にありました三位一体の改革と言うのは、国の、持っている補助金。負担金の廃止、削減をする。国が地方のことに細かいことで口を出しをする。そういう仕組みをやめましょうというのが1つです。

 交付金や補助金を廃止すれば、そのぶんの財源が浮きますからその分を地方に移して、国の紐のつかない財源として地方が使えるようにしましょう。それが2つめでした。

 そうすると財政の事情も変わってきますから、それに合わせて地方交付税も見直しをする。それが3つめでした。それを一緒にやろうというのが三位一体の改革でした。

 ところが、蓋を開けてみると、補助金と交付金は3兆円廃止をされました。地方に財源が移されたのはほんの僅かです。殆ど国の中で使い回しをされていました。

 にもかかわらず地方交付税だけが「先取り」をして一気に5兆円削減されました。このため高知県の場合では、2002年度にはほぼ収支が見合う予算を組んでいました。 僅か2年後の2004年度は263億円の財源不足が生じるということになりました。

 高知県だけではなくて地方全体のことです。約束違反だおかしいと言う声が、強くあがった訳です。だけど今の国と地方の力関係では、それ以上国のしてくることをはねつける力が地方にはなかった。

 そのために5兆円の削減は、そのままのみこんで、それがずっと今もボディ・ブローのように高知県だけではなく各都道府県に効いて来ています。

西村 橋本さんはご自身の公式ホームページのなかで「財源と権限を地方に全面的に移した、地域自立型の国家構造を実現することで、国の役割と地方の役割をより明確に分けていきます。」と言われています。

 一方最近「道州制」ということも政府筋から言われています。意味合いが異なると思います。橋本さんの言われる「国の役割、地方の役割」のモデルとなる国はありますか?

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橋本 アメリカなんかがそうですね。州と国は全く違った役割をしています。税金も各州で独自に決めています。

西村 ということは国が提唱している「道州制」ではなく、「連邦制国家」がモデルなのでしょうか?

橋本 それは道州制でもいいわけです。道州制と言う言葉が「同床異夢」で使われています。地方が言っている道州制と、国の言う道州制は違います。

 地方は国の権限・財源を地方へ移す。地方へ移して地域が自立できる。そういう社会体制をつくる。その時に高知県という単位が運営のときの単位でいいのか。それとも四国が一緒になった単位が良いのか。それとも更に中国・四国が一緒になった単位がいいのか。言うことを議論するのが、道州制です。

 ところが、国の言っている道州制は、今の中央主権、今の中央の官僚や政治家が地方の細かいことまで口を出し、地方を縛り付ける。こういう体制をそのままにして。47の都道府県は数が多すぎて財政的にも大変だから、9つか10にしようと。

 つまり国の言っているのは本来の道州制ではなく、都道府県合併なんですね。このことをきちんとわけていかないといけないですね。つまり権限財源が地方へ移っている。そういう国家体制なのかどうか。そうであるのかないのかを見極めないといけないのです。

 単に道州制という言葉を言っているだけですと、国と地方はまったく違う意味で双方が道州制と言う言葉を使うことになります。

西村 橋本さんはホームページのなかで「官僚が指導する現在の中央集権の体制を地域自立型の国家構造に変えることで、地方はこの国の伝統と文化が息づく個性のある地域造りを担い、国は平和主義と各種の国際貢献を通じて、地球時代のリーダーとしての役割を担うために国の形を変えていかなくてはなりません。」と言われています。

 橋本さんが国政の場に立つとすればまずなにから始め、実行されますか?

橋本 今のことに関して言えば、国の権限と財源を全部地方へ移すことです。ただこれは何月何日から突然やることはできません。やはり3年なり5年なりが道のりの道程表をつくって、それに、もとづいてやっていくことです。

 たとえば国の官庁の出先がそれぞれあります。四国には局があります。こういうものを1つにまとめ地域の役所に変えていく。そういう風な段取りであるとか。

 いろんな手法があります。国民にお示しをして、何年後かには国の権限も財源も地方へ移して行きます。地方が税金を使っていく。それにより税金を納めた者が、税金の使い道を決めていく。将来は地域の人たちが決めていく。そういう国の構造にしていく。そうなろうと思います。

西村 現在の国会は自民党と民主党が多数を占めています。その2大政党の政策は橋本さんの「国から地方への権限の大幅移譲の政策」への反応はいかがでしょうか?
 賛同していますか、それとも否定的なのでしょうか?

橋本 自民党、民主党の話と、さきほどの「国から地方への権限の移譲への賛同の話とどうつながるのでしょうか?

西村 自民党のなかにも、あるいは民主党のなかにも国の権限を地方に移すことに賛同されている議員もおられると思います。あるいは連邦制国家のような、アメリカのような国と地方の役割を明確にわけて言う考え方に賛同される方は、自民党側にも民主党側にもおられると思いますが・・。

橋本 自民党の中にも、民主党のなかにもおります。自民党は今与党です。政府側として進めている道州制の考えは、さきほど言いましたように地域が自立した連邦制的なものを想定していません。単なる都道府県合併型を想定しているにすぎません。

 言うことから考えれば自民党のなかではわたしの言うような道州制の考えは少数であると思います。民主党の中にはむしろ自民党よりは私に近い考え方の人が多いように思われます。

 明確に全体がそうかといえばそうなっていません。それが前回言いました自民党も民主党も党の中にいろんな大きなねじれを抱えている。ねじれを抱えたままこれだけきびしい状況下でスピードのある政策決定ができるか。判断ができるかというか。

 今それぞれの政党がかかえている大きな問題点があると思います。

西村 天皇の位置づけについてお聞きします。現在の皇室は政治的な発言は控えられていますし、また皇室を政治的に利用することがあってはならないと思います。
 しかし天皇皇后両陛下や皇太子ご夫妻が海外訪問をされる場合は、相手国に政治的な意味合いをもったことは確かです。

 皇室のありかたはいまのままで良いと思われますか?それとも別の意味を持たせるべきであると思われるのでしょうか?

橋本 まず「結果として」と言われましたが、結果ではなく政府の狙いとしてそういう利用のしかたをしています。
 今の天皇陛下が皇太子時代に、アメリカを2度訪問されています。それぞれにいろんな政治的な問題があったとき行かれています。安保の後。日米繊維の問題があったとき。こういうときに行かれています。

 私も繊維交渉の後の訪米の時にはNHKの記者として同行しました。アメリカ駐在の日本の大使が、こういう時期に皇太子ご夫妻をお迎えをすることはたいへん日米関係のためにはありがたいことです。言うようなことを明確に言っておられます。

 ですので」政治的に「結果として」ではなくて、政府としては象徴天皇制は両国間の対立を和らげる為に使わせていただいたことが現実にはあります。
 私は日本という国の強みであると思います。他のやりかたでそういうことが他の国にできるのか。できませんので。わたしはそれを口に出すということは別にして行き過ぎた形でなければ、そういう存在として天皇制は日本の1つの形として続けていくことは決しておかしなことではないと思います。

 最後に他のありかたといわれていますが、どういうことなのでしょうか?

西村 例えば天皇の権限をもっと強くする。戦前のような存在に戻そうということですが・・

橋本 そんな人は多数いるとは思えません。

西村 また天皇制を廃止して共和制にすると言う人も少数派でしょうし。
 個人的な見解ですが、皇太子ご夫妻が外交をされたら、今の政府がやるよりもっと円滑にうまく行きそうなきがするのですが・・。それはなかなかできることではないのでしょう?

橋本 外交と言う意味をどうとらえるかです。さきほど申し上げた時に日米安保の時にハガチーと言う人が羽田空港まで来て「ハガチー帰れ!」というデモ隊に追い返されたと言うことがありました。

 そのすぐ後に皇太子ご夫妻が訪米をしています。外交的な大きな衝突があったときにうまく和らげていく。そういう意味での外交的な活動をしていただくことは私は意味があると思います。

 本来の外交と言うのはいろんな問題を柔らかくうまくやっていくというよりも、さきほどの国の役割と地方の役割を分けると言う国家構造にするということを言いましたときに、食糧危機の問題や、地球環境の問題や原油高、エネルギーの問題や様々なことを上げました。

 そういう厳しい社会現実の中で日本という国の利益をどう訴えていくか。言うことが本来の外交の役割です。日本の外務省は全くそういうことのできない役所なんです。

 英語がしゃべれ、外国語がしゃべれてお付き合いをというふうなことだけでやってきた役所です。本当の意味の国家戦略をつくって戦って行く形になっていません。

 わたしはこれからは外交と言うのはその国の役人が地方のことに細かく口を出すのではなくて、外交交渉と言うのを力を注いでいかないといけないと思います。
 そういう場合は皇室の役割と全くそれは違うものだ。

西村 石原慎太郎東京都知事が東京五輪誘致に際して皇室のお出ましをお願いしたいと言いましたら、宮内庁がそれはできません。と言いましたら石原さんが逆切れされていました。あの問題はどう思われますか?

橋本 オリンピック誘致のためにと言えば、宮内庁としてそれはのめないとなります。表立ってそういえばです。さきほど申し上げた皇太子ご夫妻を日米の繊維交渉のトラブルを和らげる為に利用したいと言えば宮内庁は「NO!」と言います。

 あうんの呼吸と言うものを考えないと政治家もいけないと思います。

西村 「格差社会」の是正に対しては、どのような政策が有効であると思われますか?
橋本さんは構造改革を推進するというお立場のように見えます。
 労働市場の規制緩和しすぎた結果、経営者側の都合の良い労働条件の改悪がまかりとうり、派遣やパート、臨時雇用が急造し、結婚も子供もつくれない、子供の進学もままならない格差社会ができました。このあたりどのように考えられますか?

橋本 経営者側に都合の良いということを言われましたが、一方的な見方であると思います。例えば、トヨタやキャノンと言う企業は世界で競争しています。
 全くコストを考えなくてものづくりをしていけば、それらの日本を代表する企業が全部海外へ出て行ってしまいます。

 そうなれば日本のなかの雇用ももっと少なくなるかもしれません。良い悪いは別にしてグローバル化が進む中で日本の産業はどうあるべきか。どう考えていくか。一方的に経営者のためにと決め付けてしまうのは、わたしは日本経済のためにはならないと思います。また雇用ということを考えた場合には危険な考え方です。

 しかし経済のグローバル化というものが、すべての格差の背景にあることは間違いありません。ですからそれに対してどういうルールをこしらえるのか。行き過ぎた資本主義にどうやって歯止めをかけるのか。いうことは国内でもルール化しないといけませんし、サミットなどの時に地球温暖化だけの問題ではなく、こういう行き過ぎた資本主義にどうやって歯止めをかけていくかと。そうしたことを各国首脳が議論する時期に来たのではないかと思います。

 そういうことを国家戦略として議論していくうえにも中央主権と言うしくみはやめ、地方のことは地域独立、地域自立でやっていく。国は今まさに格差の背景にあるグローバル化へ対応していくのか。このことを戦略としてまとめて先進8カ国と話をし、そして世界と議論していく。そういう日本国にならない限り、グローバル化のなかの格差の問題には小手先では対応できないと思います。

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2008年9月22日 (月)

大二郎の旗について  

西村 今月のゲストは前高知県知事の橋本大二郎さんです。橋本さんは4期16年勤められた高知県知事を昨年12月6日に退任されました。そして今年4月2日に国政へ挑戦されると表明されました。
 知事時代と同様に政党関係の支持を獲得せず無所属で挑戦されます。

 何度も聞かれていると思います。知事になられるときには「政治家は高知県知事が最後です。」と言われていたことを記憶しています。
 今またなぜ国政への挑戦なのでしょうか?

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Tizisaigo

橋本 16年の間の変化ですね。16年前、正確には17年前です。当時の国政は完全な年功序列でした。(議員)を十年、20年積み重ねてようやくなんとか委員会の委員長とか、大臣になるとか。そういうことですから、あの当時44歳で高知へ来たのですが、44歳で(議員を)始めれば、もう60歳過ぎて、70歳になって大臣を1回やると。

 そんなことであれば、地方の政治に身を投じるほうが、遥かに自分の力を試せるのではないか。また世の中のために尽くせるのではないか。いうことを思いました。

 けれども16年の間に細川政権が出来たり、政治改革他様々な変化のなかで、国政も大きく実力主義に変わりました。16年知事をやるのかで、いかに知事という立場で頑張ってもどうしても突き破れない国の壁がある。国の壁を破って、この国の形を変えない限りこれからも地方はたぶん立ち至らなくなるだろう。

 ということをもって、ここは私自身もう1度国政の場で力を尽くせればと思いました。

西村 国政へ挑戦する動機として橋本さんは、実兄の橋本龍太郎さんのご逝去があり、「兄がなにか語りかけるようでした。兄の忘れ物をとりに行きます。」と言われていたように思います。
 確かに橋本家はお父さんも政治家、お兄さんも政治家。橋本さんも高知県知事を歴任され政治家一家です。個人的な動機を語られています。

 橋本大二郎さんにとって「職業としての政治家」とはどうあるべきなのでしょうか?

橋本 それはちょっと意味がよくわかりません。どういう意味でしょうか?

西村 よく言われるように政治家の子弟が2代目、3代目の人が政治家を相続します。家業のように。そういう意味で安倍さんも小泉さんも政治家になっています。

橋本 今問われている「職業としての政治家」と言う意味は「家業として代々続いていく政治家はどうなのか?」という意味なのですか?

西村  どうしても(地盤・看板。カバンのある政治家一族)に政治家はなり勝ちですが、そうではない政治家はありえるのか?橋本さんはどうなのでしょう。
 橋本さんは政治家の一族のなかでお育ちですが、高知県に「誘致」されて高知へ来たいきさつは「あったとしても」・・

橋本 それは「あったとしも」は大きな違いですね。それは違いますね。

西村 今また国政に挑戦されるということはどういう意味なのか?

H1_r 橋本 それはさきほど言ったことですね。16年17年の間の政治の内容が大きく変わったからです。16年の経過の中で自分が知事と言う仕事に大きな限界を感じた。
 職業としてうんぬんというのとは全然関係ありません。職業としてという意味が全然わからない。ということです。親から子に継ぐという意味で言えば、それは同じ選挙区で親から子に政治家が継承していくというのは私はおかしいと思います。

 そういうことはやめていくべきですし、わたしはそうではありませんでした。

西村 江田けんじ衆議院議員が橋本さんの「同士」と言われている人なのでしょうか?

橋本 言われているのではなくて同士です。

橋本 元官僚の人で、「官僚国家日本を変える元官僚の会」(「脱藩官僚の会」)を旗揚げ!とホームページなどには書かれています。

 江田けんじさんを含め現職の国会議員やこれから国政へ挑戦される人達が何人か賛同者がおられるのでしょうか?

橋本 現職の国会議員で一緒にやっていこうと意思統一というか、気持ちを1つにしているのは江田けんじさん1人です。

西村 橋本さんが知事時代の選挙のときに長野県知事として応援に来てくれた田中康夫さんであるとか、高知県選出の参議院議員の広田一さんとの関係はどうなのでしょうか?

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橋本 広田一さんとは仲良くいろんな話をしています。広田さんは民主党と統一会派を組んでいます。わたしが挑戦しようとする選挙区には民主党の候補者もおられますから、直接私の応援はなかなかできないという立場であると思います。

西村  新党日本代表の田中康夫さんとは連動されないのでしょうか?

橋本 田中康夫さんとはとくに連携はありません。

西村 橋本大二郎さんは「自民党は消費期限切れだと・・

橋本 「賞味期限切れ」です。

西村 民主党「は自治労などの既得権益者が主体の党」と2大政党を厳しく批判されています。

橋本 それだけではないです。

西村 最近橋本さんは各メディア(週刊誌など)にて「政界再編の接着剤になる」「自民党も民主党も必ず再編成される。その場合の変革の渦中にいるだろう。」と発言されています。
 無所属のスタンスはそういう観点から来る独自の政治観なのでしょうか?どうしてそう思われているのでしょうか?

橋本 自由民主党と民主党の問題点。それから日本の中央集権というものの体制の仕組みをささえている1つが、自民党で言えば「族議員」と言われるように、国からの補助金をそれぞれの地方に分配をする係りをしてる国会議員。
 こういう体質を変えない限り、日本の国家構造というのは、変わらないと思います。

 それから民主党においてはさきほど言いました自治労に代表される古いタイプの労働組合運動からなかなか抜けきれない。そういう人たちを抱えてなかなか「行政改革」などできるわけがありません。

 あわせてそれぞれの政党のなかに経済的な問題について考え方であるとか、外交防衛についてのありかたであるとか。外交防衛で言えばよく右・左と言われますけれども、全く違った考え方の人が、たまたま小選挙区制というなかで、こちらの党からでれなから、こちらの党から立候補であるとか。

 ねじれた形が自民党、民主党双方の党にあります。ねじれた形を抱えながら、政治の中で本当に大きな決断ができるのか。しかもスピーディな対応ができるのか。わたしは自民党も民主党も変わっていかざるをえない。

 変わっていく形は具体的には政界再編という形で行われるだろう。

西村 橋本さんが尊敬される政治家は誰ですか?またご自身はどのような政治家になりたいと思われますか?

橋本 わたしは特に尊敬する政治家はいません。また政治家に限らず昔から「尊敬する人は誰ですか?」と言われても、あげる人はいませんでした。

 それから「こういう人がこういう話をしていた。」とか「こういう格言がある。」ということを自分の言葉として使うのはあまり好きではありません。自分の経験から物事を語っていきたいと思っています。

 ですから政治家としても人の言葉を借りて演説をする。話をしたりするのではなく、自分の経験と自分の考え方を国民の皆さんに語っていけるという政治家でありたいと思います。もっと日常の国民のいろいろ感じていることを肌で感じ取れるような政治家でありたいと思っています。

西村「大二郎の旗」というのは仮の名称なのでしょうか?
 これから誕生する政治集団の名前なのでしょうか?

橋本  名前ではありません。

西村 それから誕生する政治集団の1番の売り物とはなんでしょうか?

橋本 1番ということはありません。政党の考え方と言うのは、外交防衛問題から、経済問題から、社会福祉や教育問題から、国と地方との関係からそういうものを総体的にきちんと国民示すことが、政党の綱領であり、お約束である訳です。

 これが「売り物だ」というものを売るものではありませんので、それは全く考え方の違いです。

西村 橋本さんから観察されて国会はどうあるべきなのでしょうか?
 小選挙区制度や比例代表制度。参議院など改革の必要性はあるのでしょうか?

橋本 小選挙区制度そのものを変えるべきだ。とか深く考えたことはありません。比例代表とも含めて言えば、今の経済状況とか政治状況から言えば、国会議員の数は現状では多すぎると思います。

 それはもっともっと国会議員が前向きな仕事をしているのであれば、それは何人いてもかまわないと思います。今のような仕事の内容で、あれだけの数の国会議員が必要なおかと言うと私はそうではないと思います。

 国民のみなさんもそうではないと考えられていると思います。ですから、国会議員の数を減らしていく。と大二郎の旗のなかでは書いています。

西村 政治資金についてお聞きします。政党の候補者でないので、政党交付金もなくご自身で政治資金を集めないと活動できません。年間1万円会費でチーム大二郎のサポーターになれるようですが、会員は順調に集っているのでしょうか?

橋本 会員はまだそんなに順調に集ってはいる段階ではありません。けれども「チーム大二郎」というものをもう少し組織的に形で広げていく。そのための準備会を開き、次のステップに、向って進んで行きたい。そう思っています。

西村 平沼赳夫さんと週刊ポスト誌で対談されていました。平沼さんと「共闘」される可能性もあるのでしょうか?

橋本 全くありません。外交・防衛の考え方が違うからです。

西村 市民県民には、橋本さんに対する期待度があると思います。反感も負けないくらいに強いとは思います。
 市民県民は橋本さんが「日本をこのように改革する!」と言い出すのを待っていると思います。高知県知事の経験から何を県民に国民に主張されますか?

橋本 1つか「国の形を大きく変える。」ということです。
 今の日本の国は中央集権で、中央の官僚が地域から集った税金を使って、補助金をつくり、それを国会議員が各地方に運んでまた自分の支持につなげると。そういう構造が出来上がっています。

 しかしこれは国全体が右肩上がりで、税収が増えているときはそうした財源の配分もあったと思います。今はそういう時代ではありません。
 そういうなかで中央集権の地方の動きが出来ないようにしばったまま、財政だけが細っていく。高知だけではなく地方全体が生きてはいけない。そうなると思います。

 世界に目を広げれば、良いも悪いも含めて「グローバル化」は避けられません。こうした中で国はいろんな面の市場を開いていかなければなりません。

 そうすると国の役人が地方の細かいことまで口を出す。地方が自分の地域の将来も決められない。こんな国の形で市場が外に開いていく。地方は身動きできないまま外の波に飲み込まれることになります。

 こういうしくみを徹底的に変えていかないといけない。地域の将来を自分達で決めていく。税金を納めた場所で、税金の使い道を決めていく。そういう国家構造に変えていく。

 国は食料の危機であるとか、地球温暖化の問題であるとか、様々な大きな課題がある。そういうことに国家戦略でもって他の諸外国と交渉し取り組んでいく。そういう風に国の役割、地方の役割をきちんと分けていく。

 そうすることこそが高知県も含め地方がこの厳しい時代に生き抜いていくわたしは唯一の道であると思います。

西村 似たようなお話は、少し前に「せんたく」というグループも言われていたようですが?

橋本 全然似ていませんが・・。どう似ているのか教えてください。

西村 国の形を変えるとか。地方からの発信だとか言われていますが。

橋本 地方からの発信なんて今私は言っていません。地方は地方の将来を自分達で決めていく。自分達の税金を納めたところで、税金の使い方を決める。そういう形になれば、知事を選ぶにしろ、市長を選ぶにしろもっと慎重に考えないといけないし、知事なり市長なりが地域の将来を、地域の住民に提示をして、地域運営。将来を決めていけるように。

西村 国のありかたを根本的に変えるということですか?

橋本 根本的に変えていくことです。これは地方のためだけではなく国のためでもあります。国もこれだけ世界情勢にさらされる。国の優秀な役人が地方の細かいことに国だしをする。社会福祉法人が建てた施設の廊下の幅であるとか。そこまで国の役人が口をはさむ。

 そんなことに時間と労力を費やしている場合ではない。そういう力を国家戦略として食糧危機の問題であるとか、原油高、エネルギー問題だとか、地球環境問題であるとか、そういう日本という国が生きていけるための戦いに向けていく。

 そういう風に国と地方の役割と力というものを分けていく。そういう国家構造に私はしないといけないと思う。そうしないと日本は本当に沈没します。

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2008年9月14日 (日)

国の施策の最大活用法とは?」

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは衆議院議員の福井照さんです。福井さんは元建設省に勤務され都市問題に大変詳しい人です。取り付きにくいと市民には敷居の高い都市計画問題や、まちづくり問題をわかりやすくお話いただけると思います。

 今日のテーマは「国の施策の最大活用法とは?」でお話をお聞きしたいと思います。
 福井さんは国の施策を活用して地域の振興を図る。それには知恵がいるのではないかと言われてます。低迷する高知県の地域経済。
 とりあえず活用できそうな国の施策はいくつかあるのでしょうか?

F2_r 福井 今高知でできるのは、「輸出」と「観光」であると思います。
 「輸出」は高知の「農林水産物」の輸出です。政権は放り出しましたが安倍総理の最初の施政方針演説のなかに、今3000億円の輸出を1兆円にするというものです。

 りんごや小夏や文旦を中国やインドや台湾に輸出しようと。順調に輸出額は増えています。1兆円を超えそうな勢いです。毎年15%、20%を超える勢いで増えています。日本で買うよりも遥かに高い値段でりんごやお米が北京の百貨店で売れています。

 量さえ作って、うまくマーケティングしルートさえつくれ上海、北京、高雄とか、台湾でも私たちがいつも食べている小夏や、文旦やトマトがどんどん売れると思います。

 今は量が足らないのですね。ルートがなくて量が足りない。せっかくの機会を失われている。農林水産物の輸出ですね。

 それと第1回目「あるべき高知の観光とは」でお話しました観光ですね。これは日本人の1億2千700万人のマーケットの奪いあいではなく、どんどん人口が増えているインド,台湾、韓国。14億人のうち4億人はもう先進国と同じ所得だといわれている中国の方にどんどん高知へ来て頂く。どんどんお金を使っていただく。

 言うことだと思います。どんどん豊になりますからヨット遊びとか、海で遊ぶことなどはアジアの方がしてくれると思います。そのための黒潮ですね。そのために宿毛のさんご礁。そのための鏡川。日本銘仙100選にもえらばれた鏡川。30万都市の街の真ん中を流れている川が日本名水に選ばれています。坂本龍馬が泳いだという。子供が泳いでいる川。そんなところはありません。

 観光資源には事欠かないので観光客の誘致。それは別府のように留学生を呼んで。例えば高知観光大学をこしらえて毎年留学生を2000人ぐらい来て頂いて、高知で遊んでいただいて。それで帰っていただいて、宣伝していただいて、どんどん親戚を連れて来て頂く。そういうことで飛躍的に観光客は伸びると思います。

 「農林水産物の輸出「と「観光」です。これについて国が手を取り、足を取って指導してくれるのかと言いますとそうはなりません。やはり地方自治の原則ですね。実は都合に良いときだけ地方自治の原則なんだけれど。いちいちはしてはくれません。地元の人達が知恵を出さないといけないのです。

Tomato2_r (高知は野菜も果物も美味しい地域です。)

西村 もう一つお聞きしたいことがあります。最近完成しました高知駅周辺連続立体交差事業です。これなんかも国策の1つでしょう。
確か一度は鉄道高架事業は取りやめに成った経緯があり、もう一度がんばって復活されました。
 また高知駅前に関連した事業で高知市はどのように都市改造すべきなのでしょうか?活用する方法はあるのでしょうか?

福井 鉄道を2階建てにして踏み切りを解除する。というのはツール(道具)であって、本来の目的は高知市の北側にあった土地を私たち市民に向けた土地に治すということでした。
 鉄道操車場というのは鉄道マンのために必要でした。国鉄に働いている人に顔を向けていた。土地でした。今や高知市民に顔を向けた土地に大化けしているんです。どんどんマンションも建っていますし、新しいお家も建っているし、もちろん地震にも強いけれども下水道も公園も出来ている。お店もどんどん出来ている。

 それが弥衛門のほうまでずっと続いてますます大化けします。ポイントは県がもっている土地。市がもっている土地。それから四国JRが持っている土地にちゃんとお客さんを呼べる建物。そして綺麗なもの。

 今後500年、1000年してなるほどこれが高知の風土だと。まず建築物を立てるののならまず景観があって。景観形成は風景になって。が風景が500年、1000年すれば風土になる。それが私たちの志ですから。風土になるうような設計をいかに県庁なり、市役所なりが、JRができるか。そこがポイントですね。今のところは原っぱですが・・。
 だから物凄くウォッチしないといけないのです。
 

西村 また意見が異なるかもしれません。最近の国は「迷惑施設」を地方自治体に押し付けることが多いようです。受け入れる場合は多額の交付金を出すが、反対すれば出さないという露骨で強引なやり方が目立つように思います。東洋町への高レベル放射性廃棄物問題や岩国市への米軍艦載機の移転問題など。

 国の方針というのはこういうものなのでしょうか?それともこれは「異質」なものだったのでしょうか?

福井 まあ「札束でほっぺたを叩く」ようにそういう感じでしたね。あの時(東洋町の高レベル放射性廃棄物採取処分場文献調査)の場合は。
 だけどもたとえば今水道の水は世界1なんですね。殆どそれはダムで食べていますけれども。ダムにより何百年も暮らしていた人達がふるさとを追い出された人達が新しく住み替えておられます。

 何万人いらっしゃるるんでしょうか。北海道から九州まで。そういう協力いただいた感謝を忘れてはならないと思います。

 先ほどの原子力は理論はあるんですね。地球環境だから原子力を増やさなければならないという立場もふつう世界中そうですけれども、ドイツなんかスウェーデンみたいにこれから原子力は使わないんだという国もあります。

 原子力でどうこうというのはまた別の話しです。日米安保条約。これも別の話しです。いずれにしても被害を被っている地域の方の被害を大きさをいかに小さくするか。被害を受けていない殆どの国民が一緒に考えなければならない。と思うんです。ですから国のけんちゃんがご指摘のそういう思いやりを考えていますよ。後期高齢者もそうですけれども。一緒に考えてます。

 同じ立場でやりましょうねと。ぬくもりとか。あったかさとか。そういう感じが役所に全くないんですね。それが必要なんです。それを魂から入れ替えた後の、補助金とか、交付金のありかたはどうなのか?同等なのか?それは行政改革が必要なところですね。

西村 別の観点からの質問です。先日NHKの番組でも放映されていました。約6万ある日本の橋のうち1割に当たる約6000橋が即維持管理作業をしないと危険であるとのレポートには驚きました。
 現在日本の仕組みでは、道路や橋の新設には国の補助が半分あり、残り半分に関してもうち半分は地方債の発行が認められています。新設橋の建設は割合簡単ですね。地元負担も少なくてすみますし。

 ところが維持管理の場合は100%地方自治体負担であり、財政力の弱い高知県などでは道路や橋の維持管理が十分にできない可能性があります。この状態で地震でもくればどうなるのか?先日の岩手・宮城内陸地震のような地震が来ればどうなるのか?
 ひどい災害なら国が手助けはしていただけるのでしょうが、そうなるまではどうするのか。
 維持管理を促進するような国の施策はあるのでしょうか?

Sabisabi515 (手入れの出来ない公共建築物は高知には数多い。)

福井 必要な歴史かもしれません。アメリカもそうでした。アメリカも同じ道をたどりました。バーと高速道路やインターステイト・ハイウエイをこしらえて、つくりきっやんでそんなもんいらんやないかと。

 ガソリン税もなくして、道路への投資をずっとしなかったんです。ロサンゼルス五輪(1984年)あたりから、痛みが全米で目立ち始めました。何10年も道路整備をしなかった後に、メンテナンス・プログラムをこしらえてそれで今は道路をこしらえ維持管理をしています。それで日本も今その道をたどろうとしています。

 マスコミは止められませんわ。高知ではお陰さまで「命の道」を守るということになりましたが、公共事業や道路事業にみなさんの協力をいただいています。
 全国的にはマスコミを中心に「道路は悪である」という声が席巻しておりました。今は抵抗出来ないですね。

 そんなには予算は減りませんけれども、日本もアメリカと同じ道をたどろうとしているのです。そのあたりを理解いただければと思います。

西村 海抜0メートル地域の私が居住する下知地域では電柱地中化工事(共同埋設菅工事)が国土交通省の直轄工事でされていました。
 むしろこの地域は地盤が弱く、浸水する危険性が高い地域です。耐震性のある津波避難ビル機能のある公共建築物や、昭和40年代に建設された高潮堤防が劣化しています。こちらは高知県の管理だそうですが。

 地域住民の危機意識が国の事業に反映されないように感じています。このあたりはどのようにすれば良いのでしょうか?どこにどういう風に訴えれば国と話がつながるのか?そのあたりはどうすれば良いのでしょうか?

福井 目的が今までは経済でしたからね。戦後から高度経済成長が終わっても、経済難ですよ。公共事業の目的は経済なんです。
 その時代はとっくの昔に終わっている筈なんですが。終わらせないといけないんですが未だに続いています。ご指摘のように聞こえましたのですが、まさにそうなんです。

 地震の時に私たちの命をいかに守るのか。公共事業のバランスを考えれば。公共事業の目的を考えれば、全然違った答えになる筈です。

 例えば今は「港が余っている」と言われています。道路事業はそんなにでもないけれども、港湾事業は余っている。だけどいざというときに船で罹災者を助けないといけない。

 経済ではなくて命を守る。そういうときには港の工事や整備は足りないのではないかと言うことが見えてきます。そういう意味で命を目的とする。そして防災を目的とする。地域のマネジメント。地域の経営を目的にすることです。

西村 塩野七生・著「ローマ人の物語」を読んだことがあります。全15巻の著作集の中に「すべての道はローマに通ず」という著作があります。ローマ帝国の公共事業のありかた。社会基盤整備(インフラ整備)のありかたについて述べられています。

 ローマ帝国は本国の施設を属州の都市にもこしらえています。道路網、水道、橋,劇場、浴場、競技場、などです。

 また維持管理もきちんとしていたようで500年ぐらいは施設は保全されていたようです。もちろんローマ帝国は古代国家で、今の日本は近代国家であり、社会体制は異なります。税制や社会制度の違いは当然あるでしょうが、参考になるのではないでしょうか?

Romazinhonmiti

福井 まさにそうです。皮肉を言いますと・・
 インフラ。インフラ・ストラクチャーですね。公共工事でこしらえる施設ですね。道都とか、下水道とか。上水道の整備事業を今の社会でもインフラ整備と言いますね。
 そのインフラという言葉がまさにローマ時代につくられました。

 そのインフラというのは、例えば、インフラ・レッドであるとか、インフラ・ソニックとか言うのは高周波で耳に聞こえなかったり、目に見えなかったりするんです。
 つまりインフラというのは、普段は目に見えないし、わからないものなのです。ここで隠喩として暗喩としてローマ時代から、あったということです。

 これはとても深い話です。だから常に重要性をPRしていませんと国民に理解してもらえないのです。ローマが続いたのは地方自治ですね。それぞれの民族を殺さずに、支配はするけれども、属国にするけれども、今までどうり生活してください。

 民族として仲良く暮らしてください。そのためにインフラストラクチャーがあったと。物凄く志が高かったんです。志がいかに大事であったか。常にわたしたちは言わないといけないと思います。

 だけど僕たち日本人は「ソーシャル・キャピタル」というものを持っています。隣組とか。日本人の農耕民族としてのおつきあいです。一緒に農耕して作業して、田植し、稲刈りとか仲良く暮らしていました。そのあたりはローマ人はありませんでした。

 僕たちの日本は持っています。それをソーシャル・キャピタルと言うのです。社会的な基盤。私たちは忘れてはならないと思います。「ローマ人の物語」を読むと常に思い出すところです。

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西村 国の補助はだいたい50%で、後は地元自治体負担です。高知県の場合地方自治体が弱っているので補助すら受けられない状態になりつつあるのではないのでしょうか?
 福井さんは「農業の輸出」「外国人観光客、特にアジア地区からの誘致」を言われていました。

 地元を「元気にする」方策は国のメニューで「高知の特性を生かし使えそうだ」というものがありましたらご紹介いただけないでしょうか。

福井 人と意識ですから。教育そのものであると思います。地方の元気再生事業というので「環境と食」が高知は滅茶苦茶いいのである。JTBのアンケートでも高知で1番お気に入りのものは食べるものでした。と言っています。

 小夏や文旦や野菜にしても、お酒にしても。およそ口にするものは高知では素晴らしい。もう一回見つめなおして、棚卸をして、どこがどうなのか。素晴らしいのかを私たち自身が、理解しないと。理解しないとアピールできません。

西村 高知は大きな川があり国直轄のダムもあります。森林の間伐をした折に発生する林地残材をチップ化し、木質ペレット化しますと「木質バイオマス地域循環システム」がダムで展開することが可能です。
 熱源と電気も起こせ、エネルギーの地産地消と環境対策、排出権取引の対象となりダム上流域の人たちにとり仕事を生むしくみになりえます。ダムは迷惑施設から利便施設へ転換できます。

 早明浦ダムや大渡ダム、中筋川ダムなどに可能性があると思いますがいかがでしょうか?(木質バイオマス地域循環システムについては別紙参考)
 国の直轄のダムで木質バイオマス地域循環システムが稼動すれば山間部は元気になると思いますがいかがでしょうか?

 ダムの上流域の人たちは水没したりして生活や暮らしの場が奪われてきました。国土交通省の直轄のダムで木質ペレットをこしらえるプラントがありますと、そのペレットをつかって発電したりできます。また地域の人、上流域の人も間伐材を持ち込んでそいれが現金収入になれば地域が元気になります。そうなるとダムが迷惑施設から、ありがたい施設になると思うのですがいかがでしょうか?

 高知県は森林が多く大きなダムもあります。ダムにその視施設ができると山間部の人は元気になり間伐も進みます。その先鞭を国土交通省直轄のダムでしていただきたいのです。

 福井さんのサイトで自然体験の学校なども組み合わせて出来る。と表現されていましたが・・。これは1つの政策になるのではないでしょうか?

福井 だれも注目していただけなかったのですが、福田ドクトリンでこの間出しました。「排出権取引やります」がありました。誰もマスコミは誉めてくれない。
 これはごっついことなんです。どうしてかと言いますと、京都議定書の時に、当時の大木環境庁長官が「6%マイナス」を約束しました。

 その時は凄いバトルがありました。経団連と秘密文書が交わされました。約束するけどええからと。経済界とは。そのことを最近言われる人が出てきたので、本当ではなかったかと思います。

 今回福田総理は、洞爺湖サミットで「2050年に二酸化炭素排出量を半減しましょう。私たちも60から80%下げましょう。」とこれは凄いことであと40年で現在の二酸化炭素排出量を6割から8割削減することですから。

 今の石油消費量を2割にすると言うことですね。それをやるのに際しては僕たちだけではできません。

 排出権取引ですね。これから増えようとしているインドの工場に省エネルギー技術を差し上げて、今から排出量を増えようとしているのを抑える。その排出権を買うのです。地球全体で排出量が減ります。

 私たちの分を減らすためにインドで減らす。それは京都議定書で認められています。経済界は最初こそやり気はなかったですが、今回は「やります」と言いました。

 物凄いことです。誰も誉めてくれませんが。排出権取引で、日本国内取引ですが、木質バイオマス地域循環システムは使えますね。

 間伐材をチップ化し、ペレット化し、木質ペレットを燃焼させてエネルギー、冷暖房や発電につかいますね。石油の削減にもなりますし。

西村 高知は大きなダムが国土交通省関係でありますので、先鞭をつけると言うことでは可能ではないでしょうか。

福井 国土交通省も環境目的になっています。ガソリン税も環境目的税になります。

西村 水資源公団の人達が」大きな関心を持って中嶋健造さんの話を聞いていただいたようです。早明浦、大渡、中筋川、坂本などの大きなダムが高知県にはありますし。ダムの近くに木質バイオマス地域循環システムのプラントをこしらえていただいて、地域交流センターも併設してやれば、ダムの上流域の人たちにメリットが出る仕組みでうs。

 どんどん間伐した材木を持ち込んで来ます。間伐が進みますから森も生き返ります。現金収入にもなります。ダムも活用されます。悪いことは1つもありません。地球閑居の為にもなりますし。

 その事例を「アジアの人たち」に売り出すこともできますから、即実行できれば良いと思いました。
 仁淀川町も間伐がどんどん進行し、個人林業主などからどんどん間伐材が持ち込まれすぎて、抑制しているようだとも聞きました。木質ペレットを消費する先をもっと今後開拓しないといけないのです。

 その先鞭でダムにそのプラントが出来るととてもいいのです。

福井 木質ペレットを効率よく燃焼させる実験が行われていますね。ボイラーレベルの実験段階であると聞いています。

西村 この実験などがうまくいくと森がたくさんある高知県は「宝の山」を持っていることになります。

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福井 一昨年から間伐が公共事業になりました。コペルニクス的転換です。「間伐が公共事業ですから」だけど個人の山は1割負担です。その1割の負担が払えないのです。
 他所の県は1割負担分を県で出しているところもあります。高知県はその1割負担を県が出すことが出来ないのです。

西村 間伐材はプラントへ持ち込めばトン3000円で購入してくれます。ダムのあるところはどんな山奥でもきちんとした道路がありますし。
 「呼び水」的に国土交通省あたりが、木質バイオマス地域循環システムのプラントをダムに併設してこしらえていただいたら、モデルになるので、早く促進できます。

 ダム周辺は道路が整備されています。間伐した地域から車で0分程度のところに、間伐材を売る場所があれば言うことはありません。高知県の拠点、拠点にダムがありますし。流木も活用できますし。燃やして灰ができれば、畑で活用できますし。クリーンエネルギーですし。

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福井 ダムの周辺の市町村は小さく財政事情も厳しい自治体ですね。例えば早明浦の上流域になる大川村には道路や橋があります。今の状態では維持管理は村の予算では殆ど出来ないと思います。

 こういうプロジェクトをこしらえているから道路の維持管理が必要である、使えますねと言うことで使えますね。

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2008年9月13日 (土)

高知から自民党再起動?総裁候補5人の演説会

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 午後4時から高知市の高知城追手門を抜けた広場にて、自民党総裁選挙に立候補している5人の候補者が揃って登場するとあって、いつもは閑散としている広場は立錐もないほど人がいました。

 前座として高知県選出自民党国会議員の山本有二氏、中谷元氏、福井照氏、西本和子氏が演説している最中に見に行きました。私が来るころから、見る見るうちに人が増えました。

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 注目度が高いようでマスコミ各社も脚立を持ち込み、テレビカメラもすえつけらています。ものめずらしいことなのか、普段この種の自民党の集会では見ることのない高校生たちや若者たちもいました。私のような中高年や高齢者たちも大勢詰め掛けていました。

 ステージとPAを構え集客を当て込んだ演出を自民党はしていました。果たして「役者」が面白いのだろうか。

 5人の候補者はサッカーの国際試合で使われる音楽に乗り、子供と手をつないで登場。いかにも自民党官僚らしいおっさんがなにやら総裁選挙の説明をしていました。

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「昼は大阪なんばでの演説会、そして高知へ。全国17箇所で立会い演説会をします。」とのこと。

 1度皆が退席し後、最初に登場したのは石原伸晃氏。

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「行政改革大臣で地方を回ると、コストカッターのように忌み嫌われました。しかし贅肉を落とすと動きが軽くなります。以前私は80キロ体重がありました。今は69キロです。無駄を省いて行政改革をして、本当に必要な福祉や介護の分野に投資しないといけない。」とのこと。

 2番目は小池百合子氏。

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「政策を戦わせて活発な議論をしている政党は自民党。民主党は党首選挙に出ようとした人を押さえ込みました。小泉総理は自民党をぶっ壊しました。わたしは霞ヶ関の官僚政治をぶっ壊します。」ほか何たら言っていましたが、弁説爽やかだけに印象に残らない。

 3番目は麻生太郎氏。

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「世の中の激動期には高知から政治家が出てきます。幕末維新期には坂本竜馬や板垣退助。産業家の岩崎弥太郎も高知。戦後であれば祖父の吉田茂。
 わたしは筑豊炭鉱の街飯塚市が地盤。炭鉱が閉山され2800人の従業員の生活が私の責任になりました。懸命に努力して新しい分野の企業を誘致し、育てた、今や飯塚市は65社のベンチャー企業があります。

 高知だって世界企業があります。消音パイらーの技研製作所。世界のシェアは90%。電池の中のセパレーターは紙。その紙を製造しているのはニッポン高度紙で、ここも世界の7割を抑えている。高知の人は誇りに思ってほしい。

 福祉も介護も経済が豊かでないとできません。わたしは3年で経済を再生して見せます。

 4番目は石破茂氏。

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「テレビでは恐そうだと言われます。わたしは人口60万の鳥取出身。過疎高齢化の現実は体でわかっています。地方の声を国政に届けたい思いは人1倍あります。
 でも私は日本は国防や安全保障に関心を持たないといけません。1991年の湾岸戦争のとき日本は1兆円クエートに資金支援しました。しかし感謝の言葉がありませんでした。
 今イラクやインド洋からも日本は撤退しようとしている。こんなことで責任を取ることを再び放棄していることに私は危機感を持っている。」

 5番目は与謝野馨氏。

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「いくら奇麗事をいっても実行できないことを政治家は言うべきではない。自民党は責任政党です。行政改革で無駄を廃して、同時に国民の皆様にも「割り勘」でご負担していただきます。
 2年続けて自民党の総裁が1年で辞めてしまったことはまことに申し訳ない。日本は潜在力があります。きちんとした政治主導で財政秩序を確立すれば、日本は再建されます。」

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 集会は役1時間。聴衆は皆スタンディングで聞いていました。半分ぐらいは私のような物珍しさの野次馬か。直接次期日本国首相を観察するのは悪くはないと思いますね。

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 演説会終了後は、5人の候補がフェンスのなかで聴衆と握手しながら退場していました。こちらもなかなかの人気でした。

 今月「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」に出演いただいている福井照さんに会いました。支援者の人とツーショット写真です。

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 板垣退助像と高知城。きっとだれかが演出を考えたことでしょう。

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2008年9月 7日 (日)

あるべき都市の姿について 9月12日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは衆議院議員の福井照さんです。福井さんは元建設省に勤務され都市問題に大変詳しい人です。取り付きにくいと市民には敷居の高い都市計画問題や、まちづくり問題をわかりやすくお話いただけると思います。

 今日のテーマは「あるべき都市の姿」についてお話を伺います。

 高知市などの地方都市は、中心市街地が郊外型ショッピングモールの登場により衰退し、活力がなくなってきました。映画館すらない状況です。
 福井さんは以前英国も同様の状況であったが、郊外への出店を規制し、中心市街地と提携して出店するようになってから共存して繁栄していると言われました。

 それはいわゆる「まちづくり三法」促しているのでしょうか?高松市丸亀商店街の再開発ビルなどは成功事例と呼ばれるものなのでしょうか?

Ion1 (全国各地に郊外型大型主ゥピングセンターがつくられています。)

福井 そうですね。中心市街地を守るというのは国是であると思っています。役所(建設省)にいるときの最後の仕事が「地方の中心市街地の再開発」でした。最初の法律をこしらえました。

 地方の中心市街地の再開発は最初はアメリカから始め李ました。1980年代のアメリカでは地方都市が衰退し、中心市街地が荒廃し、ダウンタウンに低所得者の黒人層とヒスパニック層が入り込んできて治安が悪くなり、その地方都市から勤労者層もいなくなり、企業もいなくなりました。そのまちが「溶けて」なくなってしまったのです。

 その結果ダウンタウンが一番大事であるということがアメリカ人は理解しました。そこで都市の再開発施策を始めました。それがすぐに英国に波及し、90年代初頭に「タウンセンター・マネジメントという考え方をを英国が発明をして地方都市のタウンセターを皆が活き活きして歩いて買い物したり、食べたいものを食べたりするゾーンに中心市街地をしないと地方都市がなくなってしまう。

 そういう意味でTMOというのは、イギリスの考え方を直輸入して日本でも10年ぐらい前からやり始めました。

 なにが違いかと言いますとイギリスは主体はNPOなんです。タウンセンター・マネジメントの主体なんですね。日本はNPOがまだまだ未熟で民主主義が発達していないので主体が市役所なんですね。そこが全然違います。そこがせつなくて。成功例だとかなんだかは言われていますが、青森や富山や金沢の事例を言われますが成功事例が僕にいわせれば1個もないのです。

 どうしてかと言いますと。英国のサッチャー政権も最初は「規制緩和」から始まったのです。日本の地方都市がが小泉ー竹中路線で苦しんでいるように、最初は新自由主義でした。規制緩和、市場原理、すべてフリーにすると言うことでいままで規制してきた郊外への大型ショッピングモールをサッチャー政権は最初は許しました。

 だから地方都市の中心市街地がみるみるうちに衰退しました。いままで郊外のショッピングセンターはなかったからです。同じサッチャー政権は間違いに気がつき、すぐに郊外の大型ショッピングモールをすべて禁止しました。それ以来政権が変わっても、1つの郊外型の大型ショッピングモールは出来ていません。

 そういう施策のファクト・フィンディングがあって転換がありました。背景は日本と全然違っているのです。かつて許したことをもう一度禁止するのですから。
 「ごめんなさい」という激しい施策の転換というのが日本人にはなじめないということですね。

 日本では地方都市の中心市街とを守ることは国是なんだけれども、中心市街地がぼーとしているというので現在推移しているということですね。

Takamatu1_r (高松市丸亀町商店街の再開発ビル)

西村 それだけ思い切って規制緩和して、また規制を強化する。というイギリスならではですね。凄いことをしたのかなと思います。

 日本でも「まちづくり三法」というのは郊外へのショピング・モールを規制していく法律のように聞いてはいますが、それだけの拘束力があるのでしょうか?

福井 だいぶ効果は出てきました。県により強弱はあります。一切今後の出店は無理だなと思わせる県が出てきたことはあります。とにかくこれからは地球環境問題もありますので、都市はコンパクトにしてできるいだけ自動車を使わないようにする。楽しく街を歩いてわくわくどきどきしてお話もして、食事もしてという。これからは「コンパクト・シティ」が国是になります。

 なるべく郊外の大型ショッピングモールはつくらないようにことなんです。ただ郊外の大型ショッピングモールをこしらえる立場の人からしますと「まだまだ購買力があるではないか」と言う人がいます。

 高知でもあまだまだ郊外に2つくらいこしらえてもお客さんがやってくると言われています。と開発当事者に読まれているぐらいまだ私たちは購買力があるのです。

 しかし都市計画において、高知市長さんのポリシーにおいて少なくても当面は高知市には郊外型の大型ショッピングモールは出来ないでしょう。私たちの目標はなるべく都市をコンパクトにしていくことです。

 高知市は環境白書にも載りましたし、路面電車を活用して、低炭素社会のモデル都市として私たちは暮らしている。と日本中から既に認められています。より低炭素社会の象徴が中心市街地になるのです。中心市街地は商店街だけのものではない。学校も病院も、住宅も全部含まれるのです。これからはどんどん街の真ん中にいろんな施設をもってくるのです。

Borutimoa (都市再開発事例で有名なアメリカ・ボルティモア市のイナ。ハーバー)

西村 そのあたりの議論はいろいろ市民レベルでも行われていました。討論会を見に行ったこともあります。高知大学を中心街へ誘導する。高知女子大は池へ統合する。追手前小学校は廃校にして新堀小と統合、跡地を商業地にするなどお互い連携のないちぐはぐな都市再生プランが乱立しています。

  高知県や高知市には「都市計画不在」のように思われます。あるのは街路整備計画だけのようにも思います。
 都市計画とはどのようなものなのでしょうか?マスタープランにおいても高知では市民参加が保証されず短期間で決める傾向があります。市民参加と情報開示が中途半端です。

 お立場上お答えできにくいテーマかもわかりませんが、おかまいない範囲でそのあたりをどのように整理し、考えれば良いのは。お話ください

F1_r 福井 都市計画法は昭和43年(1968年)にこしらえて、その時に市街化区域をこしらえました。市街化区域とそれ以外の区域をつくりました。

 はっきりした線で区分したのです。しかしそうして区分した市役所ほど土地が安いからという理由で市街地以外の地域へ公共施設を移転させたり、新たにこしらえたりしていました。40年の悲しい歴史があります。

 いまは端境期であると思います。そうしたゾーニングをすると言う手法の都市計画が破綻をした。失敗したということは国土交通省もわたしたちも共通の認識になっています。ですから建物を建てるときの制限だけではなく、目標は地球環境に寄与するというこいとで都市をどうやってつくるのか。そのための規制があり、誘導がある。
 
 今までとは全く違うという考え方で都市計画をすればブレークスルーできると思います。

 今までの延長線で考えても何も進みません。お互いに不平不満だけいうて終わり。お互いをうまくとり持つ場所がないのですね。

西村 ないのですね。1990年頃の時代に高知市は横山市長の時代に、都市再開発のために都市計画税を導入する構想がありました。当時自分も青年会議所の時代でしたのでセミナー(都市再開発セミナー)などもやりました。
 地域地域の不満が地区懇談会で爆発して、行政側がそれを受け止めて対話しているうちに時間切れになりました。なかなかそれは難しいですね。

 福井さんが「あるべき高知の観光とは」で言われていましたように1つの街であれば1人のプランナーが設計したら景観も一貫したものになるから良い街ができますね。でもそうはなかなかならないからばらばらになります。

 もう1つの視点は防災の観点です。高知市は低地の街ですね。高知シティFMのある潮江とかわたしの住んでいる下知は南海地震時水没することがわかっているのに、現在物凄くインフラ整備をしています。電柱地中化工事もしていますし。

 水没することがわかっているのに市役所もどうしようもないし。高齢化、少子化だ、介護保険だがあるので、市役所も動けない。皆答えがないのではないでしょうか?
 そのあたりは国として国政として「救いの手」とか「方策」はありますか?

Futaba4_r (高知市下知地区や潮江地区は海抜0メートル地域)

福井 国として公共体としてはないんですよ。僕は役所の時もしていましたが「風水」ではないかと思いますね。占いだけではなくと(都市における)「風の道」「水の道」を守るということです。人間こそ自然だから。

 都市は人工で、自然と対立している。というのは全く間違いです。都市も自然なんです。人間が自然だからです。自然そのもののわたしたとが、自然そのものに、ナチョナリーに暮らしている。アスファルトだって、セメントだって自然のものですよ。

 そういう街の暮らし方はそこの風水論で、そこの龍脈が沸いてくる。地球からエネルギーが沸いてくるところに市役所、県庁やお城を建て、南側に海があって、広びろとしたところで経済活動をし、北と、東と、西には山があって敵から守られている。そういう風水論というのは、極めて有効なんです。

 おどろおどろしいことを言っているのではなくて、生態学者の人がいつも言っていることです。生態学の中でなにが1番大事かと聞きますと「地下水である」と。「地下水脈を切ったらあかん。」と。「地下水ほど生態学上重要なものはない。」と。

 徳川吉宗が江戸中に地下水道を引きこんだんです。そしたら、物凄く悪いことが起こりました。なぜかと占い師に聞きますと「それは地下水脈を切ったからだ」といわれたそうです。

 地下水脈は磁気も持っているし、電磁気のほうもそうだし、地下水脈を頼りに多様な生き物が生きているので、「風の道、水の道、地下水を大事にして」私たちがそこにしっとりと自然と一体となって暮らしている。という都市がどういうものであるか。

 高知の南国の、室戸の、宿毛の街と自然と地下水とを「見る力」が、「読み解く力」がいります。そんなことは近代都市計画の中では、近代土木工学でも1個の教えていません。だから物凄く前に戻らないといけないけれども「知恵の埋蔵金」が固まっていると思うんです。

 だからけんちゃんがずっと不平不満があるのはそこなんです!その「読み解き方」が足らんということです。

 
西村 なんか高知市は「環境都市宣言」にエントリーをしたようです。さきほど福井さんが話された「観点」や「視点」があるのでしょうか?

福井 それは未だ役所ベースに乗らないから。だけど水面も活かすし、山も活かすし。僕の言葉ですと「風水」ですけれども。考え方は入ってはいますね。
 環境モデル都市として世界に認められる活動。それで1番大事なのは人をつくること。そして「意識」です。意識。

 だから私たちが全員同じ気持ちで低炭素社会をつくるんだ。低炭素社会の世界のモデルになるんだ。その意識をつくることです。それこそ風水で地域を読み解いてわたしたちが暮らしている大地は一体なんなんだ。それを知る為にも、一緒に活動する。そういうことと思います。

西村 もう1つ質問です。富山市などは路面電車を活用したまちづくりを行っているようです。鉄道の廃線をうまく活用したようですが。廃線を路面電車に活用して熱心にまちづくりをされているようです。

 高知も路面電車が動いていますし。それを都市づくりに活かす。路面電車を高知駅から北へ伸ばす。イオンまで延長します。北部環状線を路面電車を走らす。そういうことの実現は、今の法制度とか都市計画のなかでは実現は無理なのでしょうか?
 やる気があればできるのでしょうか?

Pl1 (米国ポートランド市の路面電車)写真はやっしーさん提供

福井 やる気だけでは駄目です。技術開発がいります。パンタグラフのないLRTが必要です。北海道で実験が終わりました。出来そうになったんです。
 リチウム電池と言って何億回に1回は発火するので、なかなか導入できないんです。リチウム電池を積んだ路面電車です。

 停留所に電車が停車するたびに、横から(充電器)をピット出して、充電して走行する。バッテリーに充電するようにして走ります。そうなりますと架線が要りません。
(パンタグラフも架線も架線を支えるビームなども不要になります。)
 そうすると路面電車の背も低くなります。そうなれば高知駅の1階のあの空間の天井の高さでも電車は北側へ通り抜けることが出来るんです。

 今は行けないんですけれども、新しい技術開発した後のLRTや路面電車では可能です。行けるのです。それも早く実験をまずして高知で導入できるのです。それもコレもお金がいります。

 今の土佐電鉄の経営状態で、そんな投資が出来るかどうか非常に難しいと思います。それは私たちの税金で市役所と土佐電鉄とかが合体して、プロジェクトができるか。それがキーであると思います。

Yosakoi (よさこい電車。写真は浜田光男さんに提供いただきました。)

西村 風水の話は面白いですね。高知市は山に囲まれ、海もちかくにある地方都市ですね。しかし、アスファルトの放射熱や建物や自動車の排熱で街は暑いです。夏にはエアコンをいれないとすごせないほど街が暑いというのはおかしいですね。エアコンをかけるからよけい暑くなりますし。

 これは風水の立場から見てもおかしいと思いますね。夏はエアコンなしで過ごせる街であるとか。市民がやる気になれば出来るのではないのでしょうか?

福井 石油・石炭を卒業することは可能ですね。ちょうど東大の学長が自宅を改造されて太陽熱発電パネルその他をやっていました。80%を削減したそうです。
 石油・石炭は80%削減できるんです。だから太陽光でエアコンも使用可能です。
太陽光を使用するためにはエアコンも冷蔵庫もすべてCO2が低いものにしないといけないんですがね。

 いずれにしてもわたしたちの住まい方が地球としっとりいっている。そういうことが風水論ですね。60兆個細胞があるけれども、分子生物学的には、死んだらすぐ風になりますからね。

 だから風も水も自分自身も一体だという生き方をいかにできるか。そこにかかっていると思います。

西村 福井さんのホームページのなかで北山孝雄さん(北山創造研究所所長・建築家安藤忠雄氏の弟)との対談で「風水の話」はとても面白く興味を持って読みました。お互い面白い話をしまくって終わっているようでしたが。環境と都市が密着しているという話は初めて聞きました。

福井 都市計画で定めているのはドイツです。「風の道」と定めています。「風の道」という都市計画そのものがあります。
 道路をここからここまであるけど。風の道は山からこういうふうに風の道があるので、ここにビルを建ててはいけない。はっきりあるんです。

 風水をおどろおどろしいというのは、日本だけです。

Fukugenngo3 (河川を韓国ソウル市は中心街に復元しました。)

西村 韓国ソウル市のチョンゲチョンの時も「風の道」がどうしたこうしたというのはテレビで見ました。風はチョンゲチョンの上をこう吹くから温度が下がる。そういうのがあるんですね。

福井 今度はっきりするのは東京駅南側にある大丸がありますね。大丸が壊されます。そうすると江戸湾の風の道が、大丸の高層建築で通れなかったのが、なくなるとそのまま皇居まで行きます。風の道を復元するのですね。(大丸は移転します。)

 もともと風の道に東京駅はありました。無意識ですけれど東京駅周辺の建物を低くすることで風の道が出来ます。皇居は武蔵野台地の先。このさきに海があって。皇居には雑木林が一杯あります。そこへ向って潮の香りがする風が吹きます。

西村 大きな再開発ですね。そうなると日本橋の上にある高速道路も撤去しないといけないですね。

福井 ありますね。川沿いに風は行きますからね。川沿いに建物とか高速道路などをこしらえるのがそもそも間違いですね。

 あのときはしょうがなかったんです。関東大震災の後にいろんな広場をつくって、公共空間がたくさんありました。高度経済成長のときは、東京五輪の時は、使用せざるをえなかったですね。いちいち用地買収なんか出来ませんでしたし。

 それが川の空間だったり、関東大震災後にこしらえた防火帯であったり。そこへ高速道路を通すしかなかったんです。突貫工事でしたし。

西村 その話を聞きますと高知であれば風水を意識した都市づくりは東京ほど労力なしにできそうに思いますが。

福井 そうですね。さえん場から、最初でしょ。オリジンで。そこの近くまで船で来て。さえん場が最初の商店街だったんですね。

西村 そうですね。九反田のかるぽーと近くの堀川を船が着いて、そこから歩いて現在のはりまや橋商店街付近が昔の高知市の繁華街でした。
 船は藩政時代は大丸前まで水路がありましたし。

Ohanamifunre01_r (堀川のお花見遊覧船

福井  キーは水面なんです。水面の復活ですね。

西村 でもいまの高知市の都市づくりは水面を埋めていますからね。「16億円の無駄遣い」といわれているはりまや橋バスターミナルにしても、むしろ川を堀返せば価値がでるでしょうに。全部逆行してますよ。話が行政側とかみ合いません。
 事業を批判するとかみ合わないし。かといって迎合するわけにはいきませんし。
 ではあのバスターミナルは利用計画は?と聞きますとなにも考えているようにはないですし。都市計画の不在なんでは思いますね。

 風水の話は自然で沖縄でも首里城は風水で決めたと聞いています。建築で「鬼門」というのがありますが、これも風水の1種なのではないでしょうか?建築家は一応学習しているとは思いますが。

福井 建物のほうはそうですが。

西村 都市計画のなかでは「風水」はまだまだ活用されていないということですね。

福井 そうです。

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2008年8月31日 (日)

あるべき高知の観光とは

Fshyouroiku1_r

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは衆議院議員の福井照さんです。福井さんは元建設省(国土交通省)に勤務され都市問題に大変詳しい人です。取り付きにくいと市民には敷居の高い都市計画問題や、まちづくり問題をわかりやすくお話いただけると思います。

 今日のテーマは「あるべき高知の観光とは?」でお話をお聞きします。

 福井さんは観光についてご自身のホームページの中でこう述べられています。
「「観」とは、易経・お経から来た言葉です。他国の王様を賓(ひん)(案内)するときに使われた言葉で、観光の「観」は単に目で見ることではなく、心をもって深く内面まで見つめること。つまり「観光」とは、国の光を見ること、人々の顔が輝くことを見ることです。」と言われています。

 具体的にはどういうことなのでしょうか?沖縄や北海道は「観光地」というイメージが沸きますが高知は正直「観光地」ではないのではないでしょうか?
 桂浜は5分で飽きますし、あそこに高知城があり、龍河洞(りゅうがどう)でもあれば少しは観光地と言えますが。

Iriomote (沖縄の八重山。竹富島)

 易経・お経から来た言葉からすれば高知は全然観光地ではないように思いますがいかがでしょうか?

F1_r 福井 そうですね。今言われたように中国語では観光のことを「旅遊」(りょうゆう)と言いますね。「旅に遊ぶ」という意味です。

 それで「ツーリズム」=旅遊と言います。日本では「観光」と言いますね。本当は凄く深い意味のある言葉です。今言われたように易経。お経から来ています。当たらぬも八卦、四書お経の中に「国の光を見る、王に賓(ひん)たるにによろし」それを私たちの明治時代の先輩が「観光」と言う言葉をこしらえたのです。

 それで「ツーリズム」という英語に当てようとしたのです。つまりわたしたちが普段生活している生活の仕方が、「活き活きしてわくわくしている」「どきどきしてて、顔が光っている」「笑顔が溢れている」ということを「国の光」と言いました。

 そのことを「見せる」ことこそ最高のおもてなしである。ということです。
 高知の言葉にも「近きもの喜べば、遠き者来る。」とあります。つまり私たち高知県民が喜んでいれば、遠くからお客さんがどんどんやってくる。とういうことです。

 深い言葉は深い言葉です。でもあんまり「観光だから」「ツーリズムだから」特別のことがあるとかではなくて、普段私たちが生活している、生活の様子が家族同士で喧嘩してもやっぱり幸せに暮らしている。そういうことが一番大事ですし、根幹であると言うことです。

 ツーリズムに「観光」と言う言葉を使っている日本人には最高に知恵者であると言えるでしょう。ですから「ホスピタリティが足りない」とか、「はりまや橋ががっかり名所である。」とかいろいろ観光の分野では足らないところはあるでしょう。

 しかし大事なことは「私たちが今いかに幸せに暮らしているか」と言うことなのです。不満だらけであると思います。「高知県民が不満だらけですから観光客が来ない。」というところに本質があるのです。けんちゃんが最初言われた易経・お経から来た言葉の意味はまさにそこにあるのです。

西村 なるほど北海道や沖縄のような自然がどうのというよりも、高知県民の日常の生活の不満が高知県民に溢れているから観光客は寄り付かない。来ないぜということなのでしょうか。

福井 まさにそういうことです。不満だらけの顔を誰も見に来ませんね。そういうことなのですね。

西村 よくわかりました。関連した質問です。観光産業は地元仕入れ率が高いと言われています。県外からの観光客が増加すればホテルが潤い、タクシーやバス会社も潤い、みやげ物としてお菓子や農産物や海産物なども販売量が増えます。まさに地場産業であると思います。

 現在高知県の観光客は500万人前後だと言われています。これを倍の1000万人にすれば県民皆ハッピーになると思います。なにかアイデアなり方策はありますか?
 また成功事例などあればご紹介ください。

福井 国内のお客さんを他所と取り合ってもしかたがないと思います。日本は人口が減少していますし。
 一方中国の沿岸部の人や、台湾や韓国、あるいはインドの方など。あるいはマレーシアやインドネシアも所得が上がってきています。どんどん日本へやってきています。

 いままでは日本へ来る観光客は欧米人ばかりでした。これからはアジアの観光客を意識しないといけないですね。アジアのお客さんをいかに高知に呼んでくるか。そのことがポイントであると思います。

 北海道ですね。暑いアジアから雪を見たい。オーストラリアでしたらパウダースノーでしょう。季節が夏冬逆ですし。オーストラリアの夏に北海道へやってきてスキーを楽しむ。という観光客が今激増しています。

 そうするとなにが起こるかと言いますと。北海道と九州で今起こりつつあります。日本語の交通標識や看板、案内に英語と中国語とハングルが書かれる様になりました。ふだん私たちが目にしている風景とは異なるようになりました。

 そういう気遣いが「ホスピタリティ」「やさしさ」であるとわたしは思います。ターゲットは海外からの観光客です。これを目標にまちをどうするのか。観光産業をいかに延ばしていくのか。

 小樽運河の話しになります。この話しになると2分ぐらいかかります。高知もそうした事例(新堀川など)をかかえていますので、お話します。

 小樽運河はしっとりした運河がありました。半分以上埋めました。道路にする計画がありました。その時に全国的な反対運動がありました。それをコペルニクス的に展開をして「それでは綺麗な道路にしましょう」「遊歩道にしましょう」すべての橋はデザインしましょう。」「倉庫は店になるから、外は残して中は改造しましょう。」とあれは何年ぐらい前か忘れましたが、小樽運河をそうした考え方を活用して整備をしましたら、反対運動は収まるどころか、観光ポスターや小樽運河と言う歌が出来るはで大変身しました。

 さきほども言いましたが、まちのに便利なもの。しっとりして、ああ綺麗だなと、いいもんだというものをこしらえれば、海外の人も見に来るし、何よりも地元市民がそれを好きになります。それを誇りし、自慢するようになる。それがひとつ、ひとつ手法ごとの成功例はあります。

 さきほどの本質論の続きからいいますと、観光の目的地を作るというターゲットはアジアの方です。そしてアジア人として農耕民族、漁労民族として、しっとりとするという共通の目を持ち感覚をもっているので、それを活かしていきたい。

 だから高知こそそれが出来ると思います。これだけ自然が残っていて、農耕民族で、海はこれだけ綺麗で、黒潮の色を見せられる。最高のロケーションがありますね。居間から飛躍的に高知は延びると思います。

 Niyodogawamori (高知は都市の近くに仁淀川という清流があります。)

西村 以前福井さんは「小樽運河も道路特定財源でこしらえたものです。」と言われていました。高知市におきましては新堀川と言う歴史的な運河を道路特定財源で建設されている県道はりまや橋ー一宮(いっく)線は、新堀川に蓋をし、道路にしています。

 中江兆民の生家や儒学者岡本寧穂や武市半平太の道場跡も新堀川周辺に残されています。またアカメの幼魚や絶滅危惧種のカニであるシオマネキも生息している高知市中心部のビオトープであり、ウォーターフロントでもありました。
 新堀川などは貴重な観光資源になる可能性があるのですが、どうも道路特定財源とはかみ合わないようでしたが。そのあたりはどう思われますか?

 さきほど福井さんが言われた自然も農耕民族も高知はあるとは思いますが。それをうまくコーディネイトすることができれば新堀川の道路計画に反対する人はいなくなるとは思いますが、そのあたりはいかがでしょうか?

Shinbori6021_r (新堀川は道路の下に)

福井 まさにそのとうり。景観ですよね。デザインです。建築にも土木にもデザインする人がいます。それに加えて画家であるとか。本四架橋の橋の色やデザインも画家が決めた話です。

 すべて人間に関わる綺麗なものを扱っている人に決めてもらう。それで景観計画をもう一度やり直したほうが良いとは思います。あんまりやり直すなんていうと市も県もあっと思うかもしれないけれども。

 最も大事なのは水面なのです。下水道整備率が今でも県庁所在地で高知は一番遅れています。だから下水道を整備して、水面に魚影を。朝倉などにもそのような場所は拘置しにはたくさんありますが、都市の真ん中で、水面に魚影が映る、綺麗な水面をつくる。それをまずやるべきですね。

 水質を良くすればビオトープはできますね。それから道路こしらえたりする景観形成ですね。ファサードと言いまして建築物の前面だけは「歴史的景観にする」とか、石畳風にするとか。城下町風にするとか。

 工夫がありえると思います。けんちゃんの指摘は一番大事なところを指摘していると思います。ですので「かみ合わないといけない。」ですね。

西村 現実にはなかなかかみ合いません。かみあった事例ですか。福井さんのほうで日本の事例や世界の事例は詳しいと思いますがいかがでしょうか?
 また「観光」を活用したまちづくりで高知に参考になる事例はありますか?アジアの人が来たら良いといわれました。先進事例がありますか?

福井 小さい町ならば、長野県の小布施町(おぶせまち)があります。

 葛飾北斎の里です。建築も街路も公共構造物もすべて1人の建築家がデザインしました。1人の建築家がデザインすることで町全体が同じ思想で形成されます。
 小さな町だからこそ出来たのではないかと思います。

 また観光地であったが、一時的にものすごく落ち込んだ大分県別府市。こちらは「観光大学を落ち込んでいる最中にこしらえました。

 それこそアジアから留学生たちを誘致して、別府温泉などで勉強してもらって母国に帰る。母国では別府のことを宣伝するから、母国から観光客が別府へやってきます。
 アジアの人にまず留学生として来ていただいて、料金が高くないように大学で勉強していただいてと。観光大学というのも仕掛けです。

 もっと仕掛けであると言うのであれば、金沢です。お城があって100万石と高知の24万石とは違いますが、たかだか数倍の規模。お城があって城下町があって、伝統があって、歴史と文化と風土がある。なにが違うかと言いますと金沢ものづくり大学です。賀沢市営でつくりました。

 宮大工を勉強している人。土塀をつくろうと勉強している人。あれはなかなか難しいことです。実際に金沢城を修復しながら勉強をしています。
 ぞして実際に街へでてファサードを作り直す。勉強をしながら街ができあがるという。これは滅茶苦茶知恵のあるやり方ですね。こういう学校を高知でもつくってもらいたいですね。

 高知城の石垣づくりは穴太(あのう)積みといいまして(滋賀県が由来)、滋賀県から職人が来られて現在修復しています。全国的に価値のあるお城です。ですので城下町風のまちづくり。龍馬が見た風景を地域で、ストリートで復元したら激増するとは思いますね。

Kochicapitaru1 (高知城)

西村 話が面白いので時間があっという間になくなってしまいました。もっとお聞きしたいことはたくさんありました。時間の制約がありますので一気に聞くようにします。

 高知の資源と言われているものに「坂本龍馬」があります。「よさこい祭り」もありあります。それから「路面電車」と「まんが」もあります。高知の独自性、観光と言う場合に外せないところではないかと思います。

 それらの活用法などで福井さんのほうでアイデアなり事例があればお願いします。

福井 僕が個人的に思い観光資源で世界1であると思いましたのはポーランドの「アウシュヴィッツ・ビルケナウ国立博物館」ですね。

 ポーランドでユダヤ人を虐殺したところです。戦争そのものが博物館。ユダヤ人が虐殺された施設がそのまま保存されていて、毎日世界中から観光客が押し寄せてきています。日本語のVTRもあります。

 収容者の現場がそのまま保存されています。

 だから災害だから、戦争だから観光とは別というのではなくて、観光というのは人間そのもの。現在の自分。過去の自分。を見たい、出会いたい。知りたい、だから行きたい。というのが原則であると思います。

 今まさに龍馬なども。よさこいもそうですが、今度のサミットもYOSAKOI・ソーランがアトラクションで踊るそうですが、ルーツは高知だろうと言いたいですね。龍馬でも本場は高知やろうと。全国ベースにもやはなっていますね。ですので「高知でしか見れない。」ものを提供する。

 災害であってもいい。地震であってもいいのです。この戦後取り残された今の杏示唆であってもいい。つまり今の「マイナスをプラスにする。」を高知を見に来てください。と言う発想のほうがたくさん人が高知へ見に来てくれるように思います。

西村 話はつきないとは思います。もっとお話をお聞きしたいとは思いますが、今回のテーマでのトークはこのあたりにしたいと思います。

福井 市長がやる気になれば可能な話ばかりであると思いますね。標識を外国語表示する(英語・中国語・ハングル)は既に博多がそうなっています。外国人観光客を受け入れるのならそのあたりの整備と受け入れ側の意識変革が必要になるでしょう。

 まず韓国からの修学旅行の受け入れから始めると良いと思いますね。中国も少しづつですが増え始めています。子どもがポイントです。

 金沢の21世紀美術館もみのさんという東京からトレードされた人が来られて、現代美術を無料でずっと鑑賞させてようです。そしたら親に子供たちが言うて、親も一緒に来館するようになりました。それから爆発的に来館者が増えました。

 日本人でも外国人でも子供がポイントですね。

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2008年8月24日 (日)

高知は独立国になれ 8月29日(金)放送予定

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平崇士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は中平さんが帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「高知は独立国になれ!」です。高知新聞にもイタリア滞在中の作家の坂東真沙子氏が「高知独立論」なども提唱はされていますが・・

 現在の東京中心史観からみれば、高知は辺境。経済的にも人口にも存在感は乏しい。ひたすら中央政府にへつらい交付金を貰う生き様で敗戦後は来ました。しかし最近は小泉内閣時代の三位一体改革とやらで、交付金も削減。

Hatikin01 (東洋町は巨額の核交付金を拒否しました。)

 核廃棄物や米軍基地などの「迷惑施設」を地方自治体が中央の意向として受け入れれば巨額の交付金が国から交付される時代です。このあたりはどう思われますか?

島本 結局このままやったら国の尻拭いに地方は使われるだけよ。もうええことはなんもない。(中央いいなりでなんもいいことはないということですね。)
 
中平 そうですね。高知県の状態を見れば経済の最小単位として家族で例えますと、高知県は「だだをこねる子供」ではないかと思います。お金というものは貰うものではなく生み出すものです。

 そのあたりの考え方を根本的に考え直さないと高知県は変わらないと思います。

西村 高知県は最近人口が80万人を割り込みました。20年先には60万人を割り込むという予測もあります。しかも安芸市から須崎市までの高知市中心エリアに人口の8割が居住するようになるそうです。

 このような状態で「独立」は可能でしょうか?

 世界の国では人口60万程度の国は数多くあるようですが・・。ルクセンブルクは46万人。キプロスが77万人。バーレーンが67万人。モルジブが34万人。アイスランドが30万人です。みな国連加盟国であると思います。
 現在の79万人の規模の高知県であれば世界の159番目の国になりますね。237の国と地域の中で。

Irando2_2 (アイルランドのバー)

中平 大事なのは意思であると思います。例えば、60万人を割り込むという予測があるとしても、その予測を信じるようでは駄目であると思います。

 未来は頭と身体で生み出して行くものであると思います。
 世界1の国になるためには、まず何をなすべきか。それを議論していけばいいのではないでしょうか?人口の問題は殆ど無関係ではないかと思いますね。

 価値があればそこに人が集って来ますので。

西村 島本さんは連邦(USJ)構想をブログ「占いから未来へ」で提唱されていました。その根拠はどのようなところにあるのでしょうか?

Shimamotoss01_4 島本 USJというのはUnited States of Japanの略ですね。これは坂本龍馬も考えていたことです。天皇を中心にして各藩が連合して国をつくっていく。
 藩が発展して独立国のようになる。それぞれがそういう状態になり、連邦状態になって日本は合衆国になる。

 そうなったらえいというわけですね。

中平 島本さんの言うUnited States of Japanは物凄くいいですね。天皇を中心として昔の幕藩体制をつくりあげたい。想定しています。

西村 中平さんはブログ「土佐のローカルリズムちや」のなかで四国州構想を発表されています。そのなかで四国の州都は高知ぜよ。と宣言されています。
 現状では松山市のほうが高知市より大きく経済力があるのに何故高知が四国の中心なのでしょうか?

中平 そうですね。四国州のあるべき姿を考えた時に、経済力ではなく、文化力でなければならないからです。なぜなら四国自体が日本全国の3%しかGDPを持っていません。そこで経済力で自己主張しても駄目ですね。

 経済力で戦っても駄目ですね。四国に経済力が養われなかったのは自然を大切に思う土佐邪馬台国の伝統があったからこそと考えたほうが面白いですね。
 何故高知が四国の中心なのかと問うよりも、高知が中心になるためには何をすれば良いのか。と言うことを問うべきであると思います。

 中心であるということは、意志がどれだけ強いかによって決定されます。

西村 高知が独立国になるとしたら、「飯の種」はなんであるか?また何がふさわしいと思いますか?

島本 飯の種は十分ありますね。お米も取れる。野菜も取れる。海の幸も山の幸も豊富にある。それで十分。
 貿易関係ですが、他のところからものを持ってくる場合は、高知県の80%を占めている森林を宝の山に変えてなにか上手いことをやってやくにたつ木質バイオマス地域循環システムでも、木質ペレットでもなんでもえいけん輸出して「外貨を稼いだら飯の種」になるでしょう。

Irando3 (アイルランド)

中平 私の場合は飯の種は文化です。文化と言うところを押し出していって、そこから思想につなげていくことです。文化は土佐邪馬台国であるとか、遍路。そういうもの。
 あとは反核、反原発とかそういうもの。自然エネルギーを使うこと。それは前にも言いました「命の思想」ともリンクしてきますね。

 そういったものをベースにしながら外貨を獲得するというところに全ての力を集中するのではなく、四国内で完結する経済をまず考えていくこと。そういうコンパクトな経済を思想的なものを含めながら考えていけばいいのではと思います。

西村 国であれば徴税権があります。例えばフリーゾーンやカジノはこしらえたほうが良いのでしょうか?
 また防衛はどの国と同盟し、安全保障や国防はどうされますか?

島本 難しい問題ですね・フリーゾーンは貿易と経済が活発になるからええですね。けんどカジノはマネーゲームだからそれで文化力が高まるとは思えないですね。

Kenpou9zixyou_r   防衛ですがUnited States of Japanになったら、一応連合国家になる。防衛は天皇を中心とした連合国がやっていく形になるでしょう。

 安全保障は四国州などが独自に考えることは難しい。国防に汲々とするよりも、日本には憲法9条と言う大事なものがあります。高知の憲法9条の会の人達が、中心になって外国へいって九条の思想を広めたらえいと思いますね。

中平 フリーゾーンやカジノの話もでました。外貨を獲得するよりも四国内でどれだけ経済が廻るか。そちらの経済をつくることのほうが面白いと思います。四国には豊富な水もあることですし。

島本 土佐が独立できるかどうかと言うことですが、土佐はばらばらです。
 けんどアイルランドの民もばらばらであった。でもイギリスの圧制に対してあまりにも苦しんで、オコンネルの時代にまとまって独立しました。

 参考ブログ記事「麦の穂をゆらす風と王の男を鑑賞

 土佐やったちきっと独立できると思います。

Photo (アイルランド風景)

(アイルランドは島本さん、中平さん2人は訪問した経験があるとか。写真は中平さんから提供いただきました。

 また中平崇士さんはアイルランド旅行記もサイトに上げておられます。)

Photo_2 (アイルランドの写真は中平崇士さん提供)

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2008年8月17日 (日)

高知学・土佐学研究所をこしらえよう 8月2日(金)

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「高知学・土佐学研究所をこしらえよう」で島本茂男さん、中平崇士さんにお話しをお聞きします。

 みなさんがそれぞれの領域で「高知らしさ」「土佐らしさ」を再定義しようとするところ、想いはどういうところなおでしょうか?

Shimamotoss01_3 島本 まず高知が元気がないな。というところが、最初にありました。なんでそうなのかと言いますと東京の物差しで計っているからです。グローバルスタンダードに従わないといけない。

 結局高知は高知独自のものを考えて行けばいいのではないか。高知の古代から現在までを振り返り、高知らしさで勝負していくこと。それでいいのではないか。
 その思いが強くあるからです。土佐邪馬台国大いに結構。それを物語にして自分達の自信を取り戻していけばいい。

中平 同感ですね。アメリカとかそれに影響を受けまして、東京の文明に侵食されればされるほど、土佐弁とか(高知の)暖かさとか、重層的な文化とかにシンパシーを覚えます。

西村 高知県の経済人の皆様方も「土佐のおきゃく」というイベントを3年ほどまえから多額のお金をかけてしています。しかし今ひとつ盛り上がりに欠けています。それは何故であると思われますか?

中平 「土佐のおきゃく」に限ったことではありませんが、まず前提の”問い”がないのではないかと思います。前提と言うのは、「おきゃくとは何か?」。そこをつきつめることをしていないの他県の人間が「おきゃく」を理解できるわけがありません。

 「おきゃく」というものに言及するならば、「まれびと」というところまで踏み込んでいかなければいけないと思います。

西村 すみません。「まれびと」という言葉ですが。「まれびと」というのは何のことでしょうか?これも聞いたことはありませんけれども。

島本 まれびとと言うのは民俗学者の折口信夫(おりぐちしのぶ)さんが、「遠来の客をもてなすとき」に使った言葉です。

 琉球の人たちには「まらぷと信仰」がありますが、これが「まれびと」のもとになったのではないかと。
 つまり外から来てくれるひとは神様である。ととらえています。お客さんは神様なわけですね。そしたらもてなすのは当然である。そのことが「まれ日と」論につながっているということですね。

西村 だとするならば、今やっている「土佐のおきゃく」なるものは、お酒を飲む人だけを対象とした土佐料理だ、とさのお酒だ。宴会をしようというだけ。それだけではなくもっと大きなものですね。

Tosaryouri

(料理やお酒を飲むことだけではないと思います。)

島本 ですのでもっと大きな意味を皆で再認識をしないといけなかったのです。それが今高知で全然できていないと思います。ですので盛り上がらないのでしょう。

西村 例えば幕末・維新・民権運動の時代は土佐人はたくさん活動的な人物が輩出しました。しかし今の高知ではすべて坂本龍馬1人に一元化する傾向があるようです。飛行場に龍馬の名前をつけるぐらいですし。しかし私はなにか釈然としません。

 本来は保守的な人達が龍馬を免罪符にしているだけで、高知の社会は保守的で停滞しているとしか思えませんが・・。

島本 土佐人は革新的でものをどんどん変えていく力がありました。だけどそれができないというのは、結局龍馬を「免罪符」に使っているのです。今の自由主義経済というのは「自由」という字が書いています。それは土佐人が大好きです。

 自由主義経済は正しいと思っているかもしれませんが、自由主義経済は客観的に見てどんどん不自由になります。動きが取れないようになります。

 自由主義体制に胡坐をかいていますと、どんどん保守的になってしまう。こう私がかんがえてことです。

中平 そうですね。わたしは「アイデンティティを失った人間は1つの神様を信じる傾向がある。」ように思います。
 1つの神というのが「龍馬」になっているのではないのでしょうか。

西村 わたしは近い将来構想で「高知県物産公社」をこしらえたいと思っています。その場合なにかと産品やいろんな場面で競合する宮崎県や沖縄との差別化が必要であると思いました。それは歴史であると思いました。そのあたりはどう考えますか?

島本 大いに賛成です。これにはロマンがないといかん。土佐邪馬台国論。これなんかスケールが大きい。これをもっと出さんといかん。そうせんと、なにか凄いものがないといかんやいか。

 宮崎のお笑い出身の知事に勝たんといかんと思います。しかし今の高知県知事は派手な人ではないし。そこは皆で盛り上げないといけないと思います。

中平 私は本当に歴史は大事であると思います。ですので土佐邪馬台国というものを取り上げていこうと思います。
 結局絶対に高知に邪馬台国があったというのではなくて、それを提唱することによって、みなが1つの価値に収斂されていく。力を合わせてなにかに向っていく。そういう価値自体を掘り起こすことが重要であると思います。

西村 その話を聞きますと、最近の高知県人は歴史を大事にしない県民ではないか。
実は高知県を訪れたビジターがその土地を訪ねたら訪問するのが博物館。美術館。歴史館。高知はそのあたりが整理されていなくてばらばらで支離滅裂ですね。

 歴史民族資料館、高知県立美術館。高知県立文学館。高知市立自由民権館。高知県立龍馬記念館。高知城。どうせならすべて高知城周辺にすべて集めたら良いとは思いますが・・。まとめて集約すれば高知の歴史と文化が体系的に学べると思いますのに・・。

Kochicapitaru1

(高知城の周辺に歴史・文化資源を集積すべきでしょう。)

島本 とても大事なところです。ばらばらになっていますと体系的に全体像がつかめないし、つくれん(こしらえることができない)と思いますね。近いところにあるとそれらを全部廻ると高知県民像、土佐の歴史が全部わかります。土佐の財産もわかります。

 そうなれば県外のビジターにも高知県民にも得なのです。そういうのがない。どうしてないか。それは高知県民が「歴史を大事にしなかった。」からでしょう。

 高知県民は縄文人の末裔でそのとき、そのときを生きてきたから、その場しのぎでやっている。だから体系的に高知の歴史を古代から学ぶ。ロマンも含めて。それをしないといけないとつくづくこのごろ思います。

中平 私の場合は”体系化”というものが大きなキーワードです。体系化というものは、それができないのが高知県人のええとことでもあります。悪いところでもあります。
 体系化できる土佐人がですね率先して高知の歴史を掘り返したり。ということをやればええと思っています。

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2008年8月10日 (日)

土佐邪馬台国について 8月15日

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「土佐邪馬台国について」お話をお聞きします。

 中平さんはブログ「土佐邪馬台国」を作成されています。土佐国の古代史を研究された結果、土佐に邪馬台国はあったということなのでしょうか?
 従来の説では九州などにあったという説が有力なのですが・・。

中平 そうですね一般的には畿内説や九州説が有力です。一般的と言われている2つの説にしましても日本書紀や古事記で「記紀史観」で支えられているのではないでしょうか。
 記紀史観は間違った、絶対的な皇国史観でよって支えられています。色眼鏡があるのではないかとわたしは思います。

西村 さきほど中平さんは「きき史観」と言われました。どんな字を書くのでしょうか?またその意味はどうでしょうか?

Sukinooosugi

中平 意味は、「日本書紀」と「古事記」の最後の紀と記をとりまして、「記紀史観」と言っています。日本書紀と古事記が日本人の正当な歴史として認識されています。
 

西村 中平さんは土佐邪馬台国の成立の根拠は、古代の時代では土佐は自然の要害なので可能であったと論証されています。
 三方が山に囲まれ、前に海が開けている。鎌倉同様の地形が土佐であるということです。軍事的な意味が大きいのでしょうか?

中平 軍事的な意味は大きいと思います。当時は船が戦争の手段であったことはほぼ間違いないと思います。そういう時代に朝鮮半島からの侵略に対して、愛媛県の佐田岬と高知県南部の足摺岬を通過点にもっちゅう高知はかなり優位な地形ではなかったかと思います。

 土佐が都であれば朝鮮半島の勢力と攻守おりませながらの一戦が出来ると思います。最悪の場合は黒潮に乗って東方面へ逃げられます。実際に四国の民は東北へ逃げられていると思っています。

 九州はあまりに朝鮮半島に近すぎます。奈良は遠すぎます。瀬戸内に都があったとすれば、挟み撃ちにされてしまいます。

西村 確かに東へ土佐の民が流れていったというのは、漁師などが紀州や横須賀あたりに定住したりしています。江戸時代からそうだったという話は聞きました。
 そもそも中平さんが邪馬台国が土佐にあるのではと提唱し出したのはいつからなのでしょうか?郷土史家の人たちも提唱されたことはわたしは知りませんでしたし。誰かの影響はありましたか?

中平 去年か一昨年頃だったと思います。たくさんの本やサイトを見ていますから、だれの影響を受けてないということはないと思います。
 ただだれもこのような体系化はしていないと思います。

 まず最初に日本書紀に土佐から神の刀、神刀が献上されたという記述があります。これを見てなんだかおかしいと思ったわけです。
 当時剣は3種の神器の1つでものすごく神聖なものです。そういう神聖なものが、なぜ土佐から天皇に献上されるのか?そういう疑問から土佐邪馬台国のものが少しずつ見えてきたような気がします。

 それ以前から修験道に興味がありまして、修験と関係のある山や神社には行ってました。実は高知は修験道(しゅげんどう)を創始した役小角(えんのおずぬ)の出身地奈良の葛城山とも密接な関係があります。

西村 さきほど修験道ということを言われましたが、普段聞いたことのない言葉でよくわかりません。どういった意味なのでしょうか?

中平 修験道と言いますのは、「験(しるし)を修(おさ)める道」と書いて修験道と言います。ですので、験を修める為に修験者たちは山へこもりました。そのあたりは間違いありません。
 さきほど申し上げましたように、創始者は役小角(えんのおずぬ)と言われています。

Shimamotoss01_2 島本 結局印を修める。印を手に入れる。その手に入れることにより人間が変わる。そのことを目指して修験者たちは山へ行っているわけです。そういう道であると思います。

西村 島本さんはご自身のブログ「占いから未来へ」で「縄文の精神を復活させよう」と呼びかけられています。
 縄文の精神は「他者を歓迎し、功利性を嫌い、激情にかられ、創造と破壊の力を持つなどの特徴をもつ」と言われています。
 
 縄文人の末裔である今の高知県人も「いごっそう」という気質があるようですが、これも縄文人の影響であると言えるのでしょうか?

島本 縄文人の特長は「おおらか」であったり、「感覚的」「感情的」。「そのとき、そのときを生きる。」「後先は知らん。」常に神を意識し,神とともに生きる。
 「いごっそう」は縄文人の末裔なんですが、土佐の歴史的な変遷によって、屈折したところがある。だからいごっそうというのは「屈折した縄文人」と言えるのではないでしょうか。

 そういう風に思っています。

西村 沖縄では、東京中心の地図では日本地図に納まらない別図に表記される辺境です。しかし沖縄からアジアを見ますと日本、中国、朝鮮、東南アジアは海路で近いものです。琉球王国の歴史と存在が独特の世界観を育てています。

 では高知の場合はどうでしょうか?高知を中心にした地図にしますとどのようなことが見えてくるのでしょうか?

島本 まず最初に頭に浮かんだのは山と海の出会いだというところよ。高い山、深い海、とうとうと流れる清流。激しい自然が土佐の風土をこしらえています。

 黒潮が最初に日本でぶつかるのは足摺岬です。結局激しい気候、激しい風土が、激しい土佐人の気性をこしらえたと思います。

Katurahama

中平 僕は高知を中心とした地図を想定しますと、古代の倭国が見えて来ます。東に近畿、西に九州。北に中国地方。この配置からして、高知はその中心にあります。

 もっとも重要な土地ではなかったかと思います。

西村 中平さんは土佐は「いつまでも流刑地史観ではいかん。」とブログで言われています。かつては日本の都の時代もあったのだと言われていますから。

 都を彷彿されるようなものは高知にはあるのでしょうか?また都が土佐にあったとどうして思われるようになったのでしょうか?

中平 そうですね。土佐邪馬台国史観にもとづいて、浦戸湾から物部川流域にかけて遺跡の発掘が行われれば、誰もが納得するものが出てくるのではないかと思われます。

 これは現在の考古学があらゆる可能性を想定していないということです。

 例えば海へ行きまして「なまこを持ってきてくれないか」と頼まれて、なまこを持ってくるようなものです。

 海には他にはウニとか、ワカメとか、エビとか、カニもいます。(海に何が存在しているのかを色眼鏡なしで調査するのが学問のはずですし、科学的であると思います)日本の学問全般にいえますね。比較的なことを科学という。これがこの国の学問ではないかと思っています。

西村 土佐邪馬台国は大和政権の前の国でしょうか?その後大和朝廷との関係はどうだったのでしょうか?

 大和に侵略され流刑地になったのではないのでしょうか?かつてローマと戦ったカルタゴは徹底的に破壊され100年間は廃墟になっていました。土佐邪馬台国があったとしたら、大和政権に滅ぼされたのでしょうか?

中平 私の考えは土佐邪馬台国こそが、大和(ヤマト)と思っています。大和朝廷はその価値をかすめとったのではないかと思います。
 滅ぼされたかどうかというところですが、まだ滅んではいないとは思いますね。まず
 古代から続くたたかいなのでは。

 壬申の乱、源平合戦。南北朝の動乱。蝦夷討伐。アイヌー琉球差別史観。東京中心主義。国家主義VS自由民権運動。こういう日本史を見て行きますと、大和朝廷VS邪馬台国ではないでしょうか。

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2008年8月 3日 (日)

何を持って高知らしさと言うのか?

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「 何をもって高知らしさ 土佐らしさと言うのか?」です。

 高知県内にいますと「高知人」を無意識に感じ、「県外人」という表現もしたりします。では高知県人とはどういう特色があるのかというと意外に答えられません。

 沖縄では「ウチナンチュー」と言えば全てが表現されているのですが・・沖縄ではリアリティを感じます。わたしは家内が沖縄なので特にそう思います。そのあたりの理由はなんであるとみなさんは思われますか?

Shimamotoss1 島本 高知県民。自分達の意識は強い。「県外人」という表現があるように、排他性も感じます。では高知県人は一致団結してことに当たるのかと言いますとそうではないですね。ばらばらですね。特色に十分答えられないのはそのあたりに理由があると思います。

中平 私の場合は(まず)四国のレベルで言いますと、高知以外の3県(愛媛・香川・徳島)は豪快さが足りない、という風に感じます。思想的でもない。変人度が低いとも言えます。

 枠にはまってなにが楽しいのかとも思います。でもそれでも高知県人もそういう傾向の人達が増えて来ています。危惧しています。

 全国的でいきますと「革命的でない」「大きいものを信仰する」傾向があります。
 無条件に東京が行うことは善である。と言う風に思い込んでいます。それはアメリカがやることは無条件に善であると思い込んでいますことと同じことです。

 こういうことに「違和感を感じること」が高知県人ではないかと思います。それを「いごっそう」とか「はちきん」とか言うと思います。

 いわば反骨ですね。大きいものにはまかれないということですね。

Nomuraichi

(日曜市の風景。これらも高知らしい風景の1つ。でも最近は観光ずれしてきたようだ。)
西村 いま高知県は観光に力を入れているようです。しかし昨年は観光客が減少しました。今年も期待できません。「花・ひと・出会い博」とか称し、高知出身のお笑いタレント間寛平を起用しキャンペーンをしています。しかし効果があるようには到底思えません。

 その理由は「歴史を大事にしているようで、全然大事にしない高知県や高知市」になるのではないかと思います。

 例を挙げれば幕末・維新・明治初期に活躍した郷土の偉人達(儒学者岡本寧穂、武市半平太、中江兆民ら)のゆかりのある新堀川を埋め立て破壊し、自動車道路をこしらえる公共事業を平気でしているからです。そのあたりはみなさんはどう思われますか?

S2_r (歴史資源の新堀川を吐かして道路建設は進んでいます。)

島本 歴史より公共事業による経済活性化を優先しているからそうなるのです。歴史を軽視することは自分達の命を軽視することにつながります。そういう意識を変えていくことが、これから高知では必要ではないかと思います。

 歴史を大切にしていく経済活性化だってこれから考えられます。もちろん歴史の価値を見出していかなければなりませんし。それから一言付け加えますと、現在の公共工事は中央のゼネコンに吸い上げられて地元にはご利益があまりない。こういうこともどんどんあらためないといけないですね。

中平 私の場合は、”掛ける言葉もないくらい高知県や高知市の政策は無残なものではないか”と思います。「歴史を大事にすると言いながら、新堀川に蓋をする」ことなどを見るといかに「言行不一致」であるかということです。

 現在の状況から考えますと”むしろ行政(高知県・高知市)が消滅したほうが歴史が守られるのではないか?”。そう思います。どれだけ行政はお金(税金)を使って余計なことをしているのですね。

 そのことは継続的、組織的に行われていますので、明らかに犯罪といえます。こういうことを高知県民は深く認識すべきではないでしょうか。

島本 なるほど今行政(高知県・高知市)がやっていることは文化的ジェノサイド(虐殺)と言っているわけですね。

中平 そうです。

西村 島本さんの言われる高知らしさ、土佐らしさはなんですか?

島本 前に香美市在住の漫画家くさか里樹さんがテレビ番組で「高知の人には原始人の逞しさが生きちゅう。」と言われていました。

 梅原猛さんの説も「高知の人は縄文文化の風土を色濃く残している。」ということなんです。それは一方で野蛮で感情が爆発して、そこら辺を暴れまわるイメージもあります。強い自我とか意志を持っていて、それから本質をぐっと掴んで時代を切り開いていくイメージもある。

 土佐人は潜在的な革命家ではないのか。思うわけです。原始的な強さ。それが高知らしさ、土佐らしさと言えるのではないでしょうか。

西村 中平さんの言われる高知らしさ、土佐らしさはなんですか?

中平 自分の場合は簡単に言いますと、そういうメンタリティは土佐弁に殆ど集約されているいのではないですしょうか。そうい風に思っています。

 今から土佐弁を喋りますが、一つ目は「回りくどいことをすな」という土佐弁があります。2つ目は「白黒はっきりせえ」という土佐弁も聞きます。
 後は「年寄りは大事にせんといかん」「今日喧嘩しても明日は忘れる」というメンタリティもありますね。

 「そんなに言うちゃるなや」(それほど言わなくても)

 こういう土佐弁の表現のなかに高知らしさ、土佐らしさがほとんど詰め込まれていると思いますね。

西村 新しい定義で「高知らしさ、土佐らしさ」のコピーやキャッチフレーズをこしらえるとすればなにがふさわしいと思いますか?アイデアがあればご披露下さい。

島本 いろいろ考えてみました。原始的な力ということをを出して行きたい。時代を切り開いていくのだというで、土佐人の時代を切り開いていく力が人類の未来をつくるのではないか。
 人類の未来は土佐でつくるぞ。そんなことをこめまして。

「時代を切り開く原始人。人類の未来は土佐にまかせろ!」とこういうのはいかがでしょうか。

西村 中平さんはいかがでしょうか?

中平 そうですね。東京に高知県人は洗脳されちゅうわけですね。土佐弁でいきますと、「洗脳されたちいかんぞ。自分の頭で考えて自分の足でたたんといかんぞ」となりますね。

西村 日本経済も破綻しかけているようですし、手本としようとしたアメリカ経済が破綻寸前ですのでモデルなき社会の危うさを感じますね。
 人口も少ない。経済力もない。東京的スタンダードで行くと高知は全く絶望的な未しかないのかとしか思えません。

 そうではないと中平さんは思われておられますね。東京から高知を見られてどう思いますか?

中平 今広まっている市場原理主義ー新自由主義に対抗する思想なり、ドグマをこしらえないことには市場原理主義の力を弱めることはできません。そう思いますね。

西村 そのあたりのパワーを高知はもっている。市場原理主義を弱めるパワーを高知は持っていると島本さんは考えているのでしょうか?

島本 土佐人にはそのパワーがあります。「古きを訪ねて、あたらしきを知る。」
 土佐の古代を訪ねていくことで、きっとそれは見つかると思います。

Shuuroku1_r (話しは尽きませんでした。)

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2008年7月27日 (日)

グローバル社会と高知の世界について

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカリズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は中平さんが高知へ帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「グローバル社会と高知の世界について」でお話をお聞きします。小泉内閣あたりから「グローバル・スタンダード」(=アメリカ・スターダード)が大流行し、地方の暮らしを蔑む傾向が強くまりました。その結果日本の社会は「乾いた格差社会」になりました。
 高知は東京都は対極の世界であるべきであると思います。中平さんはそのあたり東京から高知を観察されていてどう思われていますか?

中平 そうですね。まず東京の真似をせずにもっと高知らしい社会や世界を目指すべきですね。それは高知だけではなくそれぞれの地方が価値に基づいて、様々な多極的な社会ー世界を目指すべきだと思っています。

 それが(私が考えるローカリズムであると思いますし)私のブログの「土佐のローカルりズムちや」の題名になっています。

 東京はバブル崩壊後、日本経済思想が亡んで、アメリカスタンダードに飲み込まれて行きました。

 地方が連帯してアメリカスタンダード、新自由主義と対抗しなければ日本は草も生えない不毛の大地になるのではないでしょうか。

Niyodogawamori (高知は豊かな自然がある。仁淀川)

西村 世界経済はアメリカ経済の破綻であるサブプライム問題で世界同時不況になりました。投資先を失ったオイルダラーや政府系ファンドは利益確保のために石油への投機をしています。そのため石油価格は不況にもかかわらず高騰し、経済に深刻な打撃を与えています。
 「お金に支配される経済」については島本さんはどう思われますか?

島本 まずお金に支配される経済では人々は幸せにはなれないです。さきほど言われました一連のことでそのことがいよいよ明らかになってきました。

 お金というのは「物やサービスを交換する媒体」としておおいに流通させるならそれなりの価値を持っています。しかしお金を中心にしてお金を溜め込む。増殖させる。そのことだけを考える経済活動ばかりでは人々の暮らしは貧しくなるばかりで、遂には死滅してしまうでしょう。

 私達はとても危険な社会に生きているのではないかと思います。

西村 「お金だけが絶対でお金だけが増殖して、人々の暮らしは貧しくなる一方だ。」と島本さんのご指摘のようにおかしな社会に成りつつあります。ではどうすれば良いと思いますか、。また高知はどうあるべきですか?
 何か事例や歴史的な事例などありましたらご紹介下さい。

Shimamotoss01 島本 まず意識を「金ではなく、ものやサービス。人や命に移すことです。」
 金よりは命が大切なことは当然のことなのに、その当たり前の事が揺れています。これは全世界で考えていき、実践しなければならないことです。

 更に高知では、パイロット事業というか、1番槍をつける活動をすべきであると思っています。世界を高知から変えてやるぞ。という発想がほしいところです。

 それから事例になるかどうかわかりませんけれども、「物々交換の発想」「贈り物 贈与の発想」を取り戻すことを始めることも必要ではないのかなと思います。
 更に何人かの人で1つのものを持つ。「共有」の思想や、労働力を出し合う「手間がえ」から「結い」とか「講」の活動に展開していけばいいのではと思います。

中平 そうですね。島本さんと同じ意見になると思います。ではどうすればいいのかということですが、まず「意識を変える」「気付く」ということです。
 気付く為にはまず考えると言うことです。更に考えると言うことは、まず「既成概念を信じない」ということですね。

 それはまず「すべてを疑う」ことにつながります。高知はどうあるべきか。ということですが、さきほど言いましたことを1つ1つ積み上げていくことですね。
 これは哲学的な問いかけです。哲学がなければ高知らしさがないと言うことになります。

西村 「人が少ない」「自然が豊か」「歴史がある」というのは高知のアドバンテージであると思います。しかしそれを産業振興や観光、商業で活用しているとは言えませんね。それはどうしてであると思われますか?

島本 まずそのアドバンテージをきっちり(高知の人達が)きちんと認識していない。共有していない。それゆえ活用しようという発想がもてていないと思います。
 まず高知のよさ。高知のらしさを十分に知ること。そういうことが大切であると思います。

 それから売り込むことの下手さ。伝達力の乏しさも関係しているのですね。

中平 そうですね。島本さんも言われていますが、「高知県民が自分のことに気付いていない。」それは私たち高知県人が「東京を見ゆう(見ている。意識しすぎている)」のではないでしょうか。

 東京の価値に染まっている。(東京の物差しで高知を見て卑下している。)ですので高知の価値をきちんと見ていないし、気付いていないのではないのでしょうか。
 人が多くて密集しちゅう(している)東京のほうが経済規模が大きくなり、いろんなものが生まれる。そして発展する。そういう構造を今の高知県人は「善」だと思い込んでいるのではないでしょうか。

西村 島本さんや中平さんのご指摘がありましたが、いつのまにか「東京的な価値観で」高知のわたしなんかも高知を見てしまって、自分の郷土や経済を「見下げた」見方をしています。

 こうした今流行のクローバル世界(アメリカ的な新自由主義的な考え方)と対極なのは、「ロハス」であり「スローフード」であり、地域生態計画(エコロカルジル・プランニング。あるべきものがそこにある都市計画)であり、有機農業であり、木質バイオマス地域循環システムなどは高知では成立しそうなしくみであると思います。

 食のあり方、生活のやりかた。働き方。生き方などを提唱することが必要ではないでしょうか?

Kodomo1

島本 大いに必要であると思います。食は「地産地消」。生活はシンプルに。働くことはお金のためでなく、生き甲斐の為。人のため。社会の為。地球の為。という生き方を提唱していきたいです。

中平 わたしも必要であると考えています。日本人だけでなくて世界の人たちの新しいライフスタイル・思想というものを生み出さないといけないと思います。
 そういう立場に日本はいると思います。日本のなかで高知が1番最初にそれをやらなければならないといけないと思っています。それをしないと世界は変わらないと思っています。

西村 今福田内閣で総務大臣をされている増田寛也氏が岩手県知事時代に「がんばらない宣言 いわて」を提唱されていました。作家椎名誠氏らとの対談が印象的でした。
 高知の場合なんか影が薄いような気がします。

 高知のアイデンティティというか、元になる思想が必要であると思います。そのあたりはどのように考えられますでしょうか?

中平 そうですね。わたしは「命の思想」というものを打ち出していくべきであると思います。これはどういうものかと言いますと、古神道とかなり重なってくると思います。それと同時にわたしが今研究している「土佐邪馬台国」とも重なって、「命の思想」というものをこれから高知県人が全面に打ち出して、高知の再生、復興を行わなければならないと思っています。

西村 お金でない、日本の円ー経済優先、お金優先のライフスタイルではない生き方。それを高知県民は世界に優先して実行しなければならない。そのあたり島本さん具体的にお話いただけないでしょうか。

島本 中平さんと一緒に考えた「命の思想」。それは古神道から由来するものです。土佐人は縄文を色濃く残しています。縄文人が自然とともに生きていたように、自然と交流しながら,神とともに生きていたのです。

 そういうことをとりもどすことによって、生きていく。自分たちの命を燃え上がらせることで生きていく。くだらないお金のやりとりでどたばたする生き方ではなくて、自然にそくして生きていく。そういう生き方を提唱したいのです。

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2008年7月20日 (日)

子供や青年は社会の宝物 7月25日(金)

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西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは濱﨑一途さんです。濱﨑さんは路上詩人はまじとして金曜日のはりまや橋商店街など高知県下各地で活躍されています。

 独特のアートな字。一度見たら忘れることができません。また濱﨑さんは収益の1部を児童養護施設に寄付されています。
 独特の路上活動をされている濱﨑さんにいろいろ聞いてみたいと思います。

 今回のテーマは「子供や青年は社会の宝物」です。

 濱﨑さんはご自身のホームページの中で、「今子供をお持ちの方ももたれていない方も。、もし自分の子供や、もしくは周りの子が虐待や育児放棄などの環境にあるなら、今すぐ救ってください。
勇気を出して、児童相談所に情報提供してください。」と呼びかけています。

 子供達をとりまく状況は深刻なのでしょうか?

Hamazi2_r 濱﨑 そうですすね。僕が育った施設に行ったときなど先生と話したりします。最近は圧倒的に虐待で入ってくる子供たちが多いとのことです。

 高知県には児童養護施設が8施設あります。どの施設も定員が一杯の状態のようです。状況は良い方向ではなく悪い方向に行っているように聞きました。

西村 濱﨑さんは仕事で稼いだ収益の一部を10万円になると県内の児童養護施設に寄付をされています。児童養護施設へも出掛けられ、講演をされたり、書下ろしをされているようです。
 子供達にはどのような話をされているのでしょうか?

濱﨑 自分が施設で育ったということ。また施設で育っている時の自分の考え方であったり、思い方。路上というところへ1歩踏み出してからの変化というもの。その流れを子供らに話しするとともに、今
僕は夢を持って動いています。って事をお話します。

 施設におるからどうこうではない。施設におるからこそマイナスというものを夢を持つことでばねにして夢をかなえてほしいと思います。

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西村 最近は大人も子供も「コミュニケーション」のとり方が下手なのでしょうか?
その不安につけこみ、あくどい商法もあるやに聞いています。

 マルチやネットワークビジネスなどは将来のある若い人達が取り込まれ、被害が増えているようです。防止するにはどういう心がけが必要であると濱﨑さんは思われますか?

濱﨑 そうですね。防止するには自分の周りに人から話を聞く、両親や友人であったり、経験者から話を聞くことが防止することの一つの方法であると思います。相談する、相談できる人を持っておくことが大事です。

 例えば相談ができない。周りの人にも相談できる人がいない。最終的にネットワークビシネスやマルチにひっかかる人はそれもまた経験ではないかと思います。やってみてずるずると深くいくのではなく。
やめるという勇気を出していくことで良い経験をしたと思えばいいのではないかと。

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西村 マルチにしてもネットワークビジネス、あるいは宗教やときに政治にいたるまで、友達関係を利用してつけこんでくる。自分はその気もないし悪気もないのですが、非常に困りますね。

濱﨑  僕自身の経験からしますと友達が「お前もどうだ」と言う話が何回もありました。友達が本気で自分のことを思っていりのならそこまでしつこく言わないと思います。

 本当の友達関係を築いてているのであればまたそれを断ったとしても関係は続いていく筈です。それを断って友達関係がなくなってしまえば、その程度の友達関係だったんだと僕は思います。

西村 仲間や友人がマルチや宗教にはまると、「お前が入会してくれないと困る」あげくに「おれはお前が入会しないと地獄へ落ちる」なんていわれることもあるかもしれません。
 社会経験の少ない若い人達がとりこまれるようです。濱﨑さんはどう思われますか?

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濱﨑 そうですね。自分がずっと友達であると思っていた人が「入会してくれんと困る」「お前が入会してくれんと俺は地獄に落ちる」とか言われたら助けてやりたい気持ちも出てくるでしょう。

 もし僕が入会しないと友人が地獄へ落ちると言われたら「俺は入会をようしない。地獄に落ちたときに自分を恨んでくれたらいい。」という感じで今なら言いますね。
 どうしても社会経験が乏しいとそういう言葉をかけられたときに迷うと思います。ですので先ほども言いましたが、相談できる人を見つけること。

 断れば友達でなくなるかもと思う人ももちろんいるでしょう。断ることも経験であり、それが自分を育てることになると僕は思っています。断ることも勇気を出してやることであると僕は思っています。

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西村 濱﨑さんは誰にも簡単にできない路上詩人の活動やヒッチハイクしながらの路上詩人の活動をされています。一般的な会社員などの仕事とは異なる世界を知っている人であると思います。

 その貴重な経験から青少年にアドバイスをするとすれば何を語られますか?

濱﨑 はい。人生という大きなものを見たときに、生まれてから死ぬまでに選択は全部自分やと思います。たとえば自分が行った小学校、中学校、高校、大学まであったとしても、
親が言われたからうんうんではなく最後は自分の選択であると思います。もちろん就職もそうです。

 企業であったり、今いる自分の道であったり。
 
 では親兄弟、友人、先生はどういう存在なのか?それは「いろんな意味できっかけをくれる存在」であると思います。

 それは良いきっかけもあれば、悪いきっかけもあるかもしれません。きっかけをくれる周りの人に感謝をすることです。感謝を通り過ぎると依存と言うことになりますと甘えになったり悪い方向へ行ってしまします。

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 その依存せずに、常にきっかけをくれる周りの人に感謝して、きっかけを自分で受け入れて最後自分が答えを出す。それが僕は大事であると思います。もちろん失敗するということもあるでしょう。
それも僕は経験であると思います。経験してさあ次はどうする。

 いろんなきっかけを頂いて、いろんな経験をして、最後は自分が選択して自分の人生を面白く楽しく生きてもらえたらと思います。

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西村 高知は所得が低く、また離婚率が高い県です。育児放棄や児童虐待も多いと聞きます。学校へ行けない子供も多いようです。
 既存の進路を外れると自信を取り戻せない人が多いように聞きます。
 子を持つ親に対してどのようなメッセージを話していただきますか。

濱﨑 僕は未だ親という経験をしたことがないので偉そうなことは言えません。自分が子供に対して、「生んだ子」というとらえかたではなくて、生まれてきてくれた子供。自分を育てに来てくれた子供。
という捉え方もできるのではないか。1つの捉え方だと思います。

 そうすることで目の前の問題に対して自分のことのように本気で立ち向かえると思います。そのことで子供とも本気で向き合える。目の前の問題から逃げることではなく立ち向かう。
子供のせいのするのではなくて社会のせいにするのではなくて、自分を育てるつもりで、本気で子供に対して問題に対してぶつかっていってほしいと思います。

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西村 今年の4月にも香南市の女子中学生が自宅で硫化水素自殺をしました。日本は自ら命を断つ人が3万人もいます。
 濱﨑さんはどう思われますか。まためいめい何をしたら自殺者は少なくなると考えますか?

濱﨑  そうですね。決定的になにをすればということはわかりません。親と子のコミュニケーション。人と人とのコミュニケーション。夫婦のコミュニケーション。それが大事なんではないでしょうか。

 僕個人の意見ですけれどもニュースでこんな事件がありました。自殺がありました。殺人がありました。マスメディアはひとつの事実を伝えるツール(道具)であるとは思います。
でもそれを見て逆に増えるのではないか。僕は心配します。

 仮に一ヶ月に1万人自殺がありましたとニュースを見たら、自殺がもっと身近なものと思う若者が増えて、さっきの連鎖反応ではないですけれども増えていくのではないか。
 メデイァに関わる方もそこを考えたら自殺を少しでも少なくする方法が見つかるのではないかと思います。

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2008年7月13日 (日)

へたれてる人へのメッセージ 7月18日(金)

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西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは濱﨑一途さんです。濱﨑さんは路上詩人はまじとして金曜日のはりまや橋商店街など高知県下各地で活躍されています。

 独特のアートな字。一度見たら忘れることができません。また濱﨑さんは収益の1部を児童養護施設に寄付されています。
 独特の路上活動をされている濱﨑さんにいろいろ聞いてみたいと思います。

 今回のテーマは「へたれている人へのメッセージ」でお話を聞きます。

 日本はこの7~8年前から年間の自殺者が3万人を超えています。世界有数の文明国であるのに将来に絶望して自ら命を断つ人が大勢います。
 濱﨑さんはこの問題に対してどう思われますか?

Hamazi1_r_3 濱﨑 まず率直に僕が感じるのは「もったいない!」と思います。命のことですね。また自殺しやすい社会になっていると感じます。
 じゃあ自殺しやすい社会がどういう社会なのか。たとえば小さなありがたいことや、感謝されることをしてもらっても気付きにくい社会。そうなっているいのではないでしょうか。

 その気付きにくい社会プラス、気付きにくい人間になっている。そうなっているのではないでしょうか。

西村 また最近は若い人たちに将来を悲観する人達が増えています。
 学生から就職する時期が早くなり、企業の募集時期も決まっています。いったんコースを外れたらなかなか正社員にもなれない事態になります。

 その現実に悲観して行動したり、ひきこもってしまったりします。そうした若い人が多く出てきたいます。

 同じ世代としてどう思われますか?

Shouroku03_r_2

濱﨑 コースを外れたからもうだめだ。というのは間違いであると思います。僕はコースを外れてはじめて気付くこともあると思うんですよ。
 例えば昔であれば親御さんであったり、コミュニケーションのなかで、コースを外れたらこうなるよ。親とか周りの人が教えてくれて、
予防じゃないですけれど、教えてくれたことを糧というか自分のなかの材料として、コースを外れないように正社員であったり、その自分の選んだコースを一生懸命生きてきたと思うんです。

 そのコミュニケーションうんぬんがやはり薄くなっている。やはり自分で正社員になったときに嫌なことがある。すぐに辞めてします。コースを外れたら外れたらで、「
あんな良いところを辞めてもったいない」とか言われてへこんでひきこもってしまうとか。

 もしコースを外れてもそれだけがすべてではないので、外れたら外れたで気付けることに気付いて、そこからどうするのかということに取り組んでいたらと僕は思っています。

西村 子供たちについてお聞きします。濱﨑さんは子供達を観察されてどう思われますか?
 「なんかおかしい。」「いやなかなか将来頼もしい」という事例はありますか?
 また最近の子供達は元気がありますか?濱﨑さんが子供の頃となにか違うなという点はありますか?

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濱﨑 僕はいろんなイベントや路上とかでいろんなお子さんにお会いする機会があります。いろんなお子さんの目を見て言葉を描いています。いろんな目を見させていただいています。

 目を見るなかで、子供はきらきらした、わくわくした目をしている子供が多いです。なかには力のない目をした子供もいます。お子さんに書かせていただいた場合には。「〇〇くん夢ある?」と聞きます。

 例えば看護士さんになりたい。スチュワーデスさんになりたい。とか聞いた後に「なれると思う?」と子供たちに聞き返します。その時に「絶対なれる!」という子供がいたり、「
わからん」という子供もいたり。「なれん!」と言い切る子供もいます・

 昔と今の子供の違いはゲームですね。僕もゲームは嫌いではないですが、カードゲームとか、そのゲームが子供達の中心に今はなっているようですね。昔なら公園で野球をしたり,
昔ながらのあそびでを子供達みなでしていました。それが中心でしたがその中心が変わってしまったことによって子供の質もそんどん変わっていっているのではないでしょうか。

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西村 そうですね。スポーツをしている子供達も居ますが、必ず大人が指導していますし。野球でもサッカーでもそうですね。コーチがいて汚い言葉で子供に当り散らしているようですし。
近所の公園でしています。コーチのおんちゃんらあもボランティアでしているでしょうし。

 男の子でもゲームが流行りましたね。ファミコンと言うたのでしょうか。子供が公園で遊ばなくなりましたね。

濱﨑 イオンでも見かけますね。DSしながら歩いている子供もいますし。

西村 そのあたりでコミュニケーションする力が衰える弱ると思いますね。子供同士がぶつかったり喧嘩して覚えることもあるでしょうし。
 濱崎さんがさきほど言われたようにコースを外れてはじめて気付くことがキーワードではないかと思いますね。

濱﨑 そうですね。

西村 また路上詩人の活動をされているときに、声をかけてくる人はどういうタイプの人が多いのでしょうか?
 人生相談的な内容の話もされるのでしょうか?

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濱﨑そうですね。比較的女性の人がお客さんとして多いです。20代から70代,80代と幅広いです。もちろん男性の方も多く来て頂いています。

 人生相談的な内容もあります。話の中で良く相談されることは、ベスト2はと言いますと、「夫婦問題」と「親子問題」です。

 僕自身がまだ結婚していないので夫婦の経験がありません。また親子ですが、僕も小さい頃に親をなくしていますので、施設で育ちましたので、親子関係の経験も少ないです。

 そういう相談をされたときは、もちろん相談も聞きますが、僕はこうこうこうでという経験上のアドバイスではなくて、ただ自分が感じたことをお話するので少しでもきっかけになればということでお答えをさせていただいています。

西村 濱﨑さんも「へこむ」ときはありますか?そんな場合はどうやって充電されているのでしょうか?

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濱﨑 もちろんへこむこともあります。昔に比べますとへこみにくくなりました。それはプラス思考になったからというのもあります。
 それでも今でもへこむことはあります。へこんだ時は仕事の場所から離れれる場所へ行きます。高知県内ですと仕事の電話があれば仕事へ行ったりします。県外へ1人旅であったり、1泊旅行だったりして充電して、回復して戻ってきます。

西村 濱﨑さんは目標を決めて児童養護施設に寄付をされています。施設の子供達は元気がありますか?また元気がないときには濱崎さんはどういう言葉や行動で励まされるのでしょうか?

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濱﨑 児童養護施設の子供は、すごく元気のある子供、元気のない子供がいます。そういうときには僕は、こういう言葉をかけるということはしていません。
 励ます言葉よりも、自分が施設出身のこういう人がいるということを子供達に伝えて僕の姿を見ていてくれ。と言います。

 子供たちにそう伝えて子供達に僕の姿を見せながら、子供にとって励みになればと思います。

西村 全国各地をヒッチハイクで廻られ、路上活動もされていたとも聞きました。どうだったでしょうか?また次に行かれるのでしょうか?

濱﨑 2年前に高知から東京までヒッチハイクをしながら旅をしました。それ以来していません。また機会があれば自分が楽しみながら面白く旅をしたいと思っています。

 次に行くのであれば九州方面、九州1周のヒッチハイク、旅をしてみたいと思っています。

西村 ヒッチハイクをしながら、路上でのアートな活動もされながらということでしょうか。

濱﨑 はい。そうです。いままで高知で活動してきまして、高知県のお客さんだけの触れ合いでした。旅に出て初めて県外のお客さん、香川や岡山や名古屋やそれぞれの県民性を肌で感じました。

 そういう意味で旅に出て初めて感じることもありますね。
 ヒッチハイクをしたら変わりますね。ひきこもりのこどもたちが勇気を持って挑戦すれば変わりますね。「可愛い子には旅をさせよ」と昔の人はいいますね。

 今は危ないとかいいますね。僕は旅に出るときは死ななければ全部ネタになると思いました。

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2008年7月 6日 (日)

アートな字からのエネルギーについて 7月11日(金)

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西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは濱﨑一途さんです。濱﨑さんは路上詩人はまじとして金曜日のはりまや橋商店街など高知県下各地で活躍されています。

 独特のアートな字。一度見たら忘れることができません。また濱﨑さんは収益の1部を児童養護施設に寄付されています。
 独特の路上活動をされている濱﨑さんにいろいろ聞いてみたいと思います。

 今回のテーマは「アートな字からのエネルギーについて」でお話を聞きます。

 アーティストとしての活動内容についてお話を聞かせてください。独特な字は浜崎さんが考案されたのでしょうか?モデルとなる字があったのでしょうか?
 またアートな字は将来変化するのでしょうか?

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濱﨑  僕は筆文字を始めたのは、先週もお話しました軌保博光さんの「答」という本があります。その本を手にしましてそこに筆文字がありました。僕もやってみようと思いました。

 自分描きたい筆の流れであったり。最初は真似から始めました。その後筆の持ち方など独学でやってきました。

 将来変化するのかどうかということですが、僕の基本的なコンセプトは「その時に描きたい字を描く」その時に運びたい筆の流れであったり。将来的にはどんどん変化はしていくと思います。

西村 ビジネスとしての活動についてお聞きします。看板とかポップ・アートも作成されるのでしょうか?どういう業界の人達が濱﨑さんのアートを活用されているのでしょうか?

 おかまいない範囲でご紹介ください。

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濱﨑 看板とかメニューとかのお仕事を頂いています。飲食業で個人経営をされている方の依頼が比較的多くあります。
 筆文字の延長線であれば依頼があれば出来るだけ力になるように仕事をさせていただいています。

33_r_2 西村 濱﨑さんのアートな字を活用し選挙運動された候補者は上位の成績で当選されました。幸運を呼ぶ力があるのでしょうか?
 また結婚式の披露宴のウエルカムボードなども制作されたとも聞きましたが反響はいかがでしたでしょうか?

濱﨑 幸運を呼ぶ力があるのかということですが、パソコンで描く字よりも、筆で描く文字のほうが力やエネルギーは入ると思います。

 ウエルカムボードですが、最近増えています。いつもの結婚式にはない変わったことで依頼を受けています。結婚式の披露宴に来られたお客さんにも喜んでいただいています。嬉しく思っています。

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西村 濱崎さんのアートな字が商品のパッケージにも採用されているようですね。具体例を教えていただけないでしょうか?

濱﨑 最近手がけさせていただいた仕事のなかに、大豊町の碁石茶という茶があって、その碁石茶を配合した碁石茶石鹸があります。碁石茶石鹸のパッケージを描かさせていただきました。

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西村 濱崎さんに頂いた名刺には筆文字カンパニー「オージャス」と書いてありますがどのような意味なのでしょうか?

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濱﨑 インドのサンスクリット語の言葉の中に「身体を流れる活力素」という意味を「オージャス」というそうです。そのキーワードを僕の個人事業の屋号にしました。

西村 濱﨑さんはいろんな場所や部位にアートな字を描かれていると思います。今後書いてみたいところはありますか?

濱﨑 一番僕が希望しているのは車です。車に直に描いて見たいです、一つのパフォーマンスとして音楽にのせて車に描く。一番今やってみたいです。
 その他、人が着ている着物に直接描くとか、パフォーマンスを入れたアートというものをやりたいと思っています。

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西村 「路上ライブ」をして「アートな字」を描かれていますが、訪れる人たちとの会話ややりとりをエネルギーにしているからなのでしょうか?
 またアートな字体は時々「変化する」とも言われていますが、毎年変化されているのでしょうか?

濱﨑 来てくれたお客さんとの会話ややりとりはもちろんエネルギーになります。やはりその日に出逢えたことが、出逢ったお客さんから学ぶ事もすべてを含めて僕が動くためのエネルギーです。

 字体は変化しますが、1年ごとに変化するとか決めているわけではありません。僕自身の変化と字の変化が比例するのです。僕の感覚が変われば字も変わります。

西村 アートな字は、依頼されて描く場合と、路上で即興で描く場合とで異なるものなのでしょうか?

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濱﨑 路上のほうが、その場の雰囲気があります。お客さんがいて僕がいて。僕のほうは緊張感もあって。場の雰囲気の中で双方のエネルギーを詰め込んだ作品ができる。
 路上のほうがよりエネルギーがある作品になると思います。

西村 さきほど濱崎さんは「車にアートな字を描いてみたい」と言われていました。字を描く車と言えば、会社のネーミングであるとか宣伝として見ますね。そういうものではないと思います。どのようなイメージを描けば良いのでしょうか?

濱﨑 一般的に道路を走行している乗用車に、僕はパフォーマンスとして描く。その字を描く工程であったり。車に字を描くという面白さをお客さんなり僕も楽しみながらパフォーマンスとしてやってみたいと思っています。

西村 なかには濱崎さんの作業ではパソコンを使用することもあると思います。パソコンを使用してもベースは筆で描かれた字ですね。和紙に描いてものがベースでしょうか?

濱﨑 自分で描いたものをスキャナーで取り込んでそこからデータ化する作業であったり、字と他のものを組み合わせたり。パソコンでしか出来ない面白さもあります。

 新しい作品もでき面白さで僕は作品を創っています。

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西村 いつも濱崎さんの字を見ますと白い和紙に黒の墨を使用して字を描かれています。それが基本でしょうか?色を使用することはないのでしょうか?

濱﨑 基本的には墨の黒。和紙の白。白と黒のなかでどう表現するのかというのが僕のアートのパフォーマンスです。赤も使用したこともありましたが、今は白と黒を基調にしてパフォーマンスをしています。

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2008年6月29日 (日)

路上から見た街の姿

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは濱﨑一途さんです。濱﨑さんは路上詩人はまじとして金曜日のはりまや橋商店街など高知県下各地で活躍されています。

 独特のアートな字。一度見たら忘れることができません。また濱﨑さんは収益の1部を児童養護施設に寄付されています。
 独特の路上活動をされている濱﨑さんにいろいろ聞いてみたいと思います。

 今回のテーマは「路上から見た街の姿」でお話を聞きます。

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 濱﨑さんはアーケードなどで路上に座ってアートな字を制作される。何年ぐらい前からされているのでしょうか?
 また路上詩人はまじになる以前はどのような仕事をされていたのでしょう?

濱﨑 路上活動をはじめたのは4~5年前からです。路上詩人はまじになる前は高校を卒業して地元四万十市の物産を扱うお店で働いていました。今から約2年前に高知市内に出てきて営業の仕事をしていました。

西村 「路上詩人はまじ」になるきっかけは「ある人の助言から」と以前濱﨑さんに聞きました。路上に出られて「人生観が100%変わった」と言われていたことも聞きました。
 なにがどのように自分のなかで変化されたのでしょうか?

Hamazi1_r_2 濱﨑 あるひとの助言と言いますのは元吉本興業に所属していた軌保博光さんです。その方のアドバイスで路上を始めました。わかりやすい大きな変化で言えば自分自身物凄いマイナス志向でしたが
路上に出ていろんな出逢いや経験を経てプラス志向に変わっていきました。

西村 濱﨑さんは商店街(はりまや橋商店街など)で座られて通行人や商店街をじっくり観察されています。この2~3年の街の変化はどう思われますか?
 なんか商店街も元気がないと思われますが。

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濱﨑 確かに人の流れが少なくなった感じには思います。シャッターの閉まった店が目立ってきて明らかに元気がないなと思っています。

西村 濱﨑さんは筆と紙と机と敷物で、道行く人たちと対話されています。高知の商店街。どうすればもっと元気になると思われますか?

濱﨑 はい。僕の個人的なアイデアと言うか意見なんですけれども。まず商店街のオーナーさんたちが前をどんどん向くことです。
前を向くことの一つとしてオーナーさんが口にすることのプラスの言葉をどんどんプラスの言葉をどんどん使うことです。

 そのことが大事やと思います。商店街というかたまりを「チームとして考えて」盛り上げていく意識に持っていくことが大事であると思います。

西村 さきほど濱崎さんはプラスの言葉を商店主達は使うべきだと言われていました。「プラスの言葉」というのはどんな言葉のことを言われるのでしょうか?

濱﨑 「ありがとう」の言葉であったり、「素晴らしい」とか。商店街であれば「不景気」と言う言葉はマイナスの言葉です。そういう言葉を使うのではなくて「景気が良くなる」
という前向きな言葉がプラスのエネルギーを持った言葉であるということです。

西村 確かにそうですね。みんながみんな挨拶代わりに「景気が悪いね。不況だね。」「シャッターが閉まった店が多くてますます景気が悪いね」と言っていたらますます景気が悪くなりますね。
気もそぞろになって、商いに熱心さがなくなりお客はますます商店街から去っていくと言うことですね。たとえそうでも明るく前向きに元気でやろうということですね。

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濱﨑 そうであると思います。

西村 路上詩人活動で、「これは良いことで励みになる。力をいただいた。」ということはありますか?また嫌なことなどありましたか?

濱﨑 励みになった、嬉しいことはお客さんが喜んでくれる。お客さんが感動してくれる。このことは僕にとって嬉しいことです。また年齢関係なく、アドバイスをいただけることは僕にとって大きなことです。

 嫌なことは。2年ほど前に成人式の時に帯屋町にいました。成人式の日に成人式を迎えた男の子4人組がいました。僕の前を歩く時に吸っていたタバコを僕のほうに投げたことがありました。

 そのときは正直ショックでした。みんながみんな僕を評価してくれているわけではない。若者のその1つの行為はもっと頑張って名前も知ってもらわなくてはならないと思いました。

西村 路上で活動されている濱﨑さんに初対面の人が声をかける場合、どうすれば良いのでしょうか?

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濱﨑 よくお客さんがいないときはヘッドフォーンをして作品を描いているときがあります。その場合は直接声をかけられても聞こえない場合があります。
 そのときは肩をたたいていただくとか。していないときは直接声をかけてください。

西村 「路上詩人はまじ日記」の日誌(cgi)は毎日更新されているようですね。
 4月24日の日誌「連鎖反応」は印象に残りました。

 「人の想いは連鎖反応してしまう。言葉は連鎖反応を助長する。」

 「みんなが不景気やと口にすればお客さんは集るだろうか?
 空き店舗が目立とうが、売り上げが少し下がろうが、「景気よくなるね」と声をそろえたらどうだろう。変わるのは店主の意識やと思う」と書かれています。

 グループの「キーマン」の発言や行動も大事であるということなのでしょうか?

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濱﨑 僕は言葉が現実をつくる。現実を変えていくと思っています。実際昔と比べましたら商店街の人通りとか売り上げとか減ったかもしれません。
 その流れでお店のオーナーさんやスタッフが「不景気でもう高知は駄目だ。」とかいう言葉を口にしたら、余計に連鎖反応が起こります。

 悪いほうに悪いほうに行くと思っています。そういう状況でだからこそ、オーナーさんはさきほど言いました「プラスの言葉」で。もっと良いエネルギーのもとで不景気であっても「景気は良くなるよ。」
「高知は良くなるよ。」とか言葉の使い方。

 言葉の内容を変える。それが僕は大事であると思っています。例えばお店であればオーナーさんや店長さんがスタッフを動かすと思います。キーマンの言葉がどうしてもスタッフに影響を与えます。
キーマンの方が前向きな意識を持つということでスタッフに良い影響を伝えていけるのではないか。と僕は思っています。

西村 確かに濱﨑 さんに言われてはっと気がつきますね。自分らも商人ですから相次ぐ値上で、「値上交渉ばかりで嫌になりますね。」とつい取引先との商談でも愚痴を言います。
そうではなく明るく前向きな言葉を意識して使用すること。
 今後気をつけたいと思います。どうもありがとうございました。

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2008年6月22日 (日)

高知で知的・創造的な学習・交流の場の創出を 6月27日(金)

4_2 西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「 高知で知的・創造的な学習・交流の場の創出を」でお話をお聞きします。

 9月12日が締め切りで「第4回まんがの日記念4コマまんが大賞作品募集」について
お話下さい。一般の部は年齢制限がなく、プロ・アマを問わないそうですが・・
 かなりレベルの高い作品が応募してくるのではないのでしょうか?

奥田  11月3日の「まんがの日」を記念しまして「4コマまんが大賞」ということで、4コマまんがの募集をしています。今年で4回目の募集になりました。

 用紙はB4、作品は横10㎝×縦32㎝、1枚につき1点、一人3点まで。カラー可。
昨年は全都道府県から応募有。プロからの応募もありました。

 第1回では村岡マサヒロさん、矢野功さんが「よさこい賞」を受賞したりしました。
レベルは高いですが一般の人がプロに勝って受賞したりしています。是非トライしてください。

 ジュニア部門と一般部門に別れています。小学生以下がジュニア部門です。
ジュニア部門でも力をつけて常連となっている子もいます。
 応募作品は冬に「4コマまんが大賞作品展」で展示しています。

 一次審査を通過した作品は展示しています。本選で入賞に漏れても、入館者の投票で決める「ギャラリー賞」の可能性もあります。優れた作品が掘り起こされる可能性もあります。いろんな楽しみ方をしていただきたいと思います。

西村 高知で「知的・創造的な学習・交流の場の創出」を目標とするのであれば、マンパワーや予算も必要であると思います。理想論でいいですがどの程度のマンパワーと予算が必要であると思いますか?おかまいない範囲で説明してください。

 毎年11月に「まんさい」(こうちまんがフェスティバル)を開催しています。このイベントなどを成長させ、拡大していけば、「知的・創造的な学習・交流の場の創出」になるのではないのでしょうか?そのあたりの展望はどうなのでしょうか?

Photo_11(高知まんが集団似顔絵コーナー)

奥田 「まんさい」(こうちまんがフェスティバル)では、「まんがで遊ぼう!」(まんが体験コーナー)やまんが工房など、まんが家の先生と直接触れあったり、自分で描いたりできるイベントを開催しています。

 そのほかにも記念まんが館では夏休みまんが体験イベントであるとか、似顔絵コーナーでセミプロのまんが家の人達に似顔絵を描いていただくこともしています。

 そのほか、企画展に合わせて県外のまんが家の招聘、トークショーやサイン会など、プロと触れあえる企画を実施中です。プロと接する機会を活用いただきまして、どんどんとまんがを描く機会を活用していただきたいです。

 理想をいえば、「まんさい」のような体験型イベントや、似顔絵コーナーのようなものが、まんが館で"いつでも"体験できたり、まんが家を目指す人たち同士の交流の場・サロンのような形で使ってもらえるようになればよいと思っています。

西村 今一度お聞きしますが高知でなぜまんが家がたくさん輩出しているのでしょうか?高知でまんがが盛んなのか?基本的な質問ですがそのあたりはどうなのでしょうか?

奥田 そうですね。いろんな考え方があると思います。高知の県民性と言いますか。高知はもともと自由民権の土地柄で、反骨精神がよくいわれます。
 まんが、特に1コマまんがは風刺から始まっています。

 そういうところが高知県人とまんがの表現が合致したのではないかと思います。それでまんが家となって高知を出て行ったところを後輩が追いかける。
 
 また高知新聞のほうでまんが教室なんかの投稿コーナーがありました。高知マンガクラブの出身でプロになった方もいらっしゃいます。
 またまんがで活動するなかで高校でまんが部を創設したという高知出身のプロのまんが家で「自分が高校のまんが部をつくった」という人が結構います。

 そういう高校にまんが部があってまんがを描く環境が整えられていた。高校にまんが部やまんが研究会があるのはわたしも高知出身なので、あたりまえであると思っていました。

 県外で聞きましたら当たり前ではないそうです。まんが部がない高校も多いようです。高知の高校でまんが部があたりまえのように存在する風土が根付いていることが今につながっていると思っています。

Mangakoushienn20051 (高校生のまんが甲子園の風景。西村撮影)

Mangakoushien20052 (出場した高校はまんが部が主体でした。高知は普通にまんが部がありますが県外ではそうではないようです。写真は西村撮影)

西村 92年間の横山隆一さんの生涯を追体験することこそが、「 高知で知的・創造的な学習・交流の場の創出」になるのではないかと思います。

 これは横山隆一記念まんが館の最大活用になるではないかと思います。
。まんが館の一連の行事の中ではどうなのでしょうか?

奥田 隆一先生からは、まんがの技法はもちろんのこと、「人生を楽しむ」達人であったことを学んでほしいと思います。

 まんがだけでなく油彩画、水墨画、アニメなど、興味を持ったものすべてに挑戦する意気込がありました。
 それは珍コレクションや鉄道模型などのコレクションのほか、酒、ゴルフ、野球、カメラなど趣味も様々ありました。人生を楽しむ達人でもありました。

 鎌倉の隆一邸がまんが家同士が集う場であったのは、隆一先生の人柄あってこそ。
高知でもまんが館がその遺志を受け継ぎ、隆一邸の桜の接ぎ木をしてかるぽーとで育て、4月に「花見の宴」として高知のまんが関係者たちが集う場を設けています。

 「まんさい」のようなフェスティバルを企画しまして様々なイベントを楽しめるようなそういうところを。イベントの拠点となれるようなまんが館を利用していただきたいと考えています。

西村 「 高知で知的・創造的な学習・交流の場」は横山隆一記念まんが館であるということは良く理解できました。
 今後の行事の予定などありましたら、ご案内をよろしくお願いします。

奥田  企画展といたしまして7月19日から8月31日まで「所蔵展」を開催いたします。第2回目になります。
 「隆一はなこばこ」という企画です。「今 花・人・であい博」を高知県下で開催していますので、関連企画として隆一先生が描かれた油彩画で花をテーマにした作品を展示し来館者には楽しんでいただきます。

 まんが家が描く油彩画はどこかユーモラスで、楽しい気分がさせられる。そういう作品が多いので油彩画としてもまんがとしても楽しめるのではないでしょうか。こちらは入場無料になっています。ぜひご来館ください。

Okuda2_r (収録は多くの話題が話されました。)

 写真は奥田奈々美さんに提供いただきました。

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2008年6月15日 (日)

まんがを高知のメインカルチャーに

西村  今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「まんがを高知のメイン・カルチャーに」でお話をお聞きします。高知は伝統の「まんが甲子園」や高知新聞社の「高新まんが道場」など、地方でありながらまんが文化の振興に高知県は熱心でありました。

 最近は全国各地に「まんが館」が開設されているように聞いています。「これは面白い」「参考になる」という事例はありますか?

Photo_7 (長谷川町子美術館)

奥田 そうですね。横山隆一記念まんが館の先輩館になるまんが館はたくさんあります。例えば東京にあります長谷川町子美術館(1985)。まんが館として開館したのではなく長谷川町子さんが収集された美術品を公開するためにできた美術館です。そこでも毎年夏に恒例サザエさん展を開催、まんがのほうもとりあげています。

 サザエさんの町のジオラマに自分の家を建てるとか。面白い企画継続してされています。

Photo_8 (川崎市民ミュージアム)

 また川崎市にあります川崎市市民ミュージアム(1988)は総合的な博物館です。…美術、歴史、写真等をあつかっています。そのなかの1部門でまんががあります。まんがの研究者の方と学芸員の方が組まれて非常に密度の濃い企画展を開催されています。

Photo_9 (手塚治虫記念館)

 また宝塚市にあります宝塚市立手塚治虫記念館(1994)ですとかは、手塚治虫と関連した企画展に特化して開催されています。宝塚ホテルとも連携されて企画展にあわせた特別メニューをつくったりとか。単に見せるだけではない広がりを企画されています。

西村  奥田さんは2004年に日本博物館協会から優れた博物館学の研究が評価され棚橋賞を受賞されています。当時の報道記事によりますと「近年急造するまんがに関する博物館の抱える問題と連携の可能性を取り上げられた。」とあります。

 論文を書かれた当時の狙い。またその後のまんが館で展示や資料の整理の活動を通じて感じられたことなどありましたら、おかまいない範囲でお話ください。

奥田 当時はまんが館同士の交流があまりありませんでした。当館で「知る・行く・遊ぶ ~日本全国まんが巡り展~」という企画展を開催しました。各施設に呼びかけて資料をいただきました。展示品をお借りしたりということから協力を得られたことがきっかけ
でした。

 全国のまんが館がどんな状況になっているのか?それを調べようと思いました。わたしが論文を書いたきっかけでした。

 まんがの経済的効果が強調される昨今です。調査の結果、地域への経済効果を期待しつつも同時に、「地域住民の文化的要求の充足」を意識している館が多かったです。
経済だけでなく文化を意識されていることを感じました。

 また同時にあちこち問題をかかえています。煩雑な資料の数々の整理方法や、管理面などにも、様々な問題を抱えているところが多いこともわかりました。
 今後連携を深め問題点を共有化し対処に当たりたいと思います。

 せっかく立ち上げた企画展が1館だけで終わってしまう。その地域の人だけにしかひろがらない。そういう問題点も見受けられましたので、連携していけばいいなと思いました。

西村 その後各地のまんが館同士の交流が盛んになり、展示品や資料の貸し借りや企画のやり取りとか盛んになったということでしょうか。

奥田 まだまだこれからのところもあります。今度当館で秋に開催予定の「少女まんがパワー!」は、川崎市民ミュージアムとか京都の国際マンガミュージアムとかの巡回展ということで協力しあっています。

 去年開催しました「横山隆一・手塚治虫展」も宝塚の手塚治虫記念館と連携して開催いたしました。
 大きい館同士の交流は昔も今も行っています。今後は小さい館も含めて連携していきたいと思っています。

 昨年10月、これら日本のマンガ・アニメーションミュージアム連絡協議会の設立準備会が開かれました。まずは情報交換から始めることで、連携を深め問題点の対処に当たりたいと思っています。

Photo_10 (横山隆一・手塚治虫2人展の様子)

西村 例えば家内の友人7人が集って雑談をしているのを聞いたことがあります。マンガのことが話題になって(うちの子供が高知新聞にマンガで取り上げられ記事になっていた)も7人のうち1人しか知らないようでした。
 まだまだまんがは話題にはなっていないようです。そう感じたりすることも多いようです。奥田さんはそのあたりはどう思われますか?

奥田 メジャーというのはメインカルチャーという意味でしょうか?

西村 美術とか芸術とかのほうがまんがよりは格が上で、まんがは一段下のように思われています。
 例えば今でも通勤電車の中で大人がまんがを読むことはいかがなものか。と眉をひそめるような論調があります。そのあたりはどうなんでしょうか?

奥田 個人的には美術がまんがより格上であるとか思っていません。まんがを知っている人が1人しかいないという事例にしても。同じ集団で美術の話題がわかるかと質問したらどうなったでしょうか。たぶん比率的には変わらないと思います。

 例えばフランスではまんがは「第9の芸術」と言われています。美術、音楽、文学とかと肩を並べています。同じように論じられています。

 むしろまんがをサブカルチャーという風にとらえられているのか。どうしてそう思われているのか。わたしは問いかけたいと思います。

西村 フランスではまんがは完全に音楽や美術、文学と同等の扱いになっているとか。具体的にどのようになっておりますか?

奥田 国立のまんが映像センターがあります。国がまんがを奨励しています。日本でも国立のまんが館こそありませんが、例えば横山隆一さんがまんが家として初めて文化功労者に選ばれていました。

 また日本漫画家協会がだしている賞のなかに文部科学大臣賞とかあります。国もまんがを奨励しているようです。文化と名の付くいろんなものもありますし、実際に顕彰し認めていこうという動きもあるなかで、なぜ、まんがが格下に見られれるのかわかりませんね。

西村 奥田さんの言われることもわかります。
 国がまんがを奨励するのであれば、国はもっとどんと予算を出すべきであると思います。顕彰するなりまんが家を育てるプロジェクトのほうを力を入れるとか。
 科学者を養成するのになにかをすることはありますね。まんが家を養成する為に予算を組んでプロジェクトを立ち上げたという話は聞きませんね。
 力の入れ方が日本は弱いように思います。

奥田 世界的なまんが賞が出来たりしています。その後どうなったのか。どういう動きがあるのかはこれから見守っていきたいと思います。
 まんがというものはそれぞれの書き手(まんが家)がそれぞれの力で育ってきたこともあります。

 たぶんそれに未だに頼っている状況であると思います。自分達の力でやり遂げてきたことこそが、まんがの持つ力の一つだと思いますので、国の手助けを必要とするかどうかは、また別の話かもしれません。。当館としては、頑張っているまんが家の皆様をできる限り応援していきたいと考えています。

西村 実際にまんがの活用で地域が元気になっているところはありますか?事例があればご紹介ください。

Ishimorisyoutaroukinenkan (石ノ森萬画館の学芸員。写真は川村公志さん提供)

奥田  例えば宮城県にある石ノ森萬画館(石ノ森章太郎氏を顕彰する施設)では、萬画館主催で市民参加のまんがイベントを開催しています。
 また、石巻駅から石ノ森萬画館までの1㎞にまんがモニュメント14体を設置しているほか、空き店舗のシャッター、壁面にまんがが描かれており、商店街を歩かせる工夫が凝らされています。

 人の流れを商店街につくるので商店街の活性化にまんがを使っているという事例になると思います。

 また鳥取県境港市では、「水木しげるロード」として、800メートルにわたり、商店街の歩道に妖怪のブロンズ像(86体)レリーフ等を配置しています。その終点に水木しげる記念館を設立。商店街の中にショップ「妖怪舎」もあり、商店街が観光客でにぎわっています。着ぐるみ達が街中を歩いてみたりとか地域が元気になるという成功事例も生まれています。

 高知もそうしていきたいなと思っています。

(川村公志さん提供以外の写真は奥田奈々美さんに提供いただきました。)

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2008年6月 8日 (日)

横山隆一先生の資料の保管と整理について 6月13日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「横山隆一先生に関する資料の保管と整理について」お話を伺います。

 以前奥田さんに聞きましたが「まんが館開館前に開館以前に横山隆一先生に膨大な資料(数万点)を寄贈いただき、未だ未整理状態の部分が多いのです。」とのこと。
 多くの作品を制作され、交流関係が広かった横山隆一先生。どのような資料があるのでしょうか?おかまいない範囲でご紹介いただけないでしょうか。

Okuda1_r (収録風景です。)
奥田 収蔵資料のおもなものはまんが作品になります。横山隆一先生はそれ以外に油彩画やジオラマも残されています。
 アニメーションの制作もおとぎプロでされていましたので、その関連資料もあります。また書籍関係もあります。

 そのほかにも多趣味のひとでしたので、珍コレクションもあります。お金をかけて収集したものではないけれども面白いもの、他の人からみればがらくたかもしれないけれども、ご本人にとっては貴重なもの。

 例えば川端康成さんの胆石とか。警視総監の指紋とか。があります。

 またコレクションではカメラとか。鉄道模型とか。いろんなコレクションがあり多趣味なひとであると思います。

 交流されていましたので、漫画集団の中心人物でしたので交流の資料もあります。あと画材とか、服とか写真とかの個人資料も寄贈していただいています。

・ 作品:まんが原画、油彩画、ジオラマ、書籍、アニメ(おとぎプロ)関係 など
・ コレクション:珍コレクション、カメラ、ベレー帽、玩具類 など
・ 交流資料:漫画集団関係資料、早稲田大学 など
・ 個人資料:画材、衣服、写真 など

西村 横山隆一さんの代表作品「フクちゃん」を実際に若い頃読んで知っている人は高齢者になっています。でも横山隆一さんは幅広い交流があったことが持ち味であると思います。

 以前「横山隆一・手塚治虫二人展」をまんが館へ見学に行ったことがあります。手塚治虫氏は少年時代横山隆一氏の作品を模倣し、模写を繰り返していたとか。大作家になってからも交流は続いたとのことでした。

 横山隆一さんに関しては他にもそうした事例が大変多い人ではないかと思われますが・・・

Photo_4 (横山隆一・手塚治虫2人展の様子)

奥田 特に知られていますのが手塚治虫さんとの交流です。弟子入りを申し込む人たちも多くいたそうです。自作を送って評価してもらおうとする人もいました。
 高知出身の改田昌直さんというまんが家は作品を送って、批評をいただいてということもされていたようです。サトウサンペイさんもそうでした。

 当館の開館記念座談会をしました。まんが家の方が多くこられました。石原慎太郎東京都知事も来られて横山先生との思い出を語られていました。
 ちばてつやさんも来られていました。中学・高校の時からずうっと見てる」「あの柔らかいタッチ。ああいう漫画をかくと、一番ホッとするし僕自身も原点にある」と横山隆一先生の作品について述べられていました。

 また藤子不二雄Aさんもコメントされています。どちらかというと、手塚先生のまんがを読んで、この世界へ入ったが、手塚先生のタッチとは別に、横山先生の、あの線のタッチの何とも言えない暖かさがすごく大好きで、中学・高校の頃、スケッチブックに横山先生の書かれた背景(だけ)を模写して書いていた」「ホントに楽しいというか、見ていて心が温まるような線である。」と言われていました。

 後続のまんが家にも与えた影響は大きいと思います。

西村 現在横山隆一記念まんが館の展示の構成についてお話をお聞きします。横山隆一先生の生い立ちについて説明しているコーナーがあります。作品であるとか展示がわかれていると思います。

 そのあたりはどのような構成になっているのでしょうか?

奥田 横山隆一記念まんが館の常設展示は横山隆一展示室と名前をつけています。
 大きく2つのコーナーに別れています。
 前半部分は「わが遊戯的人生」ということで横山隆一先生の作品世界の紹介をしています。まんが作品、とくに代表作であるフクちゃんコーナー。アニメーション制作会社であるおとぎプロのコーナーなども含まれています。

Photo_6

 後半部分は「わが遊戯的世界」と名前をつけています。例えばアトリエの再現ですとか、ホームバーを実物で再現したりとか。鉄道模型のコレクションをつかった展示「隆一GARAGARA」というようなものとか。

 さきほど紹介した珍コレクションとか。交流とか少年の心を忘れなかった。まんがを制作する上での原点にあたるようなものを人柄を検証する意味で展示しています。

Garagara
西村 魚々タワーというのが横山隆一記念まんが館にあります。隆一先生がこの記念まんが館会館のために制作されたのでしょうか?

Photo_3

奥田 はい。まんが館に1つシンボルタワー的なものをほしいということで、魚々タワーという高さ9メートルになる魚をテーマにしたモニュメントです。
 まんが館3階から5階まで吹き抜けをつくりました。定時になりましたら音楽とともに演出もあったり工夫もこらしています。

西村 わたしは横山隆一記念まんが館入り口にあるフクちゃんの人形が置いてある壁面をウエルカム・ボードと勘違いしていました。この壁はどういう由来があったのでしょうか?

奥田 まんが館入ってすぐ、まんがライブラリーのエントランスの部分です。「こんにちは」というタイトルをつけています。
 ガレージの扉絵として(横山隆一邸にて)使われていました。直接横山先生のオタクへ来られた人の目を楽しませていました。

 まんが記念館が出来るにあたって作品として仕上げていただきました。まんが記念館に来館いただいた人たちに最初の作品として展示しています。

西村 横山隆一記念まんが館なんですが、今年開館7年目と聞いています。また今後いろいろ大きなプロジェクトも奥田さんのほうで考えているようにも聞きました。そのあたりをご紹介ください。

奥田 来年2009年は横山隆一先生の生誕100年になります。そこで記念して大々的な企画展を開催したいと思っています。
 交流資料として他の作家が描いたフクちゃんであるとか。横山隆一先生が長谷川町子さんにペンを贈っているんですけれどもそういうものも展示し、横山先生の交流の幅を紹介していきたいと思っています。

西村 あらためて横山隆一記念まんが館の開館時間などを説明してください。

奥田 開館時間は午前9時から午後6時までです。毎週月曜日が閉館になっていますが、祝日は開館しています。

 入館料は一般は400円。高校生以下は無料となっています。

 またまんがライブラリーがあります。まんが関係書籍1万冊を用意しています。まんが館入り口は行ったすぐ近くにあります。こちらは入場無料になっていますのでお気軽に来館ください。

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2008年6月 1日 (日)

高知のまんがあれこれ展について 6月6日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市・横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「高知のまんがあれこれ展について」でお話をお聞きします。

 4月26日から6月15日までの予定で「高知のまんがあれこれ展」が高知市文化プラザかるぽーとの横山隆一記念まんが館で開催されています。
 まんが館のホームページによりますと「高知で活動する作家や団体のまんが作品を多数展示します。」とあります。今一度その内容や展示について説明をお願いします。

Arekoreten1_r (高知のまんがあれこれ展の会場の様子)

奥田 はい。メインとなっているのが、皆さんご存知の「まんが甲子園」です。
 初回からの最優秀作品をずらっと並べてあります。また前年度の入賞作品も全部展示しています。

Arekoreten2_r (まんが甲子園入賞作品)
 来館者はまんが甲子園の歴史をまずご覧いただきます。

1

 また高知のおなじみのまんが関係の活動としまして高知新聞さんが主催されておられます黒潮マンガ大賞ですとか、また当館が主催していますが「まんがの日記念・4コマまんが大賞」の昨年の入賞作などを展示しています。

 その他にもまんがの関係ということで自由民権記念館のほうで高知漫画集団の田所のりあきさんに依頼して作成された「民権紙芝居」も展示しています。

 そのほかにもNPO法人マンガミットや高知インディーズマガジン(高知で活動されているアマチュアの漫画家の人たちで作っているまんが雑誌)であるとか。

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  高知インディーズマガジンHP http://kochiindiesmagazine.web.fc2.com/

2hyousi 3hyousi

 また和紙に描いた絵を使ったアニメーションを生活創造工房が土佐民話をテーマにした「さるのつべはぎんがりこ」というアニメーションもつくっています。その作画を展示し、アニメも上演しています。

 またまんが館の講師として来られています小笠原まきさんの絵本「パンチャタントラ物語」(寓話絵本)の原画なども展示しています。ひじょうに盛りだくさんな内容になっております。

(参考) 高知のまんがあれこれ展の出品作品

・まんが甲子園
・黒潮マンガ大賞
・まんがの日記念・4コマまんが大賞
・民権紙芝居
・NPOマンガミット
・『高知インディーズマガジン』
・生活創造工房「さるのつべはぎんがりこ」(和紙に描いた素朴な絵のアニメーション)
・小笠原まき「パンチャタントラ物語」(寓話絵本) ほか

西村 高知のまんがあれこれ展をわたしも鑑賞させていただきました。
 印象に残りました作品がいくつかありました。例えば進路選択に悩む高校生が、先輩を訪ねて啓発を受けて理髪師になる物語がありました。印象に残りました。

 また建設会社に入社した若い人が、職場の先輩のアドバイスに従って建設業の奥行きの深さに目覚めていくストーリーまんがも印象に残りました。

 これらのマンガは企業や団体の協力があって制作されたものなのでしょうか?

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奥田 協力があってというよりも、むしろ企業側が(仕事の内容を)まんがにしてより伝えやすくしたい。という希望がありました。
 理髪師さんのマンガはNPO法人マンガミットが依頼を受けて制作したものです。建設業のほうは、国際デザイン・ビューティカレッジのマンガ・アニメ科が制作した作品です。

 なにかを読者の人に伝えたい時にまんがの形にしますととても読みやすいし、伝わりやすい。企業側がまんがという伝え方を選んで選択したということです。

西村 それともう1つの作品で「ごっくん馬路村物語」もあったようなのですが。あれなんかもどういう形でストーリーまんがになったのでしょうか?

奥田 あれも同じく中四国農政局で企画されました。それを国際デザイン・ビューティカレッジのアニメ科の生徒さんたちがマンガにしたものです。ごっくん馬路村をはじめとして、馬路村の商品展開や市場開拓の上手さがうまく表現されています。

西村 「まんが甲子園」は全国的にもかなり関係者に認知されてきたと思います。昨年はまんが雑誌社の編集者も来ておりましたし。「高知のまんがあれこれ展」は、「高知をまんがのまちにしよう」という大きな戦略があるのでしょうか?地元の作家の掘り起こしになるのでしょうか。

奥田 あれこれ展は、「まんがのまち・高知を知っていただこう」という意図で開催しています。県外から来られる来館者の、皆様に高知はもともとまんががあふれている。それが意外に見過ごされているところがある。

 そういったところをあらためてまとめて見返していただこう。そうした意図で開催させていだいています。「まんが甲子園」もそのなかの1つということです。まんがの活用例ですとか。まんが賞もいろいろあるいということを知っていただきまして、いろんな可能性があるということを感じていただければと思っています。

20073 (2007年まんがあれこれ展の様子)
西村 高知の現在のまんが界の状況ですが、広がりはあるのでしょうか?

奥田 高知のまんが文化は「継続されている」ことに意義があると思います。例えば高知新聞のまんが投稿欄である「高新まんが道場」も昨年20周年を迎えました。投稿コーナーが継続すること自体がすごいことだと思います。

 続けていくことによって(まんが文化が)土壌として高知に根付いていっているのではないでしょうか。
 続いていく中で例えば「まんが甲子園」が実行委員会方式。実働部隊による運営形式に変わっていったりしました。「黒潮まんが大賞」もずっと4コマまんがでしていたのが、ストーリーまんがに特化したりとか。変化していることをいろいろと感じています。

 続いていくなかでステップアップして発展させていこうという意気込みは多々あります。それぞれ活動していることを結びつけてお互いが協力できるような体制を母船(マザーシップ)のような存在になればと考えています。 


西村 地元高知のまんがグループとして 高知まんがグループくじらの会や高知漫画集団などの動きはどんなものでしょうか。

奥田 そうですね。高知漫画集団、高知漫画グループくじらの会=高知在住のセミプロ、アマチュアのまんが作家からなるグループ。高知のまんが文化の一翼を担っています。県内の大きなイベントごとに似顔絵コーナーであるとか。まんが教室なんかをされて表へでられたりしています。

 また当館でも毎年3月に「まんが。漫画。マンガ展!」というものを恒例行事として開催しているのですけれども、それでテーマに沿った書き下ろし作品を出されたりとか。また1年間書き溜めた作品を一挙に公開したりとかの場に使っていただいています。

 発表の場があると創作意欲が沸くと言われています。そういうような新作を書き下ろしたりしつつ、更に「まんが、漫画、マンガ展!」でも似顔絵コーナーもしています。毎年恒例になっていますので似顔絵を描いてもらいに毎年足を運んでいただく市民の方もおられます。

 お子様の成長記録を残すとか。そういう動きもありまして。見てらの楽しむとか。見る側も展示する側もいろいろ受け取り方ができるいような展示であったりとか。

Photo (漫画、漫画、マンガ展の様子)

西村 高知出身のまんが家は数多くおられます。まんが館と親密な関係の作家は何人かおられるのでしょうか?

 スポーツ界であればJリーグやプロ野球選手などはプロ選手などが、少年達にコーチングしたりしています。
 まんが界でも高知の場合はそういうしくみがあれば良いのですが・・

奥田 高知出身のまんが家さんは多数おられます。とても多くの方から協力していだだいていますます。

 特に高知在住のまんが家さんには「まんさい -まんがフェスティバル」(11月3日の「まんがの日」)に積極的に参加いただいています。

 くさか里樹さんは「まんが100秒バトル」「4コマにチャレンジ」など審査のほうで参加いただいています。

 また高知新聞の「きんこん土佐日記」で県民にはおなじみの村岡マサヒロさんは「すみっこで会いましょう」ということで、子供達とお絵描き対決をすることに出ていただいています。審査もしていただいています。

 正木秀尚さんはスクリーントーンなどを使用した本格まんが指導をされています。

 まんが家とじかに触れ合えることでこどもたちが刺激を受けているように見受けられます。

 村岡マサヒロさんが子供の頃に学校の先生に自分のまんがを誉められたことをきっかけにまんが家として頑張ってまんがを描いていこう。と自分で思われたことがあったそうです。

 それで子供達を誉めて良いところを伸ばしていこう。そういう指導のしかたをされています。そういう交流も続けて行っていただいてまんがを描く楽しさを伝えていけたらな。と思います。

Photo_2 (まんさい会場風景)

(ブログ記事の挿入写真は奥田奈々美さんに提供いただきました。)

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2008年5月25日 (日)

ユニバーサルな社会をつくろう! 5月30日(金)

西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「ユニバーサルな社会をつくろう!」です。ゲストの皆様は福祉分野のそれぞれのお立場で活躍されています。それぞれ理想の社会というものを思い描いていることでしょう。

 災害対策でお聞きします。二葉町自主防災会では防災マップ(ハザードマップ)を作成する時に二葉町に隣接する鏡川大橋歩道を「災害時要援護者一時待避所」として、橋を管理する国土交通省土佐国道事務所に、認めていただきました。

Futababousaimap 

 車いすや介護を受けている人は階段を上れないからです。二葉町自主防災会では、町内の3階建て以上のマンションなどを所有している所有者と民間協定、一時緊急時非難協定を締結しています。でもその場合車椅子の人や障害をお持ちの人は階段を昇ることはできません。

 橋は耐震構造で大地震でも落下しない工事をしています。橋の歩道はゆるやかな斜路になっています。段差がないので車椅子でも避難は可能です。

 ただ二葉町では町内で介護の度合いの人がどちらにお住まいなのか。大筋把握はしていますが、災害時要介護者を待避所にどうやって避難させるのかが問題です。介護の現場ではそのような場合はどうされるのでしょう?

Shiraishiss1_4 白石 介護の現場でも同じです。私たちは福祉施設の耐震構造を調査したことはありません。でもソフト面で言いますと、住民の人達の協力を得るように。日頃から地域住民の皆さんとともに避難訓練を行うことを求めています。

 また水だとか食料の備蓄を求めています。それから在宅サービスの事業所では通所や利用されている人達の安否確認をするマニャアルを用意しています。

西村 住宅の防災対策でもお聞きします。高知市内は低地が多く、木造家屋は倒壊や家具の転倒のよる負傷も予想されます。また30分以内に低地は浸水も始まります。津波も来るでしょう。

 要介護の人は自宅の2階の部屋で生活をしていただきたいと防災の観点からは思います。(大地震で1階は潰れても2階ならば助かる確率は高いからです。)
 施設の状態、訪問介護の現状はどうなっていますか?またどうあるべきかどう思いますか?

Shimomotoss1_4 下元 施設の場合では施設のある環境のなかで対策を考えることはできます。

 在宅の場合は防災のこと(いつ来るかわからない地震を想定して)いつも2階で生活することは屋外へでれなくなり、活動性がどんどん低下します。

 でもまだまだ福祉。医療分野のスタッフはまだまだ防災、また支援まで行っていません。それが現状です。思いのあるひとたちがただたんにその人を元気にする環境町政だけではなく、地震の時に寝ている部屋は倒壊の恐れのない処置をするとか。

 それで大丈夫であったとときに安全な場所に、どうやって逃げるのか。その場合はけんちゃんがしているような自主防災と連携をする。できるのかどうか。それをこれから考えようと言う状態です。

西村 地域社会、今まで生活してきた地域での老後や介護を受けたいと思います。グループホームを地域でこしらえることは可能なのでしょうか?
 顔見知りの地域社会や町内で介護のサポートができれば良いとは思いますが。

 デイサービスやショートスティや訪問介護でもうちの町内100メートルの間に4つの介護事業者がそれぞれ送迎したり、訪問したりしていて全部事業者が違います。介護を受ける人たちは、地域社会とは切り離されています。なにかおかしいと思います。

 もし私が地域社会でグループホームをこしらえたいと思ったら具体的に何をすればいいのでしょうか?

白石 グループホームであるとか。介護保険の事業所であれば、法人格を取得して、県や市町村に認可申請を出します。
 町内の顔見知りで介護サービスをしたい。というのであれば宅老所のようなインフォーマルなサービスを立ち上げると言う方法もあります。
 
 町内の顔見知りの方々とその町内に必要なサービスを実感して、共有する勉強会を立ち上げて、皆で必要性が共有されれば利用者の人達の実態調査もできるでしょう。宅老所の確保など。

 県内にはこうしたプロセスで出来上がった宅老所もあります。

西村 具体的な実例はありますか?

白石 土佐町の「とんからりんの家」がそうです。このへん宅老所がないきに、こしらえたいね。地域の人たちのの思いでできた宅老所です。
 みんなで勉強会を開きながら立ち上げた宅老所です。

とんからりんの家資料 「tonkararin.ppt」をダウンロード Tonkararinnoie
西村 下元さんはオーストラリアなどの介護現場も視察されたそうです。介護施設のあり方、地域社会との関わり方は高知などとの違いはあるのでしょうか?
 具体的にどのように異なっているのでしょうか?

下元 そうですね。オーストラリアは人口が少ない国です。介護施設が十分あります。ですので在宅と言う意識は少なく、施設ケア、施設での介護が進んでいる国です。

 でも施設ケアですが、「人の尊厳を大事にする」ケアについては学ぶところが多いと思いました

 カナダのバンクーバーなんかは、人が住みなれたところが、住み慣れた暮らし方で介護が受けられることが定着しています。施設へ入所も選択も可能ですが、自宅でずっといたいということであれば。例えば家族が長期の旅行へいく場合は、日本で施設で預かることしかないですが、ヘルパーさんが24時間自宅へ来てくれます。

 その人が暮らしたい暮らしを支援するシステムがあります。日本は仕方なく「どれか」(在宅か入所か)を選んでいるのが現状です。

西村 以前アメリカのロサンゼルスに観光旅行へ行った折街の中心街やロングビーチの良い場所にホテル風の建物がありガイドは「老人ホームである。」との説明がありました。

 高知市で言えば帯屋町商店街の真ん中に老人ホームがあるような感じです。日曜市があり、商店街も近いし、病院も近い。そうした介護施設があれば良いと思いますがそのあたりはどう思われますか?

Fukushimass1_4 福島 確かに場所の問題はあると思います。そういう意識は支援者のほうがもっていれば何処に立っているかの問題はクリアできると思います。
 街中にあれば便利であると思います。

下元 人によると思います、わたしなどは田舎の施設へ行きたいと思いますが、うえるぱの障害をもっているメンバーは南国市から高知シティFM近くのマンションへ移転しました。車椅子でも買い物へ行けて、病院へも行ける。年老いても何かと生活が便利なほうが良いと言うメンバーもいます。人それぞれであると思います。

 自分で選べるほうがいいですね。

福島 そうですね。

西村 うえるぱ高知の夢や理想、うえるぱに関連されました皆様のあるべき姿がありましたらお願いします。

下元 わたしは個人個人がその人らしい生活をしたい。制度ではまだまだ支援ができないのが日本の現状です。制度がこうあってほしい。と提案ができる活動であったり。
 個人ユーザーを支援していくファンドもそうです。福祉機器展もイベントではありますが、ユーザーのニーズを解決していくことが第一の目的ですので。

 年間を通じて常設コーナーをつくることが社会福祉協議会との連携でできたので、個人支援のことをより考えて行きたいと思います。

福島 僕は普段理学療養士の仕事をしています。自分の職場を良い方向に変えていくこともまだまだ十分にできません。
 うえるぱで下元さんたちと関わって大きな観点で物事を見ることもできました。遅ればせながら勉強をしています。うえるぱ高知の頭脳ではないので、手ぐらいのことですが、ついていくだけ付いて行きたいと思います。

白石 僕はうえるぱを外から見ています。見ていて、一緒に仕事をしていて面白い団体でありました。そのままおってほしいし。
 どこかに迎合したりとかうえるぱは、うえるぱで。一緒に仕事ができたら面白いなと思います。

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2008年5月18日 (日)

福祉ファンドをこしらえよう 5月23日(金)

西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「福祉ファンドをこしらえよう!」ということでお話をお聞きしたいと思います。介護保険制度は2000年にスタートしました。今年で8年目。良いところもありましたが、様々な問題があったようです。福祉介護分野の最前線にゲストの皆様はおられますが、そのなかでの思いを聞いてみたいと思います。

 調べますと兵庫県に「塩井基金」と言うのがあるようです。サイトで調べますと人口呼吸器使用者施設への資金支援もされているようです。それ以上のことはわかりませんが、他にどのようなところがあるのでしょうか?

Shiraishiss1_3 白石 全国的にはいろんな企業のファンドがあります。高知県内でも銀行のファンドであったり。民間では高知県福祉基金というのがありまして、障害者の方の活動やまちづくりの活動を支援しています。

西村 以前下元佳子さんは神奈川県藤沢市において、市民が集りお金も集め「自分達で福祉施設をつくろう。グループホームをこしらえよう。」として実際にこしらえたという事例の話を聞きました。そのあたりを詳しくお話下さい。

下元 はい。うえるぱは団体もそうですが、個人を支援するファンドをこしらえたいと思っています。神奈川県の話しですが、住民が立ち上がって10数年がかりでいろんなことをしているところです。

 自分達の力で自分達で良い施設をこしらえよう。良い施設がないから。(自分達が納得できる施設がないので、じぶんたちが施設もこしらえよう。)
 施設をこしらえたくて見学にいったわけではありませんが、施設のつくりかたガ、私たちがやりたいことに参考になるのではないか。

 お金がまったくないところで、ファンドをこしらえていろんな人たちに協力していただいて、僅か1ヶ月の間に億のお金を集めて納得のできる、自分達が入居したい施設をこしらえました。その施設も既成の枠にとらわれない施設をこしらえています。

 しかもそれが1つの施設ではなく、2号館、3号館とプランもできていました。それからヘルパー事業所など。いろんな事業も想定されていました。

 前回のお話にもでていましたが、良いこと、十分なケアをするためには、給与も待遇も良くないといけない。NPOですけれども藤沢市で1番職員は給与が高い。そういう団体でした。

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西村 2000年から介護保険制度がスタートしました。大抵介護施設は自分が住んでいる街中からは遠く離れたところにあり、全然知らない人たちと一緒に施設で生活します。通所の場合も同じです。利用者にとっては大変な精神的な負担ではないかと思いますが、向き合っている皆さんはどうそのあたり思われますか?

Shimomotoss1_3 下元 地域密着型の施設や事業所も最近は随分増えて来ています。高知市もたくさん事業所が出来ています。施設ということになりますと高知はたくさん施設ができましたが、結構満杯状態です。住み慣れた地域の近くの施設へ入居はなかなか難しいようです。

 やはり藤沢市の事例を考えましても入りたい施設を選べるか。というとなかなか難しいと思います。通所ですね、デイ・ケア、デイ・サービスはかなり選ぶことができる。グループホームまでは選ぶことができる。それは出来てきてはいます。

 前進はしているのではないかと思っています。

西村 室戸市佐喜浜で村田憲展さんがご自分でデイ・サービスの施設「老稚園」をこしらえています。あのような地域密着型の施設などはモデルになるのではないのでしょうか。

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下元 そうですね。自分の住んでいる地域で、必要性を感じてこしらえたというのが、地域住民の力でこしらえていくのが理想です。
 特に市外というか室戸でもそうですが、施設の少ない、サービスのない地域で住み慣れた地域で、住み慣れた暮らしを知っている人が施設をつくっていくということが市場の理想であると思います。

西村 今の介護保険制度の施設では補助を受ける関係で、「制約だらけ」で同じようなメニューになっているようです。わたしも以前6年ぐらい前に2級ホームヘルパーの研修であるディサービスで研修しましたが、保育所のメニューのようで面白くないと思いました。
 何故そうなるのでしょうか?パソコンであるとか麻雀やゲームなども取り入れることはできないものでしょうか?

Fukushimass1_3 福島 今はデイ・サービスの方も利用者にアンケートをとったりして要望を引き出す努力もされています。それと合わせて個別に必要なメニューを出しているところもあります。

 しかし障害の重度の人になりますと、自分がどうしたいとか意思を表明できない状態ですと、要望を言うことが少ない状態ですと一方的なサービスのメニューになりがちです。保育所のメニューのようになりがちです。

 そういう人から関わってどのようなことをしたいのか。ニーズを引き出す力や努力とかは支援者側に必要であると思います。

西村 求人募集のチラシを見ても介護の最前線のホームヘルパーの時給は1000円から1200円程度で、1日に4時間で週に3日か4日程度。重労働で大変な仕事の割には低賃金です。施設介護も訪問介護もこれでは十分なケアが出来ないと思います。

 以前コムソンがインチキをしていて国側の監視がきびしくなり、介護事業所の裁量がよけいなくなり介護事業所も減少しているようです。このあたりの現実はどうなっているのでしょうか?

白石 高知県でとくに極端に介護事業所が減ったという話はありません。働かれる人達の労働条件の改善はいろんなところでされています。

 今介護サービス情報の公表であるとか、外部評価とか。利用される方が、事業所を比較検討する情報の環境もどんどん整備されてきています。

西村 理想論でかまいませんが、介護保険制度も活用しながら、利用者に十分なケアができるためには、下元さんのレベルではどの程度の資金が必要でしょうか?
 「うえるぱ」基金なり「うえるぱ財団」あるいは会社をこしらえるためにはどのような活動が必要であると思われますでしょうか?
 機器の販売やメーカーの協力、高知シティFMでの呼びかけなどできうる限りの協賛は必要であると思いますが・・。

下元 私たちのレベルで巨額の資金集めは難しいと思います。私たちが感じていますのは、介護保険もそうですが、厚生労働省は「そのひとらしく、そのひとの生き方を尊重して」支援をすることをうたってはいます。

 どうしても「制度」でまかなえることは、最低限の生活保障ということから予算のこともあり、生活の質(クオリティ)を高めることや生活の質を上げるようなところまでは制度でまかなうことはなかなかできません。

 そういうことを考えたときに、わたしたちがやっている福祉用具などは、1人1人の可能性を広げることが出来ます。

 それを助成することの枠がどんどん狭まっていることが現状です。

 最初に白石さんからファンドがいろいろあることをご紹介されました。団体の支援はありますが、わたしたちがこしらえたいのは個人の可能性、あんなことしたい。こんなことしたい。ことができるようになりたい。子供から高齢者まで個人を応援するファンドを是非つくりたいなと思います。

 聞いたからには高知シティFMさんも多くの協力をしていただけるものと期待しています。

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2008年5月11日 (日)

人間の尊厳を手助けするしくみについて 5月16日(金)

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西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「人間の尊厳を手助けするしくみについて」でお話を聞きます。

 福祉交流プラザ1階の展示コーナーに介護度5のA男さんのお部屋がありました。ベットの上にパソコンが置かれ、マット上の操作装置でパソコンを操作するようになっていました。
 重度障害者用意思伝達装置「伝の心」(でんのしん)と言うシステムであるとリハエンジニアの北岡剛さんに説明を受けました。一度体験しましたが、どのようなシステムなのでしょうか?

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下元 環境制御装置と言いますのは「伝の心」だけではありません。いろんなメーカーのものがあります。いろんな電化製品、テレビや照明やエアコン、ベットの昇降などや、パソコンの操作もできます。

 いろんな電化製品を一つにまとめる。という感覚ですね。パソコンであれば私たちは10分の指を動かします。障害を持たれる人は指が動かない人もいます。
 ON,OFFのスイッチだけで、自分の意思で調整して動かすことができる。それが環境制御装置です。

 ON,OFFなどで体のどこかの筋肉を動かすことが出来れば伝達できます。例えば手足が動かなくても、息を吐くことが出来れば、それでけでスイッチを扱うことができます。

 自分でパソコンを使ったり、テレビをつけたり、チャンネルを自分で選べます。照明やエアコンも操作できます。

西村 以前テレビで筋ジストロフィーになった人がまぶたの動きで意思を伝達。パソコンで会話をされているのを見たことがありました。福祉交流プラザにある装置より遥かに大きくて部屋のなか全体が装置のようでした。
 このシステムは随分前から開発されていたのでしょうか?

Shimomotoss1_2 下元 私が理学療養士としてスタートしたときは随分前ですがその当時からありました。県外のリハビリテーションセンターにいきましてビックリしたことがありました。
 この10数年で小型化し、値段も随分安くなりました。手に入れやすい福祉機器になっています。

西村 私はブログを書くことが趣味の一つです。ブログなどもこの装置で作成と送信は可能なのでしょうか?

下元 こういう環境整備装置につなぐ、いまけんちゃんが言われていたことですが、「伝の心」(でんのしん)などはメール作成の機能があります。そちらで文章を作成していけば、ブログにアップすることは可能です。

 けんちゃんも寝たきりになっても、100歳を超えてもブログを書くことができるでしょう。是非使ってもらいたいと思います。

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西村 実際に福祉交流プラザのモデルルーム、介護5の部屋で体験してみましたが、なかなか難しいですね。意思表示することに慣れていないかもしれません。
 慣れるのは時間がかかっても、体が不自由になっても字が打てるということは凄いことであると思います。

下元 そうですね。自分でテレビのチャンネル1つにしても誰かが部屋に来てくれて、やっと意思を伝えてテレビを見る。その場合と自分で出来る。チャンネルを切り替える。声を大きくする。ということは随分違いますよね。

西村 あそこにある装置(介護5の部屋)は、テレビの操作、パソコンの操作、照明の点滅などもできたのでしょうか?

下元 あそこにある電化製品に全部繋いであります。また「ページめくり機」という本を読むときにページをめくる機械があります。それなどとも一緒に繋ぐことが出来ます。ですので、じぶんの手で本のページをめくれなくなっても読書を続けることができます。
 なんと高知県は日本で2つの県だけある助成制度があります。ページめくり機なども30万円の助成金が高知はつきます。是非皆さんに知っていただきたいのです。

西村 昔映画で「ジョニーは戦場へ行った」(1973年ごろ)を見たことがあります。第一次世界大戦に出兵したジョニー青年。しかし、戦場で爆撃を受けて負傷し、病院に搬送される。無事だったのは延髄と性器のみで、目も耳も口も鼻も失い、手足は切断されてしまいます。箱の中に肉体が入れられていました。
 自分の意思をモールス信号で懸命に送信し、意思を交換していました。自分の動くことのできる身体を箱へぶつけてモールス信号で交流をしていました。

 人間である限り尊厳はある。そう思いました。コミュニケーションを手助けする仕組みは必要であると思います。そのあたりはどう思われますか?

Fukushimass1_2 福島 障害を持ってしまいますとどうしても目に付きやすい体のケアのほうに行きがちです。実は自分はどうしてほしいとか、こんなことを思っているとか。相手に知ってもらう。伝えることが本当は1番大切なのではないか。そこでその人との付き合いがはじめるのではないかと思います。

西村 介護度5の状態は自分の意志で自分の生活が出来ない状態なのでしょうか。以前は健康で病気や事故でそうなった人の精神的なケアはどうされているのでしょうか?
 重度障害者用意思伝達装置「伝の心」(でんのしん)は、使いこなすに大変なエネルギーがいるのではと思いました。使用できる幅というか限界はあるのでしょうか?

下元 しっかり考えて使うことが必要です。理解力はもちろん必要です。いきなり難しいレベルで使いましょうとか、メールを打ちましょうとかそういうことではなく。

 けんちゃんも福祉交流プラザで見て、体験されましたが、電気を自分で消せるとか。テレビを消したりできる。障害を持った直後と言うのは、パソコン使いませんか。メールを使いませんか。といってもそこまでの気持ちにはなかなかなれないものです。

 そういうときに、テレビを自分でつけたり、消したりできるのよ。ということで導入していってそれから徐々になにか自分で少しでもできる。それが見つかるとそこから元気になる方もおられます。

 例えばコミュニケーョンの場合、呼吸器をつけて喋れなくなった場合、さきほど福島さんが言ったように体のケアからはいりがちになります。大事なのはコミュニケーションの部分です。

 なにか自分が意思表明できるという部分。それを先に確立してあげると、元気になってくる方が多いです。いろんな使い方ができますので、導入をしていただきたいなと思います。

西村 介護を受ける人たちにも人間としての尊厳はあると思います。また介護サービスをする側も人間としての尊厳が必要です。現状の介護の現場の問題点はどういうところにあるのでしょうか?

 介護する側が多忙で、介護を受ける側の意思を十分に受け止めれないのではないところはないのでしょうか?それは報酬の問題もあるとは思います。
 人間が人間を世話をすることにもっと敬意が払われるべきなのではないのでしょうか。そのあたり将来は展望があるのでしょうか?

Shiraishiss1_2 白石 答えになるかどうかわかりませんが、福祉の現場、介護の現場というのは対人サービス、人にサービスを提供する職場です。他の産業と比べてオートメーション化することは出来ません。

 それから社会保障の根幹を支える仕事であると思います。福祉人材の給与の見直しであるとか。介護報酬の見直しは、いろんなところで検討や見直しがされています。
 デモそれとは別に従来から私たちにも3Kとか5Kとか言われていました。適正な給与の指針。介護サービス要員の定着を図るための手立て。介護する人の腰痛予防なんていうところも大事なことです。

 そのあたりが不十分であったことの反省もあります。社会福祉協議会ではあらためてそういうところへもアプローチをしていきたいと思います。

西村 わたしが以前ホームヘルパーの研修を受けた介護施設では認知症状のある人たちには程度に関係なく皆大人用のおむつをしていました。
 20人に対してヘルパーは3人しかいないのでそうなるのでしょうか?排泄介助は人間の尊厳に関わる部分とは思います。そのあたりはどうなっているのでしょうか?
 外国などではどうなっているのでしょうか?

下元 そうですね。福祉先進国といわれているところは、日本と比較しますと、利用者と世話する職員の数は、日本よりは多く配置も配慮され充実しています。
 でも少ない人数でケアしているから出来ないんだ。だけではないと思います。

 けんちゃんが言われたように排泄介助は人間の尊厳に関わるところです。やはりこの人はどうやれば排泄ができるのか。このひとはどうしたいのだろう。自分だったらどうなんだろう。と考えると。例え20人に対して3人のヘルパーしかいなくても、みんながおむつじゃないと思います。

 でももう1つ知っていただきたいのは、おもつと言いましても全部同じで介護をされるだけのおむつではありません。ご自分でご自分のための小さなパットとかいろいろありますので。大事なのはその方が気持ちよく生活できること。人を大事にする。その気持ち。それがなかったらたとえ世話する職員が増えても変わらないと思います。

Kaigoyobou01_2_2 (介護予防にも力をいれるべきでしょう。)

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2008年5月 4日 (日)

福祉交流プラザを最大活用しよう 5月9日(金)

西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「福祉交流プラザを最大活用しよう!」です。

Fukusip1_r

 4月1日に福祉交流プラザの1階ロビーの福祉機器の展示スペースが大改造されました。大変見やすくなったとは思いますが、そのあたりはどうなのでしょうか?
 また見学した人達の反応はどうなのでしょうか?

 福祉交流プラザ サイト 

Shiraishiss1 白石 福祉用具をたんにたくさん並べただけではなくて、介護度や障害の程度にあわせた実際の生活空間を提案しました。実際の生活をイメージしていただけるものであると思います。

 実際にそういった声の感想をいただいています。あとは「見やすくなった。」という声もいただいています。あと明るくて楽しい雰囲気を大事にしています。

西村 また4月1日から、財団法人高知県ふくし交流財団、財団法人高知県障害者スポーツ振興協会と高知県社会福祉協議会は組織を一体化し、新たな高知県社会福祉協議会としてスタートしたそうですが、どのように体制が変化したのでしょうか?

白石 単に3つの団体が1つになってすべての事業を引き継いだのではありません。福祉交流財団がやっていた「生き甲斐作りや支援」、スポーツ振興協会がやっていた障害者スポーツの振興などを私たち社会福祉協議会のネットワークを使って広がりを持たせることにしています。

 後はまちづくりにつなげていくとか。そういった視点、体制にしています。

 また県民の方々向け、社会福祉従事者向けの研修を一元的に立体的におこなえるようにしました。

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西村 うえるぱ高知は福祉交流プラザで専門相談員を置かれよろず相談をされると聞いています。火曜と木曜と土曜日の午前9時から午後5時までの予定と聞いています。
 その狙いと開所してからの反応はいかがなものでしょうか?

白石 単に福祉用具の使い方の説明をするだけでなく、その相談者の方にあった使い方。フィティングを行っていただいています。車椅子が欲しいという相談がありましても、本当にその方に必要なのは車椅子なのか?
 そういう状態を評価していただいてご利用者の満足度は高まっていると思っています。

Shimomotoss1 下元 以前の状態がわかりませんので、変わってからの反応はわかりません。週に3日うえるぱのメンバーが交代で相談させていただいています。
 けれど白石さんが言われたように来られた方が、「車椅子を」「歩行器を」とかで相談に来られるのですが、じっくりお話を聞きますと、問題がそこにあるのではないということが多いということです。

 ですので福祉用具の紹介をするだけではなくて、関連機関(福祉関係の)に連絡して調整をしていただくこともいたしました。もの(福祉機器)でもご相談に来られていた方が最初に言われていたもの(福祉機器)でないということもありました。

 やはり時間をかけて話をしてフィテングする相談も多くて、まだまだやれることもやらないこともたくさんあるなと思いました。試行錯誤しながらやっています。

西村 具体的な福祉機器や道具、展示スペースがあるから、相談に来られた人に対してフィッティングできやすいことなのでしょうか。

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下元 それはあると思います。車椅子のことで相談に来たのですけれども、ベットなどの環境設定されているのを見て、「これはどう使うの?」という相談もあります。

 ベットの上での介助に困っているのだけれどもこれを使うと楽にできる。今まで自分では諦めていたことが、展示のしかたで「これも解決できるんだ」と相談に来られた方に気付いていただく。相談に来ていただけないとわからないことです。

 やはり福祉機器の展示のしかたは大事であると思いますね。

西村 さきほど申し上げましたが、福祉交流プラザの展示スペースの部屋の効用がありますね。介護度1の部屋とか。介護度5の部屋とか。子供の部屋とか。モデルルームがあります。風呂やトイレ、台所もありますね。

 常時もモデルルームがあり、福祉用具の展示スペースもあるので、具体的な生活そのものが、イメージしやすい。その効用は大きいと思いますが・・。

Kaigodo1_r 

白石 福祉用具というものはただ並べてあって、見ただけではわかりません。後きちんと説明をしていただくスタッフがいること。それはすごく大切であると思います。今回つくづく思いました。

西村 福祉交流プラザの福祉機器の展示コーナーでは「福祉機器の販売はしていません」との表示をされています。実際にその福祉機器を購入したい。レンタルをしたいと言う場合は、どこのだれに相談すれば良いのでしょうか。
 またその場で値段などはわかるのでしょうか?

白石 うえるぱ高知の相談員や社会福祉協議会もふくし交流プラザに常駐していますので、ご相談をいただいたら、販売の業者を紹介しています。

下元 福祉機器の購入やレンタルをしたい場合には、ご相談の時に業者を紹介するようにしています。福祉交流プラザで協力いただいている業者もいますし。団体もあります。

 またレンタルのほうは金額が一律ではありません。どれくらいの金額が必要ですよ。ということでご紹介をしたり、またレンタルの場合はケアマネージャーが絡んできますので、連絡をこちらからしたりします。

Shiraishisimomoto_r (展示用具の配置で打ち合わせされる白石さんと下元さん)

西村 インターネット福祉機器展のサイトとは連動しているのでしょうか?
 なかなかせわしくて私などふくし交流プラザへ見に行く機会がありません。でも関心は福祉に対してはあります。そのあたり福祉機器の値段などがわかるしくみがあれば良いとは思いますがどうなのでしょうか?

白石 福祉交流プラザのホームページに、展示品を掲載しまして広くお知らせするように考えています。当然その場合はうえるぱ高知の「インターネット福祉機器展」のサイトと連動していきたいと思っています。

Fukushimass1 福島 「インターネット福祉機器展」のホームページも暫く更新できていません。今後は更新して行きたいと思っています。

西村 福祉機器製造メーカーのホームページのリンクを貼っておけば良いと思います。メーカーはビシネスですので更新は常時されていると思いますし。それをクリックすればだいたいのお値段がわかる。
 だいたいの目安があれば助かります。

下元 「インターネット福祉機器展」は私たちの言葉で紹介して、金額もわかるものは紹介をしています。メーカーでサイトを持っているところには、サイトに行くと詳細がわかるので、サイトのリンクは表示しています。
 まだまだ新しい福祉器具の数々をどんどん掲載するには至ってはいません。頑張って県社会福祉協議会のサイトとの連動もしていきたいと思っています。

西村 新しい体制になった福祉交流プラザ。今一度その特色と狙いについてお話ください。また県民はどのように利用されればいいのか事例を上げて説明ください。

白石 1階の福祉機器の展示コーナーにおきましては、明るく楽しい雰囲気のなかで利用される方のご家族や介助される方に対して、「やさしくて安全な福祉用具」をコンセプトに展示しています。

 「来て、見て、触って、試して。」。気軽に相談に来ていただきたいです。また寄せられた相談を迷子にさせずに、きちんと解決するまでエスコートする。

 またわたしども社会福祉協議会はそういった福祉機器や介護の問題だけではなくて、生き甲斐作りや、ボランティア、福祉職場のハローワークの仕事もしています。

 施設の評価や苦情受付の窓口もしています。介護だけではなく相談を気軽に寄せていただいたらと思っています。

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2008年4月27日 (日)

2008年の福祉機器展の特色は? 5月2日(金)

西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「2008年の福祉機器展の特色は?」でお話をお聞きします。

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 福祉機器展は2002年から始まったようですね。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に下元佳子さんが出演されましたときに「エンドユーザーの立場から福祉機器が会場で比較検討ができること。専門職の福祉・医療関係者同士の情報交換の場である。」と言われていました。
 今回もそのねらいーコンセプトはお変わりないのでしょうか?

 参考記事「高知福祉機器展の成果と課題は」(2004年8月番組)

Fukushimass1 福島 コンセプトはその当時と全く変わっていません。当初から福祉機器展を高知でも都会で開催されている福祉機器展をやって、高齢者や障害者のみなさんにより多くの情報を伝えたいという思いでやっています。

 実行委員のスタッフの中で「もっとうまく伝える」を考えたりしたいます。「自分のかかわりのある領域のことだけではなく、みなの広い目で見てお互いを知ろう。」。ですので中味を検討し、運営スタッフも団結して伝え方を工夫しないといけないと思っています。そこは力をいれてやって準備をしています。

西村 わたしも何回か福祉機器展は見学したことがあります。来場者の多くは医療・福祉関係者が大半で、情報交換会の役目は十分に果たしておられると思います。
 ただ一般来場者が少なく、特に中学生や高校生など若者の来場も必要ではないかと思いました。福祉分野というカテゴリーの人たちだけで盛り上がっているようにも思いましたが、そのあたりは今年はどうなっているのでしょうか?

福島 毎回福祉機器展のほうでも専門学校(医療・福祉関係)の学生さんや大学生の方たちが多く参加いただいています。
 どうしても僕たちが医療・福祉関係社なので、宣伝や広報が医療・福祉関係のほうばかりに発信してしまう傾向にあります。そういう傾向は強いかもしれませんが、医療・福祉・介護に関心のある方であればどなたでも来て頂きたいと思います。

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西村 さきほど少し申し上げましたが、中学生や高校生の来場などはどうなのでしょうか?

下元 そうですね。一般の中学生・高校生にも福祉機器展に来ていただきたいです。やはり障害を持っていることはどういうことなのか。福祉用具とはどういう道具なのか。来ていただきたいという思いはたくさんあります。

 やはりいろんなところを全部押さえるということになるとなかなか難しいところはあります。一番大事にしたいのは障害を持たれて困っている人が、気軽に福祉機器展に来場していただくことです。困っていることを相談で解決すること。そこが1番大事にしていきたいです。

 そう思いつつもいろんな人に来て頂く仕掛けはしていきたいですね。

福島 そうですね。

西村 今年で7回目になる高知福祉機器展。今年の福祉機器展の特色について実行委員長のほうからご紹介をお願いします。

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福島  会場となる高知県福祉交流プラザの1階の福祉機器常設展示場が4月1日に大幅にリニュアル(改装)されました。そのなかにありますモデルルームを活用しまして具体的な福祉用具の使い方を見ていただいてイメージを持っていただきたいです。

 その常設展示場で関心を持っていただき、イメージを掴んでいただいて、各ブース展示につながる流れをつくりたいと考えています。

 それから後、「ツアーガイド」を企画しています。一般の人で福祉・医療・介護に関心のある方にグループになっていただいて各福祉用具を置いているブースを廻っていただく。ツアーで各福祉用具の紹介をしていく企画をたてています。

西村 ツアー・ガイドですが、何10分コースとかに決まっているのでしょうか?

福島 約10ブースを150分くらいでまわりますので、2時間くらいで巡回するようには考えているところです。

西村  1日に何回かツアー・ガイドはされるのでしょうか?

福島 2回程度考えています。

西村 それはいいかもしれませんね。ただ目的なしにまわってもわからないですからね。

福島 専門学校生や大学生、高校生、中学生もたくさん参加していただきたいと思っています。

 そのほかに参考になる有料のセミナーや「おむつミュージカル」なども予定しています。

Shimomotoss1 下元  そのほかに土曜日(14日)、日曜日(15日)に障害をもたれている子供さんの専門相談コーナーを構えています。専門相談だけでなくて、ふだん生活で使っていただく座る椅子。いろんな姿勢でいい姿勢で寝てもらえるクッション。などをお母さんや学校の先生などでみんなでつくろうというコーナーもあります。

 ぜひ来ていただけたらと思います。

西村 福祉機器展ですが、わたしが見に行きだした頃(2004年ごろから)は、会場が高知市総合プラザーかるぽーとでした。
 昨年から高知福祉機器展は、福祉交流プラザへ移りまして、全館貸切のような福祉機器展になりました。それはどのような理油でそうなったのでしょうか?

福島 昨年から高知県社会福祉協議会の皆さんと一緒になって福祉機器展の準備や運営をすることになりました。そのいきさつにつきましては白石さんから説明をお願いします。

白石 最初からうえるぱ高知が福祉機器展をやっていたことは知っていました。民間やNPOの人達が自自分達で知って欲しい。使って欲しい福祉機器をボランティアで福祉機器展を開催している。凄く感銘を受けました。

 せっかく福祉交流プラザという立派な建物があるわけですから、ここを拠点にしまして展示会をやっていきたい。わたしがお願いをしまして実現するようになりました。

西村 それで福祉交流プラザの建物を全館借りきりの形で、3日間高知福祉機器展を昨年から開催するようになった事情は理解できました。
 今年は高知福祉機器展実行委員長の福島さんのほうから、いろんな特色があるよとわたしも聞きました。今までの福祉機器展の積み重ねからこういうこともしたいと企画などがあればご紹介いただきたいのですが・・。

福島 1回目の福祉機器展から続いていますけれども、福祉機器をカテゴリー別に見比べたり、使い比べたり展示し見ていただけるようになっています。
 それに合わせてお話したと思いますが、実行委員やスタッフのお互いの連携を強めて来場していただいた方々にもっとよりよく福祉用具をわかって知っていただくような工夫をしていこうと力をいれています。

西村 高知福祉機器展の会場である高知市朝倉の福祉交流プラザですが、自動車でしか来場できないうように思います。また来場方法ですが車以外に行く方法はありますか?シャトルバスなどは出ているのでしょうか?もよりの交通機関の情報などはどうなっているのでしょうか?

福島 昨年も実施しましたが、シャトルバスではないですが、送迎ができる車を用意していました。高知駅から電車道を南進、はりまや橋交差点を右折し、堺町から上町2丁目まで電車道を西へ進み、上町2丁目を左折し南下、河ノ瀬(ごうのせ)交差点を右折し土佐道路を西へ走行し、福祉交流プラザの会場へ到着するコースを1日に何便か送迎するコースを想定しています。

 外出困難なみなさんの送迎も対応しています。こちらは予約が必要です。福祉機器展実行委員会事務局まで連絡ください。

西村 なかなか見所のある高知福祉機器展であることはわかりました。見るのに半日近くかかるのではないでしょうか?時間がかかりどうですね。
 そうなると食事をするところとか、珈琲を飲むところは会場にあるのでしょうか?いろんな立場のかたがたが来場されると思われますが、そのあたりの対応はどうなっているのでしょうか?

白石 福祉交流プラザのなかにもレストランはあります。昨年に引き続き、高知女子大の方々がランチをこしらえていただきます。あとはNPOのひとたちがお弁当を準備してくれます。後は介護食の準備もしてくれています。

 食事介助をするスタッフも揃っています。

西村 以前はマッサージなどのコーナーもありました。今年はそのようなコーナーもあるのでしょうか?

下元 今年はマッサージのコーナーはありません。例えば視覚障害の人であれば、スタッフがマンツーマンで付きまして、会場の案内をしながら一緒に廻ります。説明もいたします。

西村 どのような立場の人が来られても、説明のできる展示やスタッフの応対になっているということですね。そのあたりは自信をもっていえるのでしょうか実行委員長。いかがでしょう。

福島 そうです。自信をもって言えますね。

西村 福祉について実体験もできるし、モデルルームでも体験できるし、福祉・医療・介護について総合的に来場者は福祉機器展で学べるのだということですね。

下元 第1回目からのテーマである介護。医療の必要な人達のニーズをに対応し、解決できる。
来ていただいて楽しい外出の機会になった。そういうイベントにしたいですね。

 第7回高知福祉機器展 

 6月13日 14日 15日 こうち福祉交流プラザにて開催

(参考) インターネット福祉機器展のサイト

http://welpa-kochi.jp/index.shtml

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2008年4月20日 (日)

木質バイオマス地域循環計画が地球を救う  4月25日(金)

(佐川町にある木質バイオマス地域循環システムのプラント)

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西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストはNPO土佐の森救援隊で間伐作業をされている中嶋健造さんです。
 今回のテーマは「木質バイオマス地域循環計画が地球を救う」でお話をお聞きします。

 大きな話しになりましたが、この「木質バイオマス」という言葉ですが、最近はあちらこちらで耳にします。中嶋さんたちが提唱し実践している以外にもいろんなところで耳にします。
 ところがそのしくみが異なるようです。

 中嶋さんたちは地域の人たちの「全員参加型」であります。山を所有している人。間伐ボランティの人。地域の個人商店のひと。あるいは女性や子供たちまで関わります。当然企業もです。多くの人にメリットがあり損をする人は誰もいないしくみのようです。

 どうもそうではない。「木質バイオマス」のシステムがあるようにも聞きました。そのあたり本物とまがい物の見分け方はどのあたりにあるのでしょうか?

Nakazima1_r 中嶋 見分け方ですか・・。
 木質バイオマス地域循環システムでボトル・ネックになっていましたのは、「林地残材を収集運搬するしくみづくり」でした。大手の林業経営会社や森林組合では林地残材を収集し運搬するコストが引き合わないとされてきました。

 それを克服することは無理ではないかと多くの林業関係者や専門家に言われたものでした。

 ですのであちらこちらで実験はしますが、なかなか上手く稼動しないようです。

 そうしますと林業関係、森林の活用で環境を守ろうということでの補助事業はたくさんあります。目的を違えた形で補助を受けよう。利用しようというようなことがあるのではないか。。

 例えば、関係する団体が設備投資のために、機械を導入することが目的になっている団体などもあるようです。本当はそれは「手段」のはずですが。
 機械を導入するだけでその団体は「得をする」わけですね。

 補助を貰うことが目的になってしまって、導入した機械がうまく機能するシステムをきちんと構築することができていない団体などもあるようです。結構そういう事例を聞きます。

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西村 よく聞きますのは、行政の補助金で「箱物」を建築したら、箱物で大赤字を出してしまったとか。ホテルを建てたものの、お客が来なかった。
 機械を導入したけれども動かなかった(稼動しなかった。)

 そういう事例をイヤと言うほど見聞しています。そういう悪しき事例になるような「木質バイオマス」計画もあるのでしょうか?

中嶋 そういうのがこれまでは多かったようではないでしょうか。
 仁淀川町は「どうしてもこの木質バイオマス地域循環システムを成功させる。」という強い意志があります。一致団結しています。やっとここまでたどり着けることが出来ました。

 特に林地残材の収集運搬のしくみを、きちんと稼動させ、無理なくきちんとまわるしくみを構築しつつあります。

西村 そのなかで整理したいと思います。
 木質バイオマス地域循環システムが成功する条件をいくつかあげてください。

中嶋 成功する条件を申し上げます。

1)地域住民の全員が参加できるしくみでなければならない。ある特定の団体だけがシステムを担うのではなく地域全体で循環する仕組みでないといけないと思います。地域住民全員を巻き込んでさらに地域の外の住民まで巻き込んでいくような「地域システム」にすべきです。

2)エネルギーを活用する施設や企業をきちんと最初に決めておかないといけません。「エネルギーの地産地消」はとても大事です。

3)木質バイオマス地域循環システムですから、木質バイオマスも循環させますし、地域の経済も循環させます。そういう仕組みをこしらえるべきであると思います。そこにディカップリング政策による地域通貨券などを活用することにより、地域の商店まで参画していただく。

 他CO2の排出権取引により最大限の付加価値をこしらえること。

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 その3つの事柄を実行できるシステムが本当の「木質バイオマス地域循環システム」であると私は思います。

西村 そういえば全然その話と別の話しです。つい50年ほど前は、山間部にも、地方都市にも。大都会にも同程度のお金持ちがいました。山間部は山師と言われ、地方都市には旦那衆がいました。昔は地方都市にも歓楽街があり料亭もありましたし。
 大都会には銀座がありました。それが田舎や地方都市は疲弊し、見る影もありませんね。

 中嶋さんの構想、今成功している仁淀川町を中心とする木質バイオマス地域循環システムは、「昔の夢をもう一度」まではいかないでしょうが、中山間部や地方都市を元気にする方策になりますね。

 格差社会をはてしなく生み出す「新自由主義」とは全く異なるシステムになるでしょうし、日本の環境保全やCO2の削減に大きな役割を果たすと思いますね。今まで放置されていた森林が活用されますから。
 実際に山の持ち主も元気になったという動きはありますか?

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中嶋 実は木質バイオマス地域循環システムは山林所有者に今までなかった新たな収入源を提供することになっています。
 いままで山の所有者でありながら山に無関心で捨てていた人2人が稼動林業家になると宣言したようです。いままでは休眠林業家でしたし。これは凄いですね

西村 それは凄いことではありませんか。木質バイオマス地域循環システムが成功しつつある事例であると思います。
 以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきましたときに、「焼畑の効用」をお話いただきました。
 間伐と焼畑の実施は山のためにはいいことであるとも言われていました。そのあたりの関連性はどうなのでしょうか?

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中嶋 焼畑が絶対に必要であるというわけではありません。山に住んでいる方が林業だけで活用するのではなく、山をいろんな形で活用する。それと連携されていくことです。
 林業と焼畑は昔から連携されています。「焼畑林業」という言葉もありますし。セットで実施されていたようです。

 そういうやり方をしていくことも今後の木質バイオマス地域循環システムの発展過程のなかで視野に入れていく必要性がありますね。

西村 木質バイオマス地域循環システムと言うものと、今流行しているエコツーリズムグリーンツーリズムという言葉がありますが、これらと連携は可能であると思いますが。

中嶋 十分可能です。実際に土佐の森救援隊では、林地残材を収集運搬する作業に都市部から人を呼んで体験していただいています。また実際に林地残材を出した人には地域通貨券を渡しています。

 実は「C材で晩酌を」という事業です。
 ようするにC材と言うのは商品価値のない「ざっとした」(粗末な)材のことです。

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 C材を収集運搬をして晩酌代を稼ぎましょう。ということで地域通貨券を渡します。地域通貨券を貰った人はこれを活用していただいて地域内で買い物をしていただく。

 都市の人たちはグリーン・ツーリズムとして来ていただきます。こういうように都市部の人たちとの交流は増やすことは可能です。

 都市と中山間部とのネットワークづくりとは?(中嶋健造さん)

 また都市の人にアルバイトをしていただいて、アルバイト代を地域で使っていただく。いうような面白いグリーツーリズムが現在展開しています。

西村 木質バイオマス地域循環計画の話を聞いた方からこういうことも言われました。
 「今まで地域で働けない人達が、働ける場が出来るかもしれない。例えば障害があったり、仕事が事情があってできない人たちも働けるようになり雇用の場ができるかもしれない。

 そういう立場のひとたちに希望を与える可能性があるとも言われています。その可能性についてはいかがでしょう?

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中嶋 大いに可能性はありますね。用材(建築用材木)のように3メートルや4メートルに切る必要はありません。林地残材は手に持てるところまで切って短くして搬出すればいいのです。
 非常に単純な作業であります。でもいい空気のなか、森林のなかで自然と接触しながら作業をするのでたいへん気持ちのいいものです。

 小学生でも実際に作業が出来ました。多少障害があるひとでも仕事としてやれます。新たね雇用をあらゆるところに生むことが可能ではないのでしょうか。

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西村 さきほど「癒し」の効用があるようにも言われました。森林浴としての。
 そういえば大昔ですがわたしなど小学生の時に「林間学校」があり体験学習として森林体験をしたことがありました。それは木質バイオマス地域循環計画のような間伐体験などではありませんでしたが。

 山道を歩き、植物や樹木を観察し、川で泳いだり、飯ごう炊飯をしたりしました。

 確かに雇用の機会の今までなかった人達の雇用の場の提供にもなりそうですね。またなにかとストレスなどでお疲れになっている都市部の人たちに癒しの効果もあります。
 多様な面がありますね。

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中嶋 森林環境教育として小中学生に体験していただく。グリーンツーリズムとして都市部の人たちに体験いただくことも想定しています。都市部の人達との交流事業などいろんな形ができると思います。

 例えば都市部のサーファーの人達がサーフォンの合間に山で仕事ができる。サーフィンができない時に山へ入る。そういうことが出来るのではないかと思いますね。

西村 それは東洋町はうってつけ。木質バイオマス地域循環システムの適地ではありますね。海で波がいつもたつわけではありません。波待ちは結構ありますね。風が吹きすぎますとサーフィンはできませんし。

 私もヨットしていますから海の条件は理解できますね。サーファーは体力がありますから、山へ入り林地残材を収集し運搬することによって木質バイオマス地域循環システムの一翼を担うことになりますね。

 白浜海岸に将来は温浴設備をこしらえたい。という計画も現在海の駅東洋町の仮設店舗の発展形態として東洋町から聞いていますし。その熱源として木質バイオマスを活用したボイラーがあれば、最高ですね。

 参考ブログ記事「充実する海の駅東洋町

中嶋 地域に開かれた木質バイオマス地域循環システムであれば、そうした地域外のサーファーの人たちとの交流もまたより深まりますね。決して一部の団体だけが担うという閉ざされたしくみでは発展性がありませんし、地域循環にはなりません。

 それが最終的には「地球環境保全」になるのです。

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2008年4月13日 (日)

本当の木質バイオマスとは?  4月18日(金)

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(仁淀川町の温浴移設「ゆの森」。熱源は木質バイオマスボイラーです。)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストはNPO土佐の森救援隊で間伐作業をされている中嶋健造さんです。
 今回のテーマは「本当の木質バイオマスとは?」でお話しをお聞きします。今まで木質バイオマス地域循環システムのお話を伺いましたが。自然生態系の中での循環システムである。とお聞きしました。

 実際に地域社会の中で地域経済が循環していく。そのようなシステムになっている。そういうことを中嶋さんに聞いたことがあります。そのあたりの話しをお聞きします。

 林地残材という木材としては商品価値のない材を収集し運搬する。あるいは農家が兼業でされる。零細な林業家の人が収集運搬していく。運んで持ち込んで。終わり。と思いますけれども、それだけではない。実はその先にストーリーがあるやに聞きましたけれども。

Nakazima1_r 中嶋  この仁淀川町の木質バイオマス地域循環システムは国から補助金を貰ってやっているシステムです。時期がきますと当然補助金は打ち切られます。

 その後補助金がなくなっても持続可能なシステムであるかどうかがポイントです。当然地域経済として廻る形。そうでなければいけないのです。そこでひとつアイデアを出しました。

 実際今実験をしています。ほぼそれはうまくいっています。実は仁淀川町は林地残材を収集運搬してきた人に対して、1トンあたり3000円支払っています。この値段は林業界でいいますと非常に安い値段です。

 いつまで持続できるのかどうか不安です。実際に木材チップの業者などではトン当たり4000円程度の値段で取引されているようです。これは安い。安けれども今は出ている。これを持続可能になるためには、なんとかしないといけない。

 木質バイオマス地域循環システムは、実は大きな要素に森林整備がセットになっています。森林整備をすることによって、CO2の吸収効果を高めるということが1つです。

 それが燃料になって、石油などの化石燃料の代替になること。CO2の排出削減になること。それが2つめです。その2点がセットになりまして、地球環境保全を実施している。ということが言えると思います。

 それを成り立たしていただいている林地残材を収集運搬していただいている人に対して、環境保全、地球環境保全の「直接支払い」をお金ではなく「地域通貨券」で出すことにしています。(デカプリング政策と言えます)

 関連記事「地域通貨の可能性は?」(今城逸雄氏)

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 実は土佐の森救援隊は以前からモリ券を発行そいていました。地域通貨券もどきです。これをモデルにしまして仁淀川町に提案しました。現在のトン3000円はそのままにして、それとは別に環境支払いとして地域通貨券を発行したらどうだろうか。仁淀川町側はそれは面白いのではないかということになり、今実験中です。

西村 地域通貨券というのは地域マネーですね。日本銀行券ではないですのでどこでも使えるものではない。その地域の中でしかつかえない金券ですよね。

中嶋 例えば現金3000円とは別に、3000円分の地域通貨券を出す。これは地域の商店でしか使えません。このしくみのなかに地域の商店まではいってきます。それがぐるぐるまわれば地域の経済も活性化します。地域経済の浮揚効果にもなります。

 出る量、流通する量は最初はたいしたことはないでしょうが、実験ですので。

西村 地域通貨券は仁淀川町内でしか使えないものですね。

中嶋  そうです。

西村 そうしますと仁淀川町の商店もしくは施設はメリットは大きいですね。

中嶋 例えば地域通貨券を使えるお店が、使っていただくのであれば、地域通貨券の原資を出資しようかと。そういう風な話しになるのではないかと。

西村 地域ファンドのようなものも、エコファンドも可能性が将来でてきますね。

中嶋 今現在は当面は仁淀川町が一般財源で出そうと言うことですけれども、将来はこれを企業に求めるということを考えています。

西村 経済の話しでいきますと「サブプライム・ローンがどうした。」とか「石油の投機があり高騰している。」とか。エネルギー資源の高騰で日本経済に打撃を与えているというけれども、木質バイオマス地域循環システムは、環境生態系の循環だけではなく、地域通貨券により地域社会、地域経済も循環していく。

 その話の中でお金を集めてくる。投資をするエコファンドのような可能性も出てくるんではないでしょうか?企業の感心などはどうなのでしょうか?

Niyodogawamori

中嶋 このしくみはCO2の吸収が増大する効果があります。それとCO2の排出削減がセットになっております。
 CO2を排出している企業がありますね。今話題になっているのは二酸化炭素をオフセットにする。「カーボンオフセット」の動きがあります。

 カーボンオフセット とは

 これがおそらく「排出権取引」ということになります。CO2を排出している企業。排出量削減を義務付けられている企業に取りましては大変魅力があるしくみではないでしょうか?

 このしくみがCO2削減効果があるということになれば、このしくみを買いたいと言う企業もあるでしょうし。高知県はこういうしくみがいくつもあるということですとこれを金融商品という武器に出来るのではないのでしょうか。

 これはまだまだでしょうが、そういう時代が目の前まで来ているのではないでしょうか。

西村 中嶋さんは東京などへ行かれていろんな大企業の環境問題担当の部署の人たちと接触されたと聞いています。そのあたりの感触はいかがでしょうか?

中嶋 それは凄いですね。大手自動車会社なども山林をどんどん購入しています。自動車メーカーですから製造する段階でもCO2を排出します。完成品の自動車も常に排出しています。

 そうしたメーカーが山を買っているとか、今まで山を所有していた企業も山を活用していなかったようです。お荷物だったようですね。それを再度見直そうという動きが大手の企業から出てきています。

 ほんのこの前ですがある大手商社にそんな話を聞きました。

西村 環境問題ということで、森林の保全と涵養、山を守ろう。環境と言うことは地球全体のこと。多くの世界経済に関わる問題になってくるようです。
 環境の面でグローバルな観点から、木質バイオマス地域循環システムを見ていくことも大事ですね。

中嶋 日本は森林の国です。これは世界に対して大きな武器になります。それを最大限に活用しないといけないのではないのでしょうか。
 
西村 日本人のご先祖が守り育てていただいた森林と言うものを本当にこれから将来にわたり、子々孫々のために最大活用する。地球の為、地域のために森林を活用する時代が来た。そうなるのでしょうか?

中嶋 高知県は全国有数の森林県です。他にそれ以外資源はありません。そうすると高知は「森林を保全して上手に活用する、」しくみづくりがとても大事になります。
 高知県はそういうしくみをつくる使命があるようにわたしは思います。
Taidann2_r

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2008年4月 6日 (日)

木質バイオマス地域循環システム計画とは? その2

Mokushituphaikan_r

(仁淀川町の木質バイオマス地域循環システムのプラント全景です。)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストはNPO土佐の森救援隊で間伐作業をされている中嶋健造さんです。
 前回に引き続き今日は「木質バイオマス地域循環計画とは? その2 」についてお話をお聞きします。

 全国にも木質バイオマス地域循環システム構築をめざす実験プラントがいくつかあるなかで、高知県仁淀川町がうまく稼動しているという話でした。
 零細な規模の林業家、山林所有者や間伐ボランティアの人達が山林に倒木している切捨て間伐の木を小さく切って、トラックに積み込んで運搬して、木質バイオマスのプラントまで持って来ているように聞きました。
 個人林業主や山林所有者、間伐ボランティの人達が山林から林地残材を搬出運搬することは、専門家に寄ればとても難しいだろうから量も少ないだろうと言われていたそうですね。
 それがとても順調に推移しているようですがそのあたりの経過はいかがなものでしょうか?

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中嶋 もともと仁淀川町のしくみも大規模に施業している企業や団地化したような間伐施業している森林組合という2つの組織で林地残材の8割から9割を拠出する計画でありました。残りの1割から2割を小規模林業者、個人山林主、間伐ボランティなどに拠出していただければよいという当初の計画でありました。

 いざ事業を開始しますとやはり企業体になっているところは、人件費やいろんなコストがかっていますので、なかなか林地残材を山から出すことがしんどかったり、まとまった量が出せなかったりしました。

 それに比べまして、我々は特定の企業や森林組合だけではなく、山から林地残材を収集運搬するのはのは地域住民全員が対象ですよと言い続けてきました。誰でもいいから山林所有者の方。山林所有者でなくても林地残材を出せる方に呼びかけました。

Zentaihansyutugurafu

 その推進策を実際に実行してみました。するとそうした小規模な林業家、山林所有者、個人の人達、間伐ボランティアの人達が当初の予想を上回る林地残材を収集運搬し始めました。登録されている方だけで40人を超えるようになりました。

 この木質バイオマス地域循環システムが順調に稼動するためには、月に160トンかた170とトンの林地残材が必要です。そうすれば100%稼動になります。今年1月はそのうちのなんと150トンを個人の方だけが収集運搬されたのです。

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(プラントには林地残材が山と積まれています。)

 沢山の林地残材を出す方がいますと、安定供給にもつながります。林地残材を個人の収集運搬する方が増えたために「これはこのシステムうまくいくのではないか。」と関係者が皆思い始めました。

西村 仁淀川町の木質バイオマス地域循環システムの実験プラントでは当初は林地残材を持ってきてくれる人達がいるいのだろうか。心配していたところが、中嶋さんたちが予測したとおりに、個人林業主や山林所有者、間伐ボランティの人達がどんどん林地残材を収集運搬してくれるようになったのですね。

 こういう事例が成功事例になれば、高知県下の他の自治体や他の地域、あるいは企業などでも応用が可能なシステムではないのでしょうか?

 
Nakazima1_r 中嶋  実施しているうちにこの木質地域循環型システムは、林業をなさっている人達だけでなく、女性や子供達であっても林地残材を収集運搬できるのではないか。そう考えるようになりました。
 なぜかといいますと林地残材は短く切りまして運びます。1度子供達に収集運搬の作業をやってもらいました。

 そしたら小学4年生のグループでたくさん山へ来てくれましたが、3トンほど林地残材を集めてて運搬することが出来ました。

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 そして今仁淀川町のしくみがほぼ完成に近づいています。中山間地に住んでいる人がいれば、山を所有されている人がいれば、どの地域で実践しても成功すると思います。そう確信するようになりました。

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西村 「木質バイオマス地域循環計画」は現在高知県では、仁淀川町が先駆的事例でしょうか。また関心を示している自治体はあるのでしょうか?そのあたりの反響はどうなのでしょうか?

 東洋町での木質バイオマス地域循環システムの説明会

中嶋 現在仁淀川町への視察が急増しています。嬉しい悲鳴だそうです。あっちこっちから問い合わせもあるようです。
 我々ははこうした小規模な搬出の仕組み(林地残材を山から収集運搬する)を考案しました。直接私のところへも連絡が来たりします。是非見に行きたい。どのようになっているのかと。そのような連絡が最近は頻繁に入るように成りました。

西村 高知県下の自治体でも関心あるところが増えているのではないでしょうか?

中嶋 自治体では東のほうの東洋町です。昨年核廃棄物を拒絶しました。自然系のエネルギーで自給をすることに強い関心を示されています。(実際に3月18日に東洋町の職員の方は仁淀川町に視察に来られました。)

西村 確かにこれほど石油価格が燃料であれ、原料であれ、石油関連製品であれ上がってきますと、いろいろ皆考えるようにりますね。地球環境がどうした。温暖化がどうしたとか。
 高知県は県の面積の82%以上が森林です。どの自治体、市町村でも木質バイオマス地域循環計画は導入できますね。それは可能ですね。

 その場合導入可能な「必要十分条件」は何でしょうか?そのあたりはいかがでしょうか?

Niyodogawamori
中嶋 まず森林がないといけません。またこの林地残材を遠くから運んでくると言うことになりますと運搬時のCO2の排出も気になるところでよろしくないです。

 近場で「自給する」という形になります。最終利用するエネルギー(熱源・電気)の利用先が必要です。電気ないし熱ですね。

 熱の場合は木質ペレットにするので運搬は可能です。やはり地元で熱源を利用できるところがあればいいですね。電気利用する施設があればいいですね。

Mokuboirar1_r (いちごハウスの熱源。冷暖房に木質ペレットボイラーは稼動しています。)

 それとその地域に林業が多少あって、山林所有者がそこそこおればいいのです。高知県はたぶんどこでも木質バイオマス地域循環システムの導入は可能であると思います。

西村 これは大きな話になりますが「エネルギー革命」になりますね。昔は高知県は森林県で日本1の木炭の産地でした。当時はエネルギーの「地産地消」が可能でした。
 今の時代は石油は遠く中東から運んでこないといけません。原子力発電とて原料のウラン鉱石は外国から運んでこないといけません。

Ikata

 発電設備は火力も原子力も海の近くに立地し、送電コストもかかる。それが今のエネルギーとか発電の現状ですね。そうではなくて「エネルギーの地産地消」というようなことも聞こえますがそういうことになりますね。

中嶋 昔は木をフルにエネルギー利用していましたね。(薪であるとか木炭であるとか。)
 今はエネルギーに木を使わないのは石油のほうが安くなったからですね。最近は石油が高騰しまして、逆に木を使えるようになりした。

 ただ木は限界のある資源です。使い切ることはできません。ある程度ですが活用可能です。昔のクリーンなエネルギーがもう一度今の時代に蘇ると。そういう時代にとうとうなったのだと。喜んでいます。

Kanbatuhanssyutu01

西村 そうしますと昔話の桃太郎の話でしたでしょうか。「おじいさんは山へ芝刈りに行きました。」というところがありますね。木切れを拾って薪にして燃料として使用していた時代が日本にはありました。

 燃やしたところで木ですのでダイオキシンは出ませんね。燃やせば灰が出来ます。その灰も木を燃やしてできたものですから、有機農業にも活用できそうですし。

中嶋  木質バイオマス地域循環システムでは林地残材を活用します。木質ペレット化して燃料化させますが、それはピュアな木を燃やしますですので全然有害ではありません。灰も有効利用できます。
 この仕組みでは捨てるものはありません。損する人はいません。本当の循環システムになりますし。いいことづくめです。

Mokushitupereto2_r

西村 燃料にするためにむやみに森林を伐採して(皆伐)して、かえって山が荒廃してしまうのではないか。禿山になるのではないかとも心配されるひとが一部にいます、その心配はないのでしょうか?

Hageyama (はげ山になっては元も子もありません。)

中嶋 その可能性はあると思います。故に行政側が歯止めをかけないと行けないと思います。限度がどこなのか。調査をしないといけないと思います。
 林地残材がどれ位あって、どのたりまで収集運搬が可能なのか。

 この事業は全山皆伐(全山伐採)してまでやる事業ではありません。それは行き過ぎです。そこの歯止めの仕組みはなんとかしないといけないと思います。
 循環利用というのはそのなかで活用する。限度のなかで活用すべきものであるからです。

西村 だから「地域循環型」というのは、「再生可能な資源として」森林を再生し、活用するための事業です。

中嶋 個人の人が林地残材を収集運搬しますとお金になります。全部伐採しますと、それで「終わって」しまいます。長年にわたり収入を得たいと言うことでありましたら、今林業界では「長伐期施業」というものを提唱しています。

 100年伐期、120年伐期とか非常に長いスパンで山を管理していく。そういう観点で山を管理しますととてもいい森林保全・水源涵養になります。

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2008年3月30日 (日)

木質バイオマス地域循環計画とは? その1

Nakazima1_r (中嶋健造さん)

西村 4月から新番組「けんちゃんのいますぐ実行まちづくり」をスタートします。

 この番組は高知で活躍している実践的なまちづくりをされている人をゲストにお招きし、高知市の1市民である「けんちゃんがとことん聞くというものです。

 「話しの話し」や「まちづくりごっこ」では満足しません。高知をおもしろく、活き活きとした街に変えようとする意欲のある人に出演をお願いしています。

 番組1回目の「けんちゃんの今すぐ実行高知のまちづくり」のゲストは中嶋健造さんです。中嶋さんは以前「けんちゃんのどこでもコミュニティ時代にも出演いただきました。その時は棚田や田舎暮らしやグリーツーリズムのお話が中心でした。

 中嶋健造さんはコンサルタント会社に勤務されていまして、全国各地のまちおこしの事例にも詳しい人です。ご自身は休日にはNPO土佐の森救援隊の隊員として高知の森林を涵養するために間伐ボランティアとして活動されています。

 今日は「木質バイオマス地域循環計画とは?その1」お話をお聞きします。
 中嶋さんは間伐をされていて思いつき、実行されていた事業のように聞きました。木質バイオマス地域循環システム。聞き慣れない言葉です。そのあたりはどうなのでしょうか?

Kanbatu03 (週末は高知県下の山へ間伐ボランティアに行かれています。)

中嶋 まず木質バイオマス地域循環システムですが、どういうしくみなのか簡単に説明させていただきます。

 今まで山に捨てていました残材。用材(建築用,建材用にならない木の部分)にならないような材。

 あるいは切り捨て間伐材。そうした(やっかいもの)ものを「エネルギー転換」させます。電気や熱エネルギーとして活用する。そういうシステムです。

西村 わたしも間伐作業体験を昨年1度しました。二葉町自主防災会間伐体験事業で物部の山中へ行きました。

 チェーンソーを使用して木を切り倒します。間伐した木はどんと倒れます。その倒れた木は持ち帰るのではなくそのまま放置。ほたくり(そのまま放置する)です。木質バイオマス地域循環システムはその「ほたくり」の木、倒木を利用するということなのでしょうか?

Kirisutekanbatu

中嶋 そうですね。現在高知県では「切り捨て間伐」というやりかたの間伐作業が多いです。それはひょじょうにもったいないですね。

 それから用材(木材)を出した後に残る材も山にそのまま捨て置いています。この材木も使えるのであれば使いたい。こうした(いままで現地に打ち捨てられたいた木材)も活用されるしくみである。

 それでその目的は、1つは今世界中で深刻な問題になっている「地球温暖化」対策として最大活用できるのではないかと言うことです。
 現在投機もあるのでしょう。重油や石油などの化石燃料が高騰しています。その対策にもなります。
 それからいままでやっかいものとして山に放置され捨ててあった材(木材)が燃料になる。それはひょっとすると山に居住されている人達の雇用にもつながるのではないか。
 あるいは山間地の産業の1つが出来るのではないか。そのようなことでこの木質バイオマス地域循環システムが最近大変注目されて来ているのです。

Hansyutu1 (今まで山に放置されていた林地残材をトラックに積み込み搬出しようとしています。)
 
西村 ということは先ほどの話しですが、製材の時発生する木のくず。それから木材を建材として使用する場合は使える木の部分は意外に少ないですね。切り落とされてそれらは捨てています。

 それらを活用した木質バイオマスという事例は聞いたことがあります。中嶋さんの提唱されている木質バイオマス地域循環システムは、それだけではない仕組みなのですね。
 間伐作業で切り倒された商品価値のない木を、最大活用するということなのですね。

中嶋 製材過程で発生する端材などを活用することは既にしくみになっています。問題は大量に山間部に捨ててある切捨て間伐材や端材です。この材が活用できる。

Hansyutu2
 ではどうしてそれがわかっていながら活用することが広まらなかったのか?
 原因は燃料として石油の代替にならないといけないのですが、石油より高ければ広まりませんね。残材ですから安く供給されないといけない。

 材材を山間部から出してこようとすると、林業の主要な担い手である森林組合などがその作業をしますと高いコストがかかります。そこがネックでありました。

 山に放置されている材木を集め、運搬する収集運搬するしくみが「コストの壁」がありシステムとして成り立ちませんでした。

(原木さえ運んでプラントまで来れば破砕し、チップ化しますので熱源や発電、木質ペレット製造のシステムは企業の技術開発でほぼ確立されています。後の利用は出来ます。

Garabakosu01 (自走式の木材破砕機「通称ガラバコス」です。運び込まれた林地残材はこの破砕機でチップ化されます。)

 1番の問題は中山間部の森林からいかに林地残材(切捨て間伐材や端材)をきちんと定量集め、安定供給できるのか。

 川上の部分が1番の問題であり、従来の木質バイオマスのしくみはそこがなおざりで高コスト体質。事業主体が常に補助金を搬出業者(主体は森林組合)に拠出続けないと維持できないしくみでありました。)

西村 木質バイオマス地域循環システムの概略的なお話は聞きました。今ひとつわからないのは、間伐します、木が倒れます。多くはほたくり(放置)されます。理由は商品価値のない(用材として価値のない)木を山から運び出したところでコスト倒れになるからですね。

 中嶋さんたちは間伐した木を小さく切って、トラックに積み込んで運んでいって、エネルギー資源や発電資源に転換するしくみをこしらえられました。具体的な話をお聞きしますと仁淀川町でうまく稼動しているやに聞きました。
 そのあたりのしくみをお話ください。

Baiomasuplant0 (佐川町で稼動している木質バイオマス地域循環システムのプラント)

 参考ブログ記事   

中嶋  仁淀川町がバイオマスエネルギー地域システム化実験事業というものを、経済産業省の外郭団体NEDOの補助事業を受けました。実験事業ですね。

 木質バイオマスの事業で「林地残材」を燃料にする事業は全国どこも成功事例がありません。国が実験事業をして「成功に導きなさい」ということで全国7箇所で実験事業をしています。

 その1つが仁淀川町です。小規模な林業現場からどうやって林地残材を搬出してくるのか。そのしくみ、無理なくできるしくみを土佐の森救援隊に対して、仁淀川町からシステム化の依頼がありました。それを受けました。

西村 さきほど言葉がわからなかったのですが「林地残材」という言葉を使われていますね。これはどういう字を書いて、意味はなんでしょうか?

中嶋 「林地」に「残った」「」と書きます。

西村 「」の「」面に「」った「」木だから、林地材材なのでしょうか?

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中嶋 そうです。通常の林業では用材用(多くは建築用)として木を森から搬出します。木は切り倒しますと、根っこに近いところから伐採します。根っこにちかい部位は曲がっています。

 用材にならないので1メートルくらいは切り捨てられます。そこから上が用材になります。後先のほうですね。こちらも細くなっていますので、切捨てられますね。

 用材にならない根元の部分と、先の部分。これが「林地残材」です。(今までは大量に森林に放置されていました。)

西村 なるほどそれが林地残材ですね。野菜で言えば葉っぱも切り落とし、根っこも切り落とす。大根なんかも料理に使うのはそのなかの部位だけですね。材木もそうなのですね。
 中嶋さんたちの構想は「全部活用しよう」ということなのですね。

Rinntizanzai

中嶋 それで結構です。

西村 それを仁淀川町ではそのようにして活用して上手く行っているのでしょうか?

中嶋 実は林業界では用材(建築用材)を山から出して来ても下手したら赤字になるという状況なのですね。それで言うなれば商品価値すらない「ざっとした」(そ雑な)材を、高性能林業機械を使って(グラップル等)出してきますと、当然コストがかかりますね。」(機械の焼却費用もかかりますし)
 林地残材ですので購入する側はなるべく安く購入したい。その安価費用以内で搬出出来るのかと言いますときわめて困難でしょう。だから林地残材の収集運搬が全国なかなかうまく行かなかったということです。

 けれどもわれわれは出せる人達がじつはたくさんいるのではないかと思いました。土佐の森救援隊はボランティアで間伐作業をしています。人件費がかかりません。林地残材を運ぶことが出来ます。

Tosanomororikyuenntai

 しかしボランティだけではなかなかきちんとした量の林地残材を出せません。

 土佐の森救援隊では個人の山林所有者の人達が参加いただいています。山を所有しているが林業技術がない。将来は林業をしてみたい。

 山を活用したいという人達が土佐の森救援隊に体験として作業に来られています。結構数は多いのです。

 それで自分達は彼らと話をしましたら、どうもこうした「個人林業家の卵の人たちは自分で林地残材を山から出せるのではないか。」とそう思いました。

 では本当にそう思う人たちが仁淀川町に存在しているのかどうか調査してみたらどうだろうか。そういうところから最初取り組んでみました。

 やっているうちにかなりいるのではないかと感触を掴みました。

Tosanomorikyuuentai2

西村  確かに知り合いのなかにも個人で相続したりして多くの山林を所有されている人達がいます。

 昔はうらやましい存在でしたでしょうが、今は皆さん困っておられます。そうした人たちはみじかにいるものです。

 二葉町自主防災会の間伐ボランティアで行った山は香美市物部でした。確か民有林でした。好きに伐採して間伐してくれ、」切り倒しでもかまんき。とうことでした。
 さきほどの知り合いの山林所有者も「ほたくり」(放置)されていまして、山に手を入れたい(間伐したいが)がその経費がないし。山は荒れ放題。その人達が集り、やるきになればなんとかなるものでしょうか?

(二葉町自主Kanbatutaiken防災会での間伐体験作業の様子

中嶋 それはわたしも感じていました。
 仁淀川町が町内の全所帯すべてに調査をしました。うち3分の1の人達が山林を所有しています。その山林主の人達が「山をなんとかしたい。」と言っています。山からの木の搬出も過去はかなりしていたそうです。

 「今後林業技術をきちんと教わったらたら材の搬出をしたいですか?」と聞きました。かなり多数の山林主の人達が「搬出したい」と回答いただきました。

 ボランティアに参加してもいいと言われる人もいました。調査で山をなんとかしたいという思いの人達が想像以上にいることがわかりました。

 それを専門家の人たちに報告いたしました。すると「そんな殊勝な個人がいるわけがない。個人で林地残材を山から出すのは無理どろう。」という反応でした。
 土佐の森救援隊として活動していますと、こうした個人林業家のひとたちや山林所有者の人たちはやる気があると思いました。仁淀川町での調査どうりなのか実証したいので「ぜひ林地残材の搬出の実験をお願いしよう」と取り組みが始った次第です。

Zentaihansyutugurafu (小規模の林業家の林地残材搬出量が仁淀川町は格段に増えています。)

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