2009年3月 7日 (土)

白州次郎は評価に値する人間なのか?

 以前ブームになる前に白州次郎の本を読んだことがありました。プリンブルななんとかという本であったと思います。結論は面白くない本でした。印象に残らない。

 日本で最初にGパンを履いた男であるとか、欧州時代はカーレースの常連だとか。英国で身に着けた英語でGHQの連中をやりこめたとか。本当かうそかわからない逸話の面白い男でしょう。

 戦後の1時期吉田茂首相の工作員(?)的なこともしたようですし、当時も今も日本人ばなれしたキャラクターが注目されているのでしょう。

 いずれにしても市井の市民とは無縁な人であると思いました。

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2008年8月17日 (日)

高知学・土佐学研究所をこしらえよう 8月2日(金)

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「高知学・土佐学研究所をこしらえよう」で島本茂男さん、中平崇士さんにお話しをお聞きします。

 みなさんがそれぞれの領域で「高知らしさ」「土佐らしさ」を再定義しようとするところ、想いはどういうところなおでしょうか?

Shimamotoss01_3 島本 まず高知が元気がないな。というところが、最初にありました。なんでそうなのかと言いますと東京の物差しで計っているからです。グローバルスタンダードに従わないといけない。

 結局高知は高知独自のものを考えて行けばいいのではないか。高知の古代から現在までを振り返り、高知らしさで勝負していくこと。それでいいのではないか。
 その思いが強くあるからです。土佐邪馬台国大いに結構。それを物語にして自分達の自信を取り戻していけばいい。

中平 同感ですね。アメリカとかそれに影響を受けまして、東京の文明に侵食されればされるほど、土佐弁とか(高知の)暖かさとか、重層的な文化とかにシンパシーを覚えます。

西村 高知県の経済人の皆様方も「土佐のおきゃく」というイベントを3年ほどまえから多額のお金をかけてしています。しかし今ひとつ盛り上がりに欠けています。それは何故であると思われますか?

中平 「土佐のおきゃく」に限ったことではありませんが、まず前提の”問い”がないのではないかと思います。前提と言うのは、「おきゃくとは何か?」。そこをつきつめることをしていないの他県の人間が「おきゃく」を理解できるわけがありません。

 「おきゃく」というものに言及するならば、「まれびと」というところまで踏み込んでいかなければいけないと思います。

西村 すみません。「まれびと」という言葉ですが。「まれびと」というのは何のことでしょうか?これも聞いたことはありませんけれども。

島本 まれびとと言うのは民俗学者の折口信夫(おりぐちしのぶ)さんが、「遠来の客をもてなすとき」に使った言葉です。

 琉球の人たちには「まらぷと信仰」がありますが、これが「まれびと」のもとになったのではないかと。
 つまり外から来てくれるひとは神様である。ととらえています。お客さんは神様なわけですね。そしたらもてなすのは当然である。そのことが「まれ日と」論につながっているということですね。

西村 だとするならば、今やっている「土佐のおきゃく」なるものは、お酒を飲む人だけを対象とした土佐料理だ、とさのお酒だ。宴会をしようというだけ。それだけではなくもっと大きなものですね。

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(料理やお酒を飲むことだけではないと思います。)

島本 ですのでもっと大きな意味を皆で再認識をしないといけなかったのです。それが今高知で全然できていないと思います。ですので盛り上がらないのでしょう。

西村 例えば幕末・維新・民権運動の時代は土佐人はたくさん活動的な人物が輩出しました。しかし今の高知ではすべて坂本龍馬1人に一元化する傾向があるようです。飛行場に龍馬の名前をつけるぐらいですし。しかし私はなにか釈然としません。

 本来は保守的な人達が龍馬を免罪符にしているだけで、高知の社会は保守的で停滞しているとしか思えませんが・・。

島本 土佐人は革新的でものをどんどん変えていく力がありました。だけどそれができないというのは、結局龍馬を「免罪符」に使っているのです。今の自由主義経済というのは「自由」という字が書いています。それは土佐人が大好きです。

 自由主義経済は正しいと思っているかもしれませんが、自由主義経済は客観的に見てどんどん不自由になります。動きが取れないようになります。

 自由主義体制に胡坐をかいていますと、どんどん保守的になってしまう。こう私がかんがえてことです。

中平 そうですね。わたしは「アイデンティティを失った人間は1つの神様を信じる傾向がある。」ように思います。
 1つの神というのが「龍馬」になっているのではないのでしょうか。

西村 わたしは近い将来構想で「高知県物産公社」をこしらえたいと思っています。その場合なにかと産品やいろんな場面で競合する宮崎県や沖縄との差別化が必要であると思いました。それは歴史であると思いました。そのあたりはどう考えますか?

島本 大いに賛成です。これにはロマンがないといかん。土佐邪馬台国論。これなんかスケールが大きい。これをもっと出さんといかん。そうせんと、なにか凄いものがないといかんやいか。

 宮崎のお笑い出身の知事に勝たんといかんと思います。しかし今の高知県知事は派手な人ではないし。そこは皆で盛り上げないといけないと思います。

中平 私は本当に歴史は大事であると思います。ですので土佐邪馬台国というものを取り上げていこうと思います。
 結局絶対に高知に邪馬台国があったというのではなくて、それを提唱することによって、みなが1つの価値に収斂されていく。力を合わせてなにかに向っていく。そういう価値自体を掘り起こすことが重要であると思います。

西村 その話を聞きますと、最近の高知県人は歴史を大事にしない県民ではないか。
実は高知県を訪れたビジターがその土地を訪ねたら訪問するのが博物館。美術館。歴史館。高知はそのあたりが整理されていなくてばらばらで支離滅裂ですね。

 歴史民族資料館、高知県立美術館。高知県立文学館。高知市立自由民権館。高知県立龍馬記念館。高知城。どうせならすべて高知城周辺にすべて集めたら良いとは思いますが・・。まとめて集約すれば高知の歴史と文化が体系的に学べると思いますのに・・。

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(高知城の周辺に歴史・文化資源を集積すべきでしょう。)

島本 とても大事なところです。ばらばらになっていますと体系的に全体像がつかめないし、つくれん(こしらえることができない)と思いますね。近いところにあるとそれらを全部廻ると高知県民像、土佐の歴史が全部わかります。土佐の財産もわかります。

 そうなれば県外のビジターにも高知県民にも得なのです。そういうのがない。どうしてないか。それは高知県民が「歴史を大事にしなかった。」からでしょう。

 高知県民は縄文人の末裔でそのとき、そのときを生きてきたから、その場しのぎでやっている。だから体系的に高知の歴史を古代から学ぶ。ロマンも含めて。それをしないといけないとつくづくこのごろ思います。

中平 私の場合は”体系化”というものが大きなキーワードです。体系化というものは、それができないのが高知県人のええとことでもあります。悪いところでもあります。
 体系化できる土佐人がですね率先して高知の歴史を掘り返したり。ということをやればええと思っています。

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2008年8月 3日 (日)

何を持って高知らしさと言うのか?

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「 何をもって高知らしさ 土佐らしさと言うのか?」です。

 高知県内にいますと「高知人」を無意識に感じ、「県外人」という表現もしたりします。では高知県人とはどういう特色があるのかというと意外に答えられません。

 沖縄では「ウチナンチュー」と言えば全てが表現されているのですが・・沖縄ではリアリティを感じます。わたしは家内が沖縄なので特にそう思います。そのあたりの理由はなんであるとみなさんは思われますか?

Shimamotoss1 島本 高知県民。自分達の意識は強い。「県外人」という表現があるように、排他性も感じます。では高知県人は一致団結してことに当たるのかと言いますとそうではないですね。ばらばらですね。特色に十分答えられないのはそのあたりに理由があると思います。

中平 私の場合は(まず)四国のレベルで言いますと、高知以外の3県(愛媛・香川・徳島)は豪快さが足りない、という風に感じます。思想的でもない。変人度が低いとも言えます。

 枠にはまってなにが楽しいのかとも思います。でもそれでも高知県人もそういう傾向の人達が増えて来ています。危惧しています。

 全国的でいきますと「革命的でない」「大きいものを信仰する」傾向があります。
 無条件に東京が行うことは善である。と言う風に思い込んでいます。それはアメリカがやることは無条件に善であると思い込んでいますことと同じことです。

 こういうことに「違和感を感じること」が高知県人ではないかと思います。それを「いごっそう」とか「はちきん」とか言うと思います。

 いわば反骨ですね。大きいものにはまかれないということですね。

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(日曜市の風景。これらも高知らしい風景の1つ。でも最近は観光ずれしてきたようだ。)
西村 いま高知県は観光に力を入れているようです。しかし昨年は観光客が減少しました。今年も期待できません。「花・ひと・出会い博」とか称し、高知出身のお笑いタレント間寛平を起用しキャンペーンをしています。しかし効果があるようには到底思えません。

 その理由は「歴史を大事にしているようで、全然大事にしない高知県や高知市」になるのではないかと思います。

 例を挙げれば幕末・維新・明治初期に活躍した郷土の偉人達(儒学者岡本寧穂、武市半平太、中江兆民ら)のゆかりのある新堀川を埋め立て破壊し、自動車道路をこしらえる公共事業を平気でしているからです。そのあたりはみなさんはどう思われますか?

S2_r (歴史資源の新堀川を吐かして道路建設は進んでいます。)

島本 歴史より公共事業による経済活性化を優先しているからそうなるのです。歴史を軽視することは自分達の命を軽視することにつながります。そういう意識を変えていくことが、これから高知では必要ではないかと思います。

 歴史を大切にしていく経済活性化だってこれから考えられます。もちろん歴史の価値を見出していかなければなりませんし。それから一言付け加えますと、現在の公共工事は中央のゼネコンに吸い上げられて地元にはご利益があまりない。こういうこともどんどんあらためないといけないですね。

中平 私の場合は、”掛ける言葉もないくらい高知県や高知市の政策は無残なものではないか”と思います。「歴史を大事にすると言いながら、新堀川に蓋をする」ことなどを見るといかに「言行不一致」であるかということです。

 現在の状況から考えますと”むしろ行政(高知県・高知市)が消滅したほうが歴史が守られるのではないか?”。そう思います。どれだけ行政はお金(税金)を使って余計なことをしているのですね。

 そのことは継続的、組織的に行われていますので、明らかに犯罪といえます。こういうことを高知県民は深く認識すべきではないでしょうか。

島本 なるほど今行政(高知県・高知市)がやっていることは文化的ジェノサイド(虐殺)と言っているわけですね。

中平 そうです。

西村 島本さんの言われる高知らしさ、土佐らしさはなんですか?

島本 前に香美市在住の漫画家くさか里樹さんがテレビ番組で「高知の人には原始人の逞しさが生きちゅう。」と言われていました。

 梅原猛さんの説も「高知の人は縄文文化の風土を色濃く残している。」ということなんです。それは一方で野蛮で感情が爆発して、そこら辺を暴れまわるイメージもあります。強い自我とか意志を持っていて、それから本質をぐっと掴んで時代を切り開いていくイメージもある。

 土佐人は潜在的な革命家ではないのか。思うわけです。原始的な強さ。それが高知らしさ、土佐らしさと言えるのではないでしょうか。

西村 中平さんの言われる高知らしさ、土佐らしさはなんですか?

中平 自分の場合は簡単に言いますと、そういうメンタリティは土佐弁に殆ど集約されているいのではないですしょうか。そうい風に思っています。

 今から土佐弁を喋りますが、一つ目は「回りくどいことをすな」という土佐弁があります。2つ目は「白黒はっきりせえ」という土佐弁も聞きます。
 後は「年寄りは大事にせんといかん」「今日喧嘩しても明日は忘れる」というメンタリティもありますね。

 「そんなに言うちゃるなや」(それほど言わなくても)

 こういう土佐弁の表現のなかに高知らしさ、土佐らしさがほとんど詰め込まれていると思いますね。

西村 新しい定義で「高知らしさ、土佐らしさ」のコピーやキャッチフレーズをこしらえるとすればなにがふさわしいと思いますか?アイデアがあればご披露下さい。

島本 いろいろ考えてみました。原始的な力ということをを出して行きたい。時代を切り開いていくのだというで、土佐人の時代を切り開いていく力が人類の未来をつくるのではないか。
 人類の未来は土佐でつくるぞ。そんなことをこめまして。

「時代を切り開く原始人。人類の未来は土佐にまかせろ!」とこういうのはいかがでしょうか。

西村 中平さんはいかがでしょうか?

中平 そうですね。東京に高知県人は洗脳されちゅうわけですね。土佐弁でいきますと、「洗脳されたちいかんぞ。自分の頭で考えて自分の足でたたんといかんぞ」となりますね。

西村 日本経済も破綻しかけているようですし、手本としようとしたアメリカ経済が破綻寸前ですのでモデルなき社会の危うさを感じますね。
 人口も少ない。経済力もない。東京的スタンダードで行くと高知は全く絶望的な未しかないのかとしか思えません。

 そうではないと中平さんは思われておられますね。東京から高知を見られてどう思いますか?

中平 今広まっている市場原理主義ー新自由主義に対抗する思想なり、ドグマをこしらえないことには市場原理主義の力を弱めることはできません。そう思いますね。

西村 そのあたりのパワーを高知はもっている。市場原理主義を弱めるパワーを高知は持っていると島本さんは考えているのでしょうか?

島本 土佐人にはそのパワーがあります。「古きを訪ねて、あたらしきを知る。」
 土佐の古代を訪ねていくことで、きっとそれは見つかると思います。

Shuuroku1_r (話しは尽きませんでした。)

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2007年10月19日 (金)

中国は民主化しないのか?

 先日中国で共産党大会が開催され、胡錦濤国家主席(共産党総書記)の主導権が確立したらしい。「調和ある社会」をめざしているとのこと。

 調和社会、高いハードル 胡主席、問われる政治手腕(中日新聞)

 共産党1党独裁を大前提として「調和社会」だとのこと。中国の民主化は程遠い。経済優先で格差社会が社会主義体制で拡大しても、政治的自由がないから社会は歪む。

 排外主義で反日運動を扇動して「ガス抜き」を必ずすることでしょう。民主化しないと危険であると思います。

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2007年10月 9日 (火)

沖縄の声を無視するな

 沖縄教科書の抗議集会の参加者は11万人と言われているが、実際は4万人規模ではないかと言われれ論議されているらしい。

 沖縄教科書抗議集会 参加者は「4万人強」 「11万人」独り歩き(産経新聞)

 実際の人数の論争はある意味どうでもいいのではないかとも思う。むしろ沖縄では保守系も参加し、「超党派」で抗議集会に参加した意義が大きいのです。保守系の知事が文部科学省に抗議に行ったこともあります。

 住民の手段自決の軍の命令書が公式文書で残っていなかったから軍の命令はなかったという意見で教科書から「軍の命令」が削除されたようです。しかしそれは誰でも少し考えればナンセンスであることは明白。

 日本軍は沖縄各地で追いつめられ、物資も困窮し、武器弾薬も不足していました。指揮命令系統は敗走により崩壊していたのでしょう。しかし軍隊経験者に寄れば戦陣訓があり、捕虜になるぐらいなら自決せよと言い聞かされていたとか。

 貴重な手榴弾と毒薬を住民に軍が配布したということは、命令書の有無に関わらず住民に手段自決を強要したことになります。沖縄には集団自決で家族を失った人達が大勢います。

 その声が政党の枠を超えた大集会になったのです。そしてその声が大きくなると今度は「政治の力で教科書の記述を変えるのはおかしい」との態度。当時の伊吹文部科学大臣(現自民党幹事長)が言われていました。

 国民の声を無視して、歴史を捻じ曲げようとしていたのは政府です。誤りは正背場良いのですから。

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 (米軍基地の辺野古への移設反対の集会の様子です)

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2007年9月27日 (木)

強固なる「戦後レジーム」

 結局安倍晋三首相は勢いよく「戦後レジームの解体」を叫んで、強行採決の繰り返して民主主義を無視し解決を図ろうとしましたが、厚い壁に跳ね返されぼろぼろになり突然辞任しました。無残な末路でありました。

 1昨日BS-Iで「小説吉田学校」(1983年 東宝 森繁久弥主演)を見ました。ワンマン宰相吉田茂氏の姿を克明に再現Yoshidashonmm しています。直前に「吉田茂とその時代」を読んでいましたので時代背景をよく理解できました。

 映画では吉田茂氏の弟子が池田勇人氏と佐藤栄作氏。若い衆に田中角栄氏、宮沢喜一氏。対立勢力に鳩山一郎氏と河野一郎氏と三木武吉氏、石橋湛山氏。
  ちょい役で安倍晋太郎氏,竹下登氏、中曽根康博氏、渡辺氏、福田赳夫氏などが現れます。今の時代にも彼らの2世、3世も現れています。

 戦後の混乱期に本来なら鳩山一郎氏が担う総理総裁をする予定が戦犯追放。代役で吉田茂氏が登板。GHQとぎくしゃくするもマッカーサーとのトップ会談で意気投合。最大の政治課題である講和条約締結をやりとげた人物。

 アメリカの言いなりにならず、のらりくらりと、時に「憲法9条」も活用しながら軽軍備、経済発展第1の基礎をこしらえました。弟子の池田ー佐藤で高度成長経済に乗り、日本を先進国に引き上げた功労は大です。

 対米従属ー再軍備の勢力とは徹底的に対立、無力化した功績は実に大きな存在。対米従属勢力の末裔の安倍晋三氏は見事に跳ね返され砕け散りました。

 今一度吉田茂の業績の功罪を点検する必要はありますね。

サンフランシスコ講和条約に調印する吉田茂首相。

Skowazixyooyaku

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2007年9月19日 (水)

アメリカの犯罪は「満州国」立国と同じ

 先日家内が録画していたアフガンやイラク戦争に関するドキュメンタリー番組を見ました。そうするといかに米国政府が情報操作し、「でっちあげ」で強引にイラク戦争へ道へ突入していたのかが明白な番組。

 CIA(米国中央情報機関)はアフガニスタンのテロ対策を全力で行い、当時のタリバン政府転覆のための工作を全力で行っていたようです。ほぼその工作は成功しかけ、タリバン政府は転覆し、アルカイダは追い詰められようとしていました。

 ところがチェーニー副大統領を中心とする強硬派は、「イラクのフセイン政権とアルカイダとの関連」」「イラクでの大量破壊兵器の存在」「イラクの核開発疑惑の証明」をCIAに要求しました。CIAは調査の結果その「証拠がない」と言い張りますが、副大統領の政治的圧力でデータの捏造に着手していきます。

 そしてイラク戦争の開始。その後の混乱は最初からわかっていたことです。そのアメリカの戦争を全面的に支持した小泉首相。そのつけは大きい。
 日本も独自の情報網を持たないと駄目ですね。アメリカは関東軍を極東軍事裁判で裁きましたが、他人のことを言えない犯罪行為をイラクで犯しているのです。

 しかしこうした「硬派」の番組を制作するアメリカの放送局も骨がありますね。小泉前首相の片棒をかついだ日本のメデイァの腰抜け振りと好対照ですね。

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2007年8月11日 (土)

原爆投下で戦争終結が早まったわけではない

 最近公表されました米軍の公文書によりますと、日本の敗戦は1945年時点では決定的であり、仮に原爆投下がなかっても2ヶ月後に日本は降伏するだろうとの見込みだったとのことです。

 それは中立条約を結んでいたソ連の対日参戦が決定的だったようです。ソ連に講和の仲裁をのぞんでいた日本政府。その望みが絶たれることで日本の降伏は時間の問題であったとその公文書には書かれていたようです。

 原爆投下で本土決戦が避けられ、100万人の米軍兵士の命が救われ、多数の日本国民の命が救われたという説は、後からこしらえらられた米軍のプロパガンダのようです。原爆投下を正当化するための捏造ですね。

 日本の防衛大臣がそのプロパガンダに乗っかった発言をすれば批判されるのは当然でしょう。非常識極まりない話です。日本は核兵器廃絶の先頭に立たないといけない立場なのですから。
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2007年7月27日 (金)

歴史認識の重要性

 アメリカ下院で「従軍慰安婦に関する決議」が採択されました。これは採択直前に日本の国会議員有志が米国紙に意見広告を出したことに関する反発ではないかと言われています。わざわざコストをかけて逆効果の結果を生み出しました。

 日本は北朝鮮による拉致問題を人権問題にし、国連の場でも強く主張しています。ならば二次大戦時の従軍慰安婦問題にも当事者に公式な謝罪をする必要があるでしょう。それは断じて「土下座外交」というものではありません。

 アメリカに卑屈な姿勢をするくせに、アジア諸国には居丈高な姿勢ではやはり不信をもたれるのは当然。確かに韓国や中国の政府の公式見解はおかしな部分は多いし、それには反論すべきです。
 
 また竹島や海底石油資源や北方領土の件は、卑屈にならず堂々と国益の正当性を国際社会に訴え、不法な占拠を韓国、中国、ロシアにやめさせるべきでしょう。

日本は国連の常任理事国入りを目指しているとされています。それは国連の名の下に、アメリカ軍と一緒になり世界中に自衛隊を派兵したいからです。そのことが「国際貢献」であると言い続けています。

 過去に莫大なODAを撒き散らしてきたアジア諸国の中で、日本の常任理事国位置を支持した国は僅か2カ国とか。隣国の韓国と中国は反対の急先鋒であるとか。これでは前途多難ですね。

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2007年6月 7日 (木)

日本は近隣アジアを考え平和関係を築け

 二次大戦の敗戦後、日本は、ロシア、中国、アメリカ、に「分割」占領されました。ということになります。私たち日本人の意識はアメリカによる単独占領のように思っていますが実はそうではありません。

 台湾は中国に占領されました。朝鮮はロシアとアメリカに分割占領されました。樺太と千島列島はロシアに占領されました。それらは二次大戦に敗れるまで日本の植民地であり、日本領だったのです。

 戦後日本政府は日本4島と、日本政府の統治権の及ばぬ台湾、朝鮮、樺太、千島列島問題には無関心になり、差別をするようになりました。そこからがおかしいのです。

 そう考えますと朝鮮半島問題をめぐる6者協議も中国が議長をするのはおかしいと思います。本来日本がすべきであると思います。

 ただそうなるためには、お互いの信頼関係が必要ですが、最近の日本政府はことごとく信頼関係をそこなうことばかりしてきましたし。極めて難しそうですね。

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